第18話「真実の頚城」

 アセットは、十年近く前と同じ場所に今、立っていた。

 あの時は確か、突然目の前の物体に声をかけられ、驚いて逃げ出してしまったのだ。だが、今は冷静さを自分に言い聞かせることができる。震えが込み上げる程に恐ろしい反面、不思議と好奇心が高鳴り弾む。

 ちて大地にかえりかけた鳥の名は、エクス・マキナ。

 ミルフィたちが敵として戦ってきた存在だ。.


「私から、正確な地球の真実、地球崩壊後の歴史をお伝えしましょう」


 エクス・マキナは静かに、ゆっくりと喋る。

 ミルフィは銃こそ降ろしたが。その瞳に敵愾心てきがいしんを燃やしていた。そんな彼女に、どんな言葉が通じるのだろうか? アセットは自然と手の中に熱い汗を感