ゴコク豊穣

 木々に囲まれたコンクリートの道


 修学旅行のことを思い出してしまった。日光に向かう途中、いろは坂の非常識な勾配を進むバスがヘアピンカーブを曲がった時はクラスの皆で拍手をした記憶がある。免許をとった今思うがあれは本当に迷惑だったな。非常にうるさい。


 そしてこんな昔のことを思い出してしまうということは、眠いということ。色々なところを回って疲労がたまり、まだ明るいのに大分瞼が重くなってしまった。



「げぇむ……」



 キタキツネは就寝中である。あまりにも素晴らしい。素晴らしすぎて蕎↑麦↓になりそうだわ。潜影蛇手。


 もちろん手は握っておこう。義務。



「熱……元動物だし体温高いのか」



 キタキツネの温かい手を握っていたらさらなる睡魔が襲ってきたが、自分はリードするヒトとして説明を聞き準備する義務がある。


 ……ん? ピン芸人がこっちを見ている。お前もキタキツネの手を握りたいのか?


 しかしピン芸人は手を握っているのを見るなり呆れた顔をして正面に向き直った。


la victoire est à moi調子に乗んな!


 あと、普通に寝た。



 __________



『はい。ということで皆さんそろそろですね、

 次の目的地であるギョウブ大社前へと到着しますので、この後の予定をミライさんより説明してもらいます』



 おっと! ギリギリ起きた。キタキツネはまだ寝ている。


 ピン芸人はミライさんにマイクを渡した。



『ではこの後ですね、バスを降りてから少し階段を登った所にある大社でこのゴコクエリア担当の守護けものであるイヌガミギョウブさんの挨拶の後、皆さんには自由行動に移って頂きます。時間としては…えっと…16:50までにこのバスまで戻って来て下さいね。

 自由行動に移る際に、皆さんにはこのラッキービーストのコアが付いたバンドをお渡しします』



 おおっと、イヌガミギョウブだと?

 それなら名前を聞いたことがある。確かタヌキの妖怪か何かだ。某妖怪系漫画にイラストが載っていて、結構怖かった覚えがある。


 しかし待て。かのシーサー様を卑猥の具現化みたいなフレンズにするサンドスターのことだ。きっとまた変なベクトルで尖ったのが来るはず。



「うん……う~~ん……今イヌガミギョウブって聞こえた……」

「おはよう。そうだな、確かにそうだ。これから大社で会うんだとよ」

「そうなんだ……」



 寝起きで目が開ききっていないのと違う、少し曇った表情になったのを見逃さなかった。やっぱりキツネとタヌキで何かあるのだろうか。



「なあキタキツネ。イヌガミギョウブってどんなフレンズなんだ?」

「化かすのがうまいんだよ、とっても。あとお酒好き」

「ば、化かす!? そんな事できるのか! もしかしてキタキツネもできるのか?」

「ボクはそこそこ。キュウビがすごいんだよ。オイナリサマもすごいけど、滅多にやってくれない」

「キュウビ……オイナリサマ……へぇ」



 そんなこんなでバスはすぐに麓の駐車場に到着し、参加者達が一緒になってバスから降りた。大社へと続く階段はすぐ近くにあって、列をなしてそれを登った。


 階段の両脇には紅葉した木々が並んでいて、落ちた葉っぱが地面を真っ赤に染めている。階段の脇に溜まっている葉っぱはなく、ギョウブ大社の主イヌガミギョウブがこまめに手入れしているのが分かる。


 全てのものが澄み切っていて、色無き風とかいう季語を作った昔の人の気持ちがよく分かる。このなんとなく寂しい感じ、素晴らしい。



「どうしたの?」

「おあっ、今行く!」



 一段一段踏みしめながら登っていくと、ついに境内に着いた。

 紅い木漏れ日を抜けると燃えるような紅葉と対象的な和風の建造物が現れて、その真中に……居た。イヌガミギョウブ。


 なんか臭くね。臭えわ。せっかく紅葉見ていい気分になっていたのが、強烈なアルコール臭によって全てをかき消された。


 酒の香

 色無き風を

 ぶちころす           才能ナシ!



