32.隣人さんと中二病少女の激闘

 仲間にアイスメイズさんを加えた俺は早速隣の部屋へと向かっていた。


「ククク……なるほど貴様の尋ね人は隣人か。面白い」


 先程の俺との約束がよほど嬉しかったのかアイスメイズさんの声は心なしか楽しそうに聞こえる。まだ眷族になったって決まったわけじゃないんですけどね。彼女の中で既に俺は眷族扱いらしい。


 それにしても本当に今まで他の眷族候補はいなかったのだろうか。彼女なら探せばいくらでもいそうな気がするのだが、彼女が俺に固執するということはつまりそういうことなのだろう。

 これはもうあれだ。アパートの庭の物置には何でも物が揃っている不思議に続いて、アイスメイズさんに今まで俺以外の眷族候補がいなかったという不思議もアパート七不思議の一つに追加してもいいかもしれない。ちなみにあと五つは募集中。


「そうですね、お隣さんです。アイスメイズさんはまだ会ったことないんでしたっけ?」

「そうだな、私も日々の迷宮の守護に手一杯でな。中々拠点に住む人々との交流まで出来んのだ」

「そうですか、だったらついでに挨拶しましょうか」

「無論だ。氷迷宮の番人として拠点に住む人々との交流は必須だからな。さぁ参るぞ、眷族よ!」


 あなたは今から戦にでも行くつもりなんですか、とそう声を掛けてしまいそうなほど彼女は気合いが入っていた。あとまだ眷族になってないんですよね、俺。


「押しますよ」

「うむ、頼む」


 どうか俺の望んだ方に上手いこと話がいってくれますように、そんな願いを込めて目の前のインターホンを押す。押した瞬間、部屋の中からドタバタと騒がしい物音が聞こえ、それから数十秒程で目の前のドアがゆっくりと開いた。ドアから姿を現したのは黒のブラウスにチェックのワイドパンツ姿の須藤さん。何気に秋服になってる須藤さんまともで可愛い。まともだというのがポイント高い。まとも最高。


「何か用事ですか? ナッキーさん」

「……そのですね、ちょっとお願い事がありまして」

「はい?」

「明日とか暇ですか?」

「あ、明日ですか!? ち、ちなみにどんな用事なんですか?」


 また緊張体質が復活しているのか須藤さんの顔は真っ赤に染まっていて、口調もたどたどしくなっている。


「そのですね。出来れば明日なんですけど地域のボランティアに参加して欲しいんですよ」

「……そうですか、ボランティアですか」

「そうですね、ボランティアです」


 ボランティアという言葉を聞いた瞬間、須藤さんの顔から赤みが引いていく。

 そして考えているのだろう、顎に手を当てた彼女はそれからしばしの沈黙を経て申し訳なさそうな表情を浮かべた。止めて、この先は聞きたくない。


「その、すみません。明日はどうしても外せない用事がありまして。といってもバイトなんですが変わってもらうのも少し厳しくて……」

「そうですか……」

「本当にすみません」

「いや、須藤さんが謝らなくても良いことなんですよ。元々自由参加でしたし」


 俺がアイスメイズさんの眷族になるか、ならないかがかかってたりしますけど。


「……すみません」


 なんかここまで謝られると逆にこっちの方が申し訳なくなってくる。いきなりで話の流れ的におかしいかもしれないがここは話題を変えよう。そして俺も現実から逃げよう。


「そういえば須藤さんってバイトしてたんですね」

「あ、はい、ファミレスのバイトを」

「ファミレスですか。でもそこだと男性とか結構来そうですね」

「はい、ナッキーさん以外の男性の方にも慣れようと思って最近始めたんです」


 その心掛けは素晴らしいが本当に大丈夫なんだろうか。『グヘヘ、姉ちゃん。えらいまともそうな見た目してるな』と見ず知らずのおじさんに絡まれたりとか、『君、なんだかまともそうだね。今度の休みにでも私の家に来ないか?』と店長から強引に迫られたりとかしてないだろうか。ナッキーさん少し心配です。


「良い心掛けですね。でもいきなりで大丈夫なんですか?」

「そうですね、少しまだ緊張してしまうときはありますけど何とか出来てます」

「その調子で緊張体質も完全に治ると良いですね」

「そうですね」


 須藤さんの浮かべたまともな笑顔は俺の心の奥深くに染み渡っていく。これが癒しの一時……。


 しかしそんな癒しの時間は唐突に終わりを迎えた。後ろからわざとらしい咳払いが聞こえてきたのだ。仕方なく後ろを振り返るとそこには何故か不敵な笑みを浮かべたアイスメイズさんがいた。残念ながらいてしまった。


「ククク……どうやら話は終わったようだな。我が眷族よ」


 アイスメイズさんの声に反応して須藤さんが驚いたような声をあげる。


「……!? 誰かそこにいるんですか?」


 須藤さんの問いかけにアイスメイズさんは俺の後ろから不敵な笑みを浮かべたまま現れると、ゆっくり手を須藤さんの前に差し出した。


「ククク……あまり驚かないでくれ。私は最近この拠点に身を置くこととなった冬華、また別の名を氷迷宮の番人──」

「可愛い……」


 アイスメイズさんの自己紹介は須藤さんの言葉によって遮られる。しかしそれでもあまり気にならなかったのかアイスメイズさんは再び……。


「私の別の名を氷迷宮の番人アイス──」

「雪の妖精みたい……」


 自己紹介を始める……。


「氷迷宮の番人アイスメイ──」

「何かのコスプレなのかな?」

「さ、さっきからなんだっ! 私の自己紹介中に口を挟むなっ! あ、あと可愛いって言うなっ!」


 ことは出来なかった。アイスメイズさんは顔を真っ赤にしたまま頬を膨らませ、怒りをあらわにしている。あれですよね、こういう人達って自分の見せ場的なところを邪魔されると怒りますよね。あと少し素が出ちゃってますよ、アイスメイズさん。


「ご、ごめんね? 口が勝手に動いちゃって。別に悪気はないんだよ?」

「……ふ、ふむ。そうか、ならば許そう。私も心が狭いわけではないからな」

「その話し方もなんか可愛いね」

「だから可愛いって言うなっ! 私は氷迷宮の番人なんだぞ! 人間なんて簡単に捩じ伏せることだって出来るんだぞ!」

「そっか、すごいね。冬華ちゃん」


 須藤さんがアイスメイズさんを褒め、アイスメイズさんは赤面しながらそれを否定する。

 そんな彼女らの様子を見ていると自然とブルーな気分になってくる。別に彼女達のやり取りに何か思うことがあるわけではない。ただこれで正式にアイスメイズさんの眷族にされるのかということを考えるとどうしてもブルーな気分になってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る