ホテルイマバリ(前編)

 バスに揺られてどれくらい経っただろう。


 キタキツネのと重ねていた手に汗を感じてきた頃、アナウンスが入って我に返った。継月芸人の声だ。


「ではこの後の流れを……」


 しおりには書いてあるがこんな感じだ。


 17:30 ホテルチェックイン

(自由時間)

 20:00 夕飯 at宴会場

(自由時間)

 翌08:00 朝食 at会場

(自由時間)

 10:00 チェックアウト


 ホテル内や周辺にお土産屋等があるらしい。キタキツネ次第ではあるが、一緒に回ってみたい。でも嫌がりそう。


「もう着くぞ」

「ふぅん……うん」

「部屋についたらゆっくりできるから」


 キタキツネがかなりめんどくさそうに伸びをすると、窓の外から景色を確認してからようやく起き上がった。重い腰を上げて、という言葉がそのまま当てはまる大きな尻尾を持ち上げて。



 ____________



 観光客御一行はそれぞれあくびをしたり伸びをしながらバスからぞろぞろと降りていった。


 今回泊まるイマバリとかいうホテル、着いてみたら思ったよりちゃんとしていた。某夢の国にもホテルはあるが、負けず劣らずといった感じである。想定していたよりかなり立派なので面食らってしまった。


 中に入ると芸人が速やかにチェックインを終わらせて、それぞれにカードキーを渡してきた。


 ここで大事なこと。


 それぞれというのは、各グループということではない。自分とキタキツネのペアは、けもけもという男とサーバルキャットのペアと共に部屋に行くことになった。


「部屋に向かいますよ、お二人共。キタキツネもほら」

「じゃあ行こっか!! サーバル!!」

「行こー!!」

「よろしくおねがいしますね!! ぺろさん!!」

「お、おう……」

「一緒だねキタキツネ!! よろしく!!」

「う、うん……」


 二人共テンションが高いなぁ。それに比べてこっちのペアは小さな声で最低限の情報だけやり取りし、後はアイコンタクト及び肉体言語である。なんだか冷めた関係と言うか、熟練夫婦と言うべきか。


 二人はエレベーターの中でも大音量で話していて、今回の旅行を楽しみにしているようだった。


「お先にどうぞ」

「ありがとうございます!!」


 部屋はエレベーターホールからすぐのところにあった。カードキーをかざしてけもペアを先に入れ、自分とキタキツネもそれに続いた。


「くつ」

「え?」

「くつ……」


 キタキツネが土足で入っていく自分達の足元を見て不安そうにつぶやいた。かわいい。


 するとキタキツネはおもむろに片足を上げ、空中でローファーを消す(!?)とタイツだけになってぺたぺた歩きながら付いてきた。


「ギンギツネおこる」

「ホテルは土足で良いんだ。畳じゃないからな。それにそこにスリッパがあるから、ああほら、二人は履き替えて部屋に入ってるだろ?」

「ふうん……」

「キタキツネは普段旅館にいるんだっけ。温泉旅館」

「そうだよ。ギンギツネとカピバラと一緒に住んでるんだ」

「お客さんとか来てるのか?」

「まだいないよ」


「じゃあ、開園したら女将さんだな」

「げえむだけする」


 少しムッとした顔で答えた。おそらく手伝わされるし、その仕事内容も知らされているのだろう。女将は大変だ。ルールと気遣いの塊みたいなものだから。


 だがキタキツネが今のような感じでめちゃくちゃに接客してくるのも良い。というか個人的にはそっちの方がいい。キツネ美少女の塩接客……良い。



 その後、大荷物の整理も終えて広縁ホテルによくあるアレで一息付いていると、キタキツネが茶菓子を漁っているのが見えた。食い意地張ってるようには見えないので見守っていると、お茶を淹れ始めた。


 まさか皆の分も?とか思いながら待っていたが、慣れた手付きで一人分のお茶だけ淹れて自分の向いに座った。


「ずず……はぁ」

「キタキツネ」

「ん?」

「俺のも淹れてほしいな!」


 キタキツネはもう一口飲んでからしばらく考えると、「しょうがない」と言って用意してくれた。優しい。


 ああ、そういえば。


「ご飯八時だってさ。どうしようか」

「お腹へった。八時じゃ遅いよボクもうダメかも……」

「そんな思い詰めるてるのか」

「ちょっとでかけてくる」

「でかけ!? どこに行くんだ」


 キタキツネはそのまま立ち上がりあっという間に部屋を出ていってしまった。


「キタキツネー!?」


 しょうがないのでカードキーをけもペアに預けて俺も部屋を出る。しかしキタキツネの足が早すぎて部屋を出た頃には姿が見えなくなっていた。


 いくらなんでも衝動的過ぎるが、こういうところはキツネらしい。


 後を追って階段を駆け下りるとようやく追いついた。


「無いよぉ、こんなところにご飯はないよぉキタキツネ」


 キタキツネは下を向いて少し考えるような仕草をすると、急に迷いなくホテルの外を見つめた。「あっち」と言いながら何もない方を指さしている。それ怖いからやめてください。呪われとるんか?


「あっちに何があるんだ?」

「いや、居るんだよ」

「余計こわいな!」

「すぐ取ってくるから待ってて」

「お、おう」


「……あっ、ぺろの分も欲しい?」

「それなら一緒に行こう」



 ________________



 そんなこんなで数分ほどキタキツネと一緒にホテルのまわりを散策することになった。どうやらキタキツネの目標も同じようにホテルの周りを歩き回っているらしい。


 しかし、お腹が減ったからと言って出てきたのに動く対象を追いかけるとはどういうことなのだろう。


 まさかネズミでも捕まえて……やめようそんな考え!!