「むふっ」



 やっぱり根本はキツネなせいか、大社を見たキタキツネは興奮して先に走っていってしまった。コンポンとはかけてないよ。



「ッ」



 敵だなテメエエエエエエエエエ!!

 タコさんよぉ、俺ぁ見逃さなかったぜキタキツネが前を通った時顔をしかめたのッ!!

 アルコール臭ではなくッ!! キタキツネの香りにッ!!

 確かに動物らしい匂いというのはしてしまいますッ!!

 どうしてもッ!!

 でもそれを言えばあなたの隣の子からも「磯」の匂いッ……してるんじゃあないですかッ!!


 あなた「覚悟してきてる人」……ですよね




 _________________________



 危うく失いかけた自我を取り戻しキタキツネと合流することができた。しかしすごい匂いだ。イヌガミギョウブの顔が見える距離まで近づくとその分強烈になっていった。


 イヌガミギョウブ……見た目はタヌキのフレンズだ。特徴的なのは首からかけた大きな傘と、腰から伸びるこれまた大きな尻尾。もはやしっぽというより巨大な毛玉だ。


 もちろんその顔は赤く酔っ払っていることは一目で分かるのだが、足取りはしっかりとしていて焦点もしっかりしている。俺含め参加者達を舐めるように見回すと、その口を開いた。

 ピン芸人と話し始めたようだ。



「よう来たのう、待っておったぞ。…んあ?遅れてすまんだとぅ?なぁに事前に予定よりちとばかし遅れる旨は聞いておったし、お主達が麓の鳥居をくぐった辺りで出迎えの準備をしてたから問題はない。安心せィ。」



 ほう、神通力か。パークで変なものばかり見てきたせいで感覚がおかしくなっているが、どうやら超能力者を前にしているらしい。


 一通り話を終えると今度は参加者たちの方を向き、喋りだした。



「イヌガミギョウブじゃ。皆、パークの外からようきたな。

 ここ、ゴコクエリアはパークの中でも特に自然に触れることの出来る場所である故、是非ともパートナーのフレンズと共に豊かな自然を見て歩くのも良いぞ。


 あぁそうそう、勿論このゴコクエリアでも美味い料理はあるぞ?オススメはなんといってもコウガワちほーのうどん。これが酒の〆に持ってこいなんじゃよ。


 最近はタヌキと良く似た…アライグマ、じゃったかな?そやつが店を構えた…とかなんとかで、中々盛況らしいぞ?」



 酒の〆か……らしい。

 しかしうどんは気になる。しかもアライグマが打つうどんなど、人生で食べれる機会など無いだろう。字面だけで面白すぎるし。



「うどん食べる?」

「うん。ボクお腹へった」

「よーし」


「それと…、先程のリウキウエリアではリウキウタイムと言うことでスケジュールを組む時点で最大で一時間の遅れは考慮してギョウブさんにもその旨は事前に伝えておきましたから特に大きな問題は起きませんでした…が、これからの行動ではくれぐれも時間に遅れる事が無いようにお願いします。天真爛漫で可愛いフレンズさん達の姿に時間も忘れそうになる気持ちは分からなくもありません。ですが、それを理由に遅刻…なんてことは絶対ダメですからね?」



 ミライさんが俺を見て言った。はいはい、気をつけますよっと。




 __________________



 どうやらゴコクでは専用のマシンに乗って移動できるらしい。説明の後必要なものを受け取り、二人きりで準備をしていた。



「これが例のアイテムか。おおっ」

「おおっ。おおー」



 名前は忘れた。確かURAだかUSAだかUFOだった気がする。LIMBOだっけ。マシン操縦用の機械を腕に押し付けると、両側からベルトが飛び出て自動で腕に巻き付いた。


