人気者の悩み -3-

 猫カフェムーンで写真撮影を終えた翌週。


 写真部の部室には、ほとりのうーうーといううなり声が響いていた。

 机の上に広げたアルバムをのぞき込み、この世の真理でも考えているのか、俺が部室に来たときからずっとこんな調子だ。


 俺は隅の席にパソコンを広げ、先日撮影した猫カフェムーンの写真整理を行っていた。


 俺とほとりが撮った写真から、パンフレットに使えそうな写真を選別していく。どれだけ丁寧に撮影したとしても全ての写真が、今回であればパンフレットに使える写真になるわけではない。構図や光の入り方などもそうだが、特に今回は被写体が動き回る猫だ。ピントが合ってない写真や見切れている写真も多い。

 俺たちは最初から使えない写真が大部分であることを見越して、相当数の写真を撮っている。つまり写真の数も膨大であり、整理も非常に時間がかかる。ほとりは選別があまり得意ではないようで、こういう役回りは俺がやっている。


 まずは、使えそうな写真と確実に使えない写真を分ける。さらに使えそうな写真の中から、パンフレットの目的にあった猫カフェをアピールで撮る写真を選別していく。気が遠くなるような作業だが、普段からやっている作業でもある。木原さんの仕事にも関わるので、今日明日には写真を持っていきたいところだ。


 写真の選定を続けている間にも、ほとりはずっと自分のアルバムを見下ろして猛獣のようなうなり声を発している。


「トイレなら我慢するなよ。体に悪いぞ」


「し、してないよ! デリカシーないかな!」


 わかっていても一応ぼけてみる。


 先日猫カフェムーンに行った際に、いい写真が撮れたからアルバムの写真と入れ替えようしているのだ。


 俺もそうだが、持ち歩いていく写真は多すぎてもかさばるので、アルバム一冊に入る枚数と決めている。

 ただ、アルバムに入れている写真もほとりが好きな写真ばかり。アルバムに入れたい写真ができたとしても、どれかの写真を外さないといけないから悩んでいるのだ。


「あー、もう……。ねーねー、真也君。どれと交換すればいいかなぁ……」


「それ、俺に聞かれても困るぞ。別にアルバムから出す写真が嫌いになるってわけじゃないんだから、ざっくり判断しろよ」


 気持ちがわからないわけでもないが、それを言い始めたらいつまでも写真の入れ替えなんてできない。俺の場合は、今は気分じゃないかなと思ったら入れ替えているが、また次の日には戻ったり、また出て行ったり忙しなく入れ替えている。


 しかしまだほとりは頭を抱えてうなり声を上げていた。


「……」


 そんなほとりにしばらく目を向けていたが、俺はまたパソコンに目を戻す。


 長い間考え込んでいたほとりだが、ようやく入れ替える写真が決まったらしく、新しくなったアルバムを前にご満悦だ。


 そうこうしていると、廊下をどたばたと走る音が聞こえた。


「お待たせしました!」


 大きな箱を抱えて桃子が写真部に現れる。


「じゃじゃーん! 今日はイチゴのバターケーキです!」


 桃子が入部してからというもの、写真部の部室には当然のようにスイーツが持ち込まれる。


 白い化粧箱がぱかりと開かれ、ふわりと甘い香りが広がった。春のイチゴとともに真っ白な生クリームがふんだんに盛り付けられた円形のバターケーキ。生地にもイチゴが使われてるのか焼き上げられた黄金色にほのかな赤色が差している。

 桃子は息をするようにスイーツを写真部に持ってくる。慣れた光景なのでもう驚きはしない。要冷蔵のスイーツは料理研究部が使っている冷蔵庫に入れているらしい。自由が過ぎる。