「近いよ。磁場を感じる……匂いも」

「磁場? とにかくキタキツネの探しものへはもうすぐなのか」

「うん」


 しばらく歩いていると前方に三人の人影が見えてきた。あの内一人は継月芸人だ。間違いない。他の二人は白いのと、黒っぽいの。黒っぽいのはバディを組んでいるフルルだろうか。


「なあ、用があるのは継月って人か?」

「違うよ」

「フンボルトペンギン?」

「違う。ボクが会いたいのは……


「あら、こんばんは。お二人で散策中ですか?」



 ?????????????????


 ありのまま今起こったことを話すぜ


 おれは植え込みの横を通り過ぎたと思ったら人が声をかけてきた


 何を言っているのか分からねーとおもうがおれも何が起こったのか分からなかった


 頭がどうにかなりそうだった


 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチはもんじゃあ、断じてねぇ


 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……



「お腹へった。お寿司ほしい~」

「ちゃんとご飯を食べなければだめですよ。あまりギンギツネに心配かけないように。もちろん一緒に居る人間さんにも」


 白い人……ふしぎさんはこっちを見た。

 今改めて見てみるとものすごく美しい。モデルみたいな体型をしているし、顔つきもどことなくキタキツネに似ているようなキツネ目を含め端正な顔立ちをしている。


 キタキツネに随分優しく接しているしキタキツネも懐いているようだが、何よりが気になる。


 すると突然「どうかされました?」と声をかけられ、自分がひどい顔で睨みつけてしまっていたことに気付いた。流石に謝罪したがいたずらに笑って流してくれた。


 だからこそ余計に怖い。聞くしかない。

 やばい怪異の類ならば今すぐにキタキツネを保護する。


「ふしぎすみかさん……でしたよね?」

「はい。覚えていただきありがとうございます」

「いえいえ。ところで、ジャパリパークは妖怪や都市伝説の類のフレンズも居るんでしたよね」

「ええ。さんにはもう会われましたよね。シーサーさんにも。他にも、ツチノコさんやスカイフィッシュさんもここで生活しています。ヒトの思いが強ければ、どんなフレンズさんでも生まれる可能性を秘めています」


「詳しいんですね。のこともよく知っている」

「ツアーの内容を小耳に挟んだだけですよ。フフフ」


 誤魔化すか。そう誤魔化すか。


 こうなったら決定打だ。もし正体がバレれば襲いかかってくるかもしれないので、変な動きをした瞬間即座に退避する。


「あなたは八尺様のフレンズだ。平均より高い身長、広いツバの真っ白な帽子に真っ白なワンピース。いきなり乱入するのも怪しすぎる。ツアー中の俺らを見つけて、キタキツネが気に入ったから付け狙っているんだろう! キタキツネをどうする気だ!」


 目を見開いて俺とキタキツネを交互に見ている。


「それはフレンズ違いですぅ……」


「逃げるぞ!!!」


 キタキツネを小脇に抱え、駆け出した。


 ほぼ夜の闇の中、ホテルの横を全力で走り抜け、体力が尽きた頃には八尺様(?)は見えなくなっていた。



 ──────────────────



 キタキツネと共に部屋に飛び込むと、窓とカーテンを全て閉めて閉じこもった。


「ごめんキタキツネ……今夜はもう部屋の外に出ちゃだめだ。食べ物か何か知らないけど、キタキツネからも近づいちゃダメだからな!!」

「ボクお腹へったから貰ったお寿司食べる」

「うわああ!!!」


 キタキツネが何食わぬ顔で皿に乗った稲荷寿司を取り出したので取り上げようとしたが、素早い動きで避けられてしまった。


「最近の八尺様は食べ物まで渡してくるのか……!! 凶悪過ぎる!!」

「うん……おいしい」

「呪い殺されるって!! おい大丈夫か!?」

「うん。それではっしゃくさま、って何?」

「さっき会った人だよ!!」

「ふうん……」


 興味の無さそうなキタキツネに、手元の携帯で調べた情報を全て共有した。


 ・田舎に出現する背の高い女の妖怪

 ・年齢は様々、白い服を着ていて頭になにか載せている

 ・魅入られた子供は数日のうちに死ぬ

 ・ぽぽぽという鳴き声(そういえば無かったなこれ)


 すべてを聞いたキタキツネは、いかにもつまらなさそうに「ふうん」とだけ言って八尺様製稲荷寿司を頬張った。話聞けや。


「こういうの怖くないのか?」

「セルリアンのほうが強いよ。それに変なのは磁場で分かるから」


 だがとにかくやばい。怪談の通りならこの部屋を夜までに御札で埋め尽くし、四隅に塩を盛り、仏壇を起き、翌朝までキタキツネにも札を持たせて待機させる。

 その上で翌朝八尺様の来れない場所までキタキツネを避難させる。


 あの芸人にも連絡しなければ。



「ぺろ?」

「どうしたキタキツネ」

「もしかして稲荷寿司をくれたフレンズのことをはっしゃくさまだと思ってるの?」

「いやさっきからずっとその話をしてるよ!?」


「ぜんぜん違うよ。フレンズだけど、はっさくさまなんかじゃない」


「え?」



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