 キタキツネがそれを見て興味を持っていたのでキタキツネに着けさせようと思ったのだが、いまいち取り方がわからない。

 難儀しているとキタキツネは一瞬で脱着ボタンを見つけ、ベルトが機械に吸い込まれていった。



「すごいな。どうして分かった?」

「勘だよ」



 機械はキタキツネの細腕にもしっかりとフィットし巻き付いている。


 準備も終わったので早速マシンに乗り込もうとした時、マシンに乗っているラッキービーストが俺に向かって目を光らせてきた。



『ピピ……イヌガミギョウブ、はっけん……アーカイブに保存しています』


「久しぶりじゃなキタキツネ! ここに来ると聞いて楽しみにしておったぞ! まさかパークの外の人間を引き連れてくるとはなぁ。どうだ? 人間は」

「うん、お酒臭いよ……」

「おお、この人間も呑んどるのか。わしと気が合いそうじゃな」

「違うよ、イヌガミギョウブだよぉ」

「あはは、すまんの」


「なっ……」



 イヌガミギョウブが急に背後から歩いてきて、キタキツネを抱きしめて軽々と持ち上げた。まるで娘か何かのように頭を擦りながら猫なで声で話している姿には威厳のかけらもない。



「綺麗じゃろ? お主の予想通り、この大社はわしが綺麗~に掃除しておる。朝と昼と晩。それに最近は紅葉が散るからの。美しいが困ったものじゃ」

「考えていることは筒抜けか」

「もちろんよ。特にお主、心の声が大きいでな。よく聞こえておるぞ」



 左手上げて

 右手上げないで左手下げて

 左足上げて……


 あっ、後ろに25年ものの竹鶴が落ちてる!



「遊ぶでないっ! 期待したではないか……守護けものをおちょくるとは、お主分かっておろうな!」

「じょ、冗談ですって。そもそも道にお酒が置いてあるわけがないですよ」



 いや、こんなときまで酒を飲んで顔を真赤にしているイヌガミギョウブならあり得るな。全く、昼間から酔っ払って随分呑気なものだ。守護けものだかなんだか知らないが、何かあった時酔っ払って動けませんじゃ済まないだろう。


 それに俺は日本酒は好きじゃない。梅サワーとかのほうが好きだ。なんだか味が濃すぎるし(ry


 ……あっ。



「……ゴコクの全土にわしの力は及んでおる。うどんを食べに行くそうじゃが、道中苦労することになるだろうな。ふん」



 イヌガミギョウブはそう言い残すと、まさに「ぷんすか」というオノマトペが合うがに股で紅葉の森の奥に消えた。


 キタキツネがそれを見て大きなため息をついた。



「イヌガミギョウブの機嫌が悪くなっちゃった。ぺろ、どうするの」

「どうするのって言われても……まあ危害を加えてくるわけじゃないだろ? それならラッキービーストの自動操縦に任せて突き進むだけだな」

「多分むりだよ……引き返そ? イヌガミギョウブに化かされたら、一晩中森に閉じ込められるかも……」

「一晩だと!?」



 キタキツネは「それに……」と不安げにあたりを見回し、鼻をスンスン言わせて辺りの匂いを嗅ぎ始めた。



「イヌガミギョウブの匂いがするよ。お酒の匂いじゃない方。さっき話した時に化かされたと思う」

「えー? でもせっかく来たんだし、流石に人間相手なら手加減するはずじゃないか。悪い感じじゃなかったしな。キタキツネと一緒にうどん食べたりお土産見たりしたいんだよ」

「うう……」



 キタキツネは不安そうな表情だ。本当は俺だってそうだ。擬人化したタヌキの大妖怪を怒らせたのだから、ろくな目に合わないのは火を見るより明らかだ。


 でもそれ以上に行きたい。キタキツネと一緒に。腐れた人間社会から逃げて、キツネの少女と二人きりでお出かけするなどまたとないチャンスだ。一秒たりとも無駄にしたくない。


 しかも、多少困難があったほうが仲が深まりそうな気がするし。



「化かされても対抗すればいい。捕まったら脱出ゲーム、罠があったらアクションゲームだ。危ないのが出てきたら倒せばいい。面白そうなゲームだと思わないか? キタキツネ」

「げぇむ……? ううん……うん。ボク行く」



 即答だった。言い方次第のようだ。

 それに元気の出たキタキツネを見ていたらこっちまで力がみなぎってきた。


 イヌガミギョウブには負けない……!