「いい香りすごいおいしそう!」


 感極まって目をきらきらさせるほとり。桃子は自慢げに胸を張っている。


「むふふ、今日は自信作っすよ」


「お前、そんなに甘い物ばっかり食べて太らないのか?」


 連日スイーツ食べている桃子に気になっていた質問を投げてみる。


 桃子はふふーんと胸を張る。


「私はどれだけ食べて全く太らないんすよ! まさにスイーツのために生まれた超人類!」


 俺はじとりと、桃子の体にぶら下がる大きな二つの桃を見やる。


「……ああ、それが全部吸収してんのか」


 自分で聞いた話だがどうでもよさげに呟くと、桃子は途端に胸を抱きながら顔を真っ赤にした。


「どどどこ見て言ってるんすかそれ! セクハラっす気にしてるんだから止めてくださいっす!」


「ああ、はいはいさーせんさーせん」


 適当に流しながら再びパソコンに視線を戻す。


 視界の隅で、ほとりが怒りのこもった形相でこちらを睨み付けていた。


「……なに?」


「べっつになんでもないかなっ、真也君の変態っ」


 威嚇するようにいっと歯を見せながら唸るほとり。 


 自分の胸に手を当てながら、露骨にがっくりするように肩を落としている。

 なんなんだいったい。


 桃子は顔を赤くしたまま、ぷんすかしながらバターケーキを切り分けていく。怒りながらもバターケーキはくれるらしい。


 そんな馬鹿なやりとりをしていると、部室の扉がノックされた。


「は、はいっ、どうぞ」


 肩をびくりと震わせながらも、ほとりが上ずった声で返事をする。


「お邪魔します」


「あ、結城君」


 現れた人物に、ほとりはそっと胸を撫で下ろす。


 写真部への来訪者は、先ほど教室で別れたばかりの湊斗だ。


「いい香りがしているね。噂のスイーツかな。もしかしてお邪魔だった?」


「大丈夫っすよ! もしよかったらみなとんも食べるっすか?」


「いいの? だったらいただこうかな」


 人懐っこい笑みを浮かべながら、湊斗は写真部部室に足を踏み入れる。

 この笑顔であまたの女性を籠絡してきたのだろうが、写真部女子はほとんど反応しない。


「いやね、この間は突然写真撮影のお願いをしちゃったから、ちょっとお礼をしようと思ってね。ちょうどよかったよ。いいお茶をもらったから、飲んでもらおうと思ってきたんだ」


 言って、湊斗は空いていた席に持っていたトートバッグを下ろした。そしてバッグの中から取り出したティーセットを机の上に並べていく。白い陶器で作られたオシャレなセットだ。


