33.中二病少女と眷族とファスナー

 須藤さんとのやり取りを終え今は俺の部屋の中、目の前では今まで見たことがないほどに嬉しそうな顔をしたアイスメイズさんが左手で右目を隠し、そして右手に持った杖を前に突き出しながら立っていた。


「さて、私に何か言うことはないか?」

「そうですね、約束ですもんね。じゃあお願いします」

「お願いと言われても分からんぞ。私は何をすればいいのだ」


 ああ確かにまだ肝心な用件を彼女に伝えていなかった。


「そうですね、アイスメイズさんには明日地域のボランティアに参加して欲しいんです」

「ククク……なるほどそういうことなら良かろう。貴様の頼みは引き受けた。しかし対価は高いぞ?」

「眷族になれば良いんですよね」


 俺が眷族という言葉を口にした瞬間、下を向いたアイスメイズさんの体はプルプルと震えだす。何どうしたの? 携帯なの?

 震えだした彼女をしばらく観察していると突如として彼女はバッと顔を上げ何故かドヤ顔で俺を見据えた。なんでこの子ドヤ顔なんだろう。ドヤる要素なんて一つもないのに。


「それほどまで私の眷族になりたいのか?」

「いえ、そんなことは」

「そうかそうか。そんなに私の眷族になりたいのだな。ならば仕方ない」


 俺の言葉をガン無視したアイスメイズさんはそれから手に持っていた杖を大きく上に掲げる。ちょ、天井に杖当たってるから、そのままいくと天井突き抜けるから、修繕費を出すのは俺なんだから。彼女の危なっかしい行動を内心ヒヤヒヤしながら見守っていると彼女おもむろに口を開いた。


「では貴様をこれから正式に我が眷族として迎える。今回は特別だ。私に出来ることがあったらこの場で言ってみるがいい。可能な限り叶えよう」

「では天井に杖が当たってるので下ろしてください」

「良かろう」


 こうして俺は明日のボランティアの人員を確保する代わりに無事アイスメイズさんの眷族になってしまった。それと幸い部屋の天井はブロークンしていなかった。良かった。



◆ ◆ ◆



 次の日の朝八時、俺は外に出る準備をしていた。準備というのはもちろんボランティア作業をするための準備。ボランティアに動きやすい服装は必須、ということで今日は全身ジャージである。


「よしこれで準備万端」


 準備を終えて部屋を出る。俺が部屋を出たところで丁度、俺と同じくジャージ姿の大家さんが階段を上ってきているのが見えた。サイズが合っていないのか全体的に体のラインが出ていて少し目のやり場に困る。もしかして小夏ちゃんのジャージだったりするのかしら。


「大家さん、おはようございます」

「あらおはよう。折角早く起きたところ悪いのだけれど今から寝てくれないかしら? 貴方の部屋に押し掛けて貴方の寝顔を見るという最近の私の日課が出来なくなってしまうわ」


 ああそれ日課だったんですね。最近やけに朝早くから人の迷惑も考えずにいると思いましたよ。


「そうですか、じゃあ今日は諦めて下さい。それとこれ全部書いたのでお願いします」

「……つれないわね。参加用紙の方は仕方ないから受け取っておいてあげるわ」


 何故に上から目線。あなたが書いて渡せって言ったんですよね?


「その中にはアイスメイ……冬華ちゃんの分も入ってるので」

「そう、分かったわ。その様子だと無事念願の眷族になれたようね、おめでとう」

「まるで俺がずっと眷族になりたがっていたみたいな言い方止めてくれませんか? 大家さん」

「あら、違かったかしら?」

「違いますよ、断じて」


 違うったら違う。というかそもそも全部大家さんの差し金でしょうが。


「それで大家さん、昨日肝心なことを聞くの忘れていたんですが地域のボランティアって何をするんです?」

「そうね、ごめんなさい。そういえば詳しく教えていなかったわね」


 大家さんはそう言うと上ジャージのファスナーをゆっくりと下ろし始める。


「ちょ、いきなりこんなところで何してるんですか!?」

「うるさいわね、ちょっと黙って見ていなさい。ファスナーが噛んでしまうじゃない」


 俺の言葉を聞いても無表情で動作を続ける大家さんはそれから胸の辺りまでファスナーを下ろすとおもむろに胸の谷間を手で探り始めた。


「……あった。これよ、この紙を見て頂戴」


 そうして大家さんが取り出したのは一枚の紙。ああ、なるほどさっきからこの紙を取り出そうとしてたのね。でも何であんなところにしまっていたのだろう。普通にポケットに入れておけば良いと思うんですが。

 もしかしたらあれなの? 大家さんはどこかのセクシーヒロインで実は峰さん家の不二子ちゃんだったりするの? 何かあの人常にパツパツのやつ着てるイメージあるし今の大家さんと共通する点は十分にある。


「……どうしたの? 私をそんなイヤらしい目で見たりして」

「見てませんから」


 少ししか。


「本当かしらね……。で、紙は見ないの?」


 おっとそうだった。ついうっかり大家さんのサービスシーンに目を奪われて本来の目的を忘れてしまっていた。えーと何々……秋の味覚散策、銀杏拾いwithごみ拾い……。


「あの、これって本当にボランティアですか?」

「ボランティアよ。ちゃんと最後に書いてあるでしょう?」


 ああ、この申し訳程度に付け加えられたごみ拾いっていう単語ね。でもこれってほぼ銀杏拾いメインなんじゃないですかね。ごみ拾いのついでに感が顕著すぎて完全に銀杏狩りかと思っちゃったよ。でも確かにごみ拾いという単語もあるし、辛うじてこれはボランティアなのかもしれない。


「そうですね。確かに書いてありました」

「じゃあ私は一度部屋に戻ってファスナーを閉めてくるから。貴方は冬華ちゃんを呼びに行って頂戴」


 さっきから閉めてないなと思ってたけど閉まらなかったんですね。別にここでファスナーを閉めてくれても良いんだけどな。

 しかしそんな俺の下心に満ちた願いは叶うことなく、大家さんは一度自分の部屋へと戻るために階段を下りていく。少ししてから俺もアイスメイズさんを呼びに一階へと向かった。

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