 ___________




『アワワワワワワ、ルート異常、位置情報を再取得します……? アワワワワワワ』

「まだなのか?」

「着かない……」



 かれこれ数時間は走っている気がする。ラッキービースト運転なので事故の心配はないが、明らかに時間がかかりすぎている。最初アライグマのうどん店に到着と言われた時、森の中のなにもない開けた場所に案内されそこから全てが狂い始めた。


 ラッキービーストはアワアワ言っているし、キタキツネは飽きている。そして俺は疲れた。数時間車に乗り続けているのだから仕方がないことなのだが。



「ん!? おいあいつ、他の参加者だぞ! おーい!」

「助けてよぉぉ」

『アワワワ』



 気づいた。あそこにいるのは大社でキタキツネの香りに顔をしかめた失礼な参加者、タコとコウテイペンギンのペアだ。


 ん!?


 いやまて、あいつはタコじゃないし、コウテイペンギンじゃない。胴体がタコとペンギンになっていて、恐ろしい動きをしながらこっちに近づいてきている。



「ターコタコタコタコ、覚悟するタコ~~派手に臓物ぶちまけて紅葉の素になるタコ~~おっぱいおっぱい」

「お前もマゾにしてやる……! マゾビーム!! ビビビビ」


「あああああああああ!!!」

「こやぁああああん!!」

「早く出せ!! 車出せ!! マゾになりたくないし、紅葉の栄養にもなりたくない!!」

『了解。つかまっててね』



 ______________



「ああ! なんて日だ!?」

「ぺろ、あそこに誰かいるよ。助けを呼んでみる?」

「嫌な予感しかしないんだが。まあ呼んでみるか。おーい!!」


「カンカンカンカン!! 川西能勢口、絹延橋、滝山、鴬の森、皷滝、多田、平野、一の鳥居、畦野、山下、笹部、光風台、ときわ台、妙見口!!」

「が、がおー……」



 頭が電車の形になっている平城山&アードウルフペアだった。ちなみにアードウルフは普通だった。



 ________________



「お前もピン芸人にしてやるヅキィ!! 誇張しすぎた○山雅治のモノマネします!! バンバンバンバンwww(自分の頭をペットボトルで殴打する音)」

「ああフレンズさん!! フレンズさんかわいい!! フレンズさんの耳しゃぶしたい!!」

「人間で、あんかけチャーハンをつくります!」

「ダメェェェェェェェ!」

「ケモォ・・・」

「氷漬けにしてやるユキィ!!」



「ああ、地獄だねキタキツネ」

「もうやだ……僕たち紅葉の栄養になって、マゾになって、ピン芸人になって、ボクみみしゃぶされて、あんかけチャーハンに料理されて、氷漬けにされるんだ……」



 異形の参加者?から命からがら逃げ切ったかと思えば、道中巨大な岩に阻まれたり道が崩れたり、何故か雹が降ってきたりタヌキの群れに襲われたりしながら、気がつくと……



 ______________



「……あれ?」



 横を見るとキタキツネが地面に寝転んでいた。そういう自分も地面に横たわって泥だらけだ。辺りを見回すと、ここが大社に続く階段の横の森であることが分かった。


 急いでキタキツネを揺さぶって起こすと、キタキツネは目をこすりながら眠たそうに欠伸をした。キタキツネが起き上がるとお腹の下だった場所にラッキービーストが半分埋まって寝転んでいた。移動用マシンも、俺の横に置いてあった。



「怖いヒト達は? あれ、ラッキービーストなんでここに……LMDSもない」

「それなら、なぜか俺の腕に付いてるぞ? キタキツネが付けたはずなのにな」

「きっとあの時もう化かされたたんだ……うう……うどん……おみやげ……」

「いや、まだやり直せ……る……?」



 時計を見ると、16:45。約束の集合時間の5分前。まだ何も出来ていないのに。


 やりすぎだろいくらなんでも。


 絶対やりすぎだって!!



「あんまりだぁぁああああああ!!」

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