「おー、本格的なセットっすね」


 疎い俺にはわからないが、料理が趣味の桃子は感心した様子でティーセットを見ている。


「お前、そういう趣味があったんだな」


 湊斗は薄く笑みを浮かべ、取り出した電気ケトルにペットボトルの水を注いでいく。


「真也が転校した頃からね。今はセラピストになりたくて、いろいろ勉強してるところ。お茶は心を癒やすことができるからね」


「へぇ、意外だな」


「思うところがあってね。アロマセラピーとかアニマルセラピーとかを勉強してるんだ。木原さんのところに出入りしているのもその一環かな」


 子どものころから男女問わず人気のあるやつだったが、小学生の頃は取り立てて趣味を持っていた覚えはない。どちらかという周囲に合わせている印象だった。


 湊斗は邪魔とばかりにかけていた眼鏡を外すと、たたんで机の上に置いた。


「およ? みなとん、眼鏡かけずに見えるんですか?」


「ん、ああ、これ伊達眼鏡なんだ。視力は裸眼で2.0あるよ」


「なんで伊達眼鏡? オシャレか?」


「伊達でも眼鏡かけとけば、顔を少しでも地味に見せられるかと思って」


 真顔で意味不明なことを言う湊斗。


 ほとりはなぜか、その机に置かれた眼鏡にカメラを向けてシャッターを切っている。それは本体じゃないぞ。


 桃子は引きつった笑みを浮かべながら首を傾げる。


「み、みなとんは自分の顔を地味に見せたいんっすか?」


「んー、少しでも寄ってくる女の子を減らせればいいとは思ってるかな。僕、どっちかというと眼鏡似合わないし」


「顔中に洗濯ばさみたくさんつけてたら、誰も寄ってこなくなると思うぞ」


「そんな真也みたいな顔嫌だよ」


「ぶっ飛ばすぞてめぇ。……え、俺そんな顔してんの?」


「だだだ大丈夫だよ真也君っ。真也君もイケメンかなっ。すごくかっこいいかなっ」


 ほとりのすごく適当なフォローが心に来る。机に突っ伏し涙を流す。


 電気ケトルでお湯を沸かし、湊斗は慣れた手つきでお茶を淹れていく。取り出した茶葉をティーポットに入れると、桃子のバターケーキとはまた違う甘い香りが広がった。


「ローズヒップティーっすか。センスいいっすね」


「お褒めにあずかり光栄です。よくわかったね」


「これでも料理してるっすからね。ふぃーいい香りっす」


 たしかに、不思議と心が落ち着く優しい香りだった。


「はい。お待たせしました」


 ことりと机の上にティーカップが置かれる。

 同時に桃子もバターケーキを切り終えて、それぞれ並べられる。


「おかわりもあるからね」


「じゃんじゃん食べてくれっす」


 いつの間にか放課後の部活動が完全に放課後ティータイム。


 しかしとて、並ぶイチゴのバターケーキとローズヒップティーはとてもおいしそうだ。


「わあっ、すごいすごい!」


 カメラを向けて、ほとりは今日も変わらずカシャカシャとシャッターを切る。


 ノートパソコンを閉じて脇に寄せ、俺もカメラを取り出す。

 バターケーキとローズヒップティーを見栄えのいい位置に整えて、写真を撮る。撮影した写真を見下ろしながら小さく息を吐き、カメラをノートパソコンの横に置く。


 気がつくと、湊斗がこちらに目を向けていた。


「ん? なんだ?」


「いや、なんでも」


 湊斗は小さく笑いながら、失礼しますと言って俺の隣の席に腰を下ろした。


「それじゃあいただきます」


 ほとりが嬉しそうに手を合わせ、俺たちもそれに続く。


「……おお、このバターケーキ、真也の言う通り本当においしい。春原さんすごいね」


「ふふーん。それほどでもあるっすよ。それになんすかしんやん、影では私のスイーツ絶賛してくれてるんすか?」


「スイーツに罪はない」


「だから私にも罪はないっすよ! 本当に、私の胸にセクハラするしんやんの方がよっぽど罪人っす!」


 ぶっと湊斗が飲んでいたローズヒップティーを吹きだした。


「ちょ、真也! 女の子になんてことしてるんだ!」


 声を荒らげる湊斗に布巾を投げつけながら俺はため息を吐く。


「誤解だ誤解。ただ桃子が食べても太らないって言うから、胸のお餅が吸収してるんだなって――」


「だぁあ! 掘り返さないでくださいっす!」


「なんだそういう話か」


「み、みなとんはなに納得してるんすか!」


「大丈夫だよ春原さん。女性の価値はそこで決まらないよ。それは女性の個性の一つでしかないから。大きいおっぱいも小さいおっぱいも、それぞれ女性の魅力だよ」


「お前が本当になに言ってんだよ」


 ド直球に返されて桃子は、これ以上ないほど顔を赤くしている。


「そ、そうだよね結城君! 女性の価値はそこで決まらないよね!」


 なぜか激しく賛同するように声を上げるほとり。


「お前ら胸の話題で盛り上がりすぎ」


「お前が言うな」「真也君が言わないでほしいかな」「セクハラしんやん黙るっす」


 各方面から一斉にツッコミが入る。俺がいったいなにをしたと言うんだ。


「おっ、みなとんの淹れたローズヒップティー、これすごい飲みやすくておいしいっすね」 


 先ほどの騒ぎはどこに行ったのか、打って変わってフラットにお茶を飲んで感想を漏らす。


「二人のどっちも最高っかな! ケーキもお茶もすごくおいしいよ!」


 俺もバターケーキと紅茶を一口ずつ口に運ぶ。


 本当にどちらもおいしい。これはたしかにいい組み合わせだ。


 桃子の作るスイーツは本当においしい。なぜこんな適当なキャラからこんなおいしいスイーツができるのか疑問になるほど素晴らしい。鋭い眼光が光った気がするが、無視。


 対するは、甘い香り立ち上る琥珀色の紅茶。普段から紅茶を飲む方ではないが、それでも体にすうっと染み渡る甘さが心地よい。


 ある程度放課後ティータイムが進んだところで、俺はフォークを置いた。


「それで、結局お前なにしに来たんだ? ただお茶をしに来たってわけでもないんだろ?」


「え? 結城君、なにか用事があって来たの?」


 眉を上げながらほとりが尋ねると、湊斗はばつが悪そうに居ずまいを正した。


「用事というか、ちょっとお願いがあってきたんだ」


「お願いっすか?」


「これ、さっき職員室でもらってきたんだけど」


 湊斗は曖昧な表情で頷きながら、机の一枚の紙を置いた。


「実は、写真部に入部させてもらえないかと思って」


「「「……」」」


 三人揃って閉口する。


 机の上の置かれた紙は、入部届だった。

 ほとりと桃子は顔を見合わせ、右へ左へと首を傾げている。


「ええと……お前なに? 写真撮るの?」


「いや、写真は撮らないけど」


 なにを言っているのかわかりません。写真部って写真を撮る部活じゃないのか違うのか。


 頬を引きつかせる俺に、湊斗は苦笑しながら肩をすくめてみせる。


「いくつか理由があるんだけど、一つは、純粋に部の雰囲気がいいなーと思ったから入りたいと思って」


 部活って雰囲気で選ぶものではないと思うんだが。普通活動内容で選ばない? アルバイトじゃないだからさ。


 しかし湊斗はいたって真剣。冗談を言っている様子はない。


「真也もいるし、初瀬さんもいるしね」


「およ? 私はダメっすか?」


「春原さんのことはまだよく知らないからね。これから仲良くなりたいと思ってるよ」


 相変わらず歯の浮くような台詞を平気で吐く。


 イケメン湊斗にこんなことを言われてしまえば、女子高生なら色めき立つもんだ。

 しかし、当の桃子は楽しげに笑った。


「あはは、本当にみなとんはおもしろいっすね」


 さらりと流して紅茶を一口飲み、自らが作ったバターケーキをフォークで口に運ぶ。


「私は別に構わないっすよ。私も写真は撮らない写真部っすから」


 それは別に構わないわけではない。写真撮れ写真。


 だが、写真部は再発足したばかりだが活発に活動しており、先生方からの評判はいい。顧問の赤磐先生は俺たちに活動を丸投げしている。文句が飛ぶこともないだろうけど。


「お茶を淹れることくらいしかできないけど、入部させてくれると嬉しいな」


「私も大歓迎だよ。真也君もよければだけど」


「いや、俺も別にいいけどさ……」


 写真部がお茶会倶楽部になりつつある気がするが、大丈夫だろうか大丈夫じゃない。

 俺は深々とため息を落とし、目をすがめながら湊斗を見やる。


「お前、他の連中から部活に誘われるのが面倒で写真部に逃げ込もうとしてないか?」


 湊斗がぎくりと肩を震わせる。途端に、笑みを貼り付けた顔にだらだらと汗が流れていく。やっぱりか。大方そんなところだろうと思っていた。


「どういうことかな?」


「こいつ、クラスの連中、だけじゃないな。まあ四方八方の女子から私の部活に入らないかって連日勧誘されてるんだよ。それが面倒になったんだろ」


 湊斗がしょっちゅう部活動の勧誘を受けていることは知っている。入学してもしばらくたつのにどこにも入部していないから、帰宅部でいるつもりなのかと思っていたが。まあ、女性陣はお構いなしに勧誘を続けていた。


「だ、だって、みんなしつこいんだよ! そっちに興味のない部活に僕を勧誘してどうするつもりなのって話!」


 途端に饒舌になり始めた湊斗にほとりと桃子が驚いている。


「……お前、写真に興味ないのに写真部に入ろうとしている自分を棚上げにしていないか?」


「そ、それとこれとは話が別!」


「別かぁ……どのあたりが別かなぁ……」


 意地悪くからかうと、湊斗が顔色を悪くする。


「僕は平穏な高校生活を送りたいの! 普通でいいの普通で! 女の子たちのおもちゃになりたくないの僕はっ。ペットみたいに連れ回される気分にもなってよ!」


「漏れてる漏れてる、闇が漏れてるぞ。わかったから落ち着けって。お嬢様方が引いてるぞ」


 湊斗の様子にほとりと桃子は猫のように目を丸くしている。それに気がついた湊斗はやってしまったとばかりに言葉を詰まらせる。


「……ヤミナトン」


「ぶふっ」


 桃子の呟きにほとりが勢いよく吹き出した。

 つぼに入ったのか、ほとりは机に突っ伏して悶絶している。


「ははは、イケメンすぎるってのも困りもんなんすね」


 桃子はそれだけ言うと新たに切ったバターケーキを湊斗の皿に置いた。


「まあこれでも食べて落ち着くっす。私らはヤミナトンを特別扱いしないから安心するっす。奴隷のように使い倒すっすよ」


「う、うぅ、春原さん……」


 感極まって涙ぐむ湊斗。


 おいお前それでいいのか。つっこみ待ちだった桃子もつっこみがなくて困り顔じゃねぇか。


 ひとしきり笑い終えたほとりは、目尻に浮かぶ涙を拭いながら体を起こした。


「あは、はは、まあ、そういう事情なら私は構わないよ。真也君もいいでしょ? 友だちを助けると思って」


「俺も構わないけど、湊斗を追って他の女子たちが押しかけないのが気がかりかな」


「それは真也がいるから大丈夫」


「……それどういう意味で言ってんだお前。副部長権限で入部拒否るぞ」


「ごめんなさい」


 速攻で頭を下げる湊斗。


 まあでも実際、そんな女子がやってこないとは思いたいが、やってきた場合は本当に副部長権限で入部を拒否ろう。ヒールくらいはやってやる。


 だがしかし。


「お菓子係に続き、お茶係までできたな……」


 俺はいったいなにを言っているんだろう。本当になんの部活かわからなくなってきたぞ。


「春原さんのスイーツと僕のお茶で喫茶店が開けるね。文化祭では是非やろう」


「いいっすね! 写真部喫茶!」


 親指を立て合う湊斗と桃子。こっちはこっちで息ぴったりである。


「それとみなとん。せっかく同じ部員になったんすから、私のことは桃子でいいっすよ」


「あ、それなら私もほとりで。私も湊斗君って呼ばせてもらっていい?」


「だったらそうさせてもらうね。うん、僕のことは湊斗で大丈夫。桃子さん、ほとりさん」


 ケーキと紅茶を食べ終えたほとりと桃子は、入部届を赤磐先生に渡すために部屋を出た。


 あとには、俺と湊斗が残る。


 お茶に使っていた皿とカップを、自ら申し出た湊斗が片付けている。

 俺はため息を落として再びノートパソコンを開き、写真整理の仕事へと戻る。


「で、マジでお前なに考えてるんだよ。入部届受け取っちゃったけど」


 茶番と冗談もほどほどに、パソコンに目を向けたまま湊斗に尋ねる。


「別にそこまで深く考えているわけじゃないんだけど」


「お前が適当に考えて入部までするやつか。面倒事嫌いだろ。写真部いろいろ大変だぞ」


 こいつは基本的に人前だと本音を見せない。先ほどの馬鹿なやりとりも一見本音に思えるが、それもどこまで本気かわからない。


「面倒事が嫌いなのは事実だけど大丈夫。考えて決めたよ。居心地がよさそうなのは本当だしね」


 パソコンの画面から視線だけを上げて、食器を片付けている湊斗の表情をちらりと見やる。


 端正な顔に薄く笑みを浮かべる湊斗の表情は、クラスメイトたちに囲まれているときよりも緩んでいるように見えた。面倒なら俺のように適当にあしらえばいいものを、それができないのが湊斗というやつだ。


「お前がいいなら構わないけど、ちゃんと活動には参加してくれよ」


「心配されなくてもきちんと活動には参加するよ。中途半端なことはしない。それよりも」


 食器類を片付けて終えた湊斗は、机に置いていた伊達眼鏡をかけた。


「おかしいのは僕なんかじゃなくて、真也の方だよ」


「俺が? なんで?」


「なんでかは知らないけど、ムーン出たあたりから変だよ。なんかあったんじゃない?」


 湊斗の言葉を受けて、視線が手元のパソコンに表示されている写真へと吸い込まれる。ムーンを出る際、木原さんを中心にほとりが撮った写真だ。木原さんの傍らに桃子と湊斗、猫に囲まれオブジェと化す俺、そしてそんな俺たちを覆い隠すように跳びかかっているシャム猫が写っている。


「昔から人のことにはいろいろ気がつくくせに、相変わらず自分のこととなると不器用だよね」


「ほっとけ」


 言い返す声に力がこもらない。


 自分でも気がついているし、理解もしている。ただ、どうすればいいかわからないだけだ。


「くよくよ考えるなんて真也らしくないよ。言いたいことがあるなら言えばいいでしょ」


「そんなに簡単に言えたら苦労なんてしてないんだよ」


 最後の写真確認を終えて、ノートパソコンのデータをUSBメモリにコピーする。


「写真の整理が終わったんなら、それは僕が今日これから届けるよ。そうだな、うまく言って桃子さんにも付き合ってもらおうか。その間にいい加減どうにかしなよ。ほとりさんのこと」


 にんまりと笑みを浮かべる湊斗の表情が、生暖かくて腹が立つ。


 ん……? 俺、ほとりのことって言ったか……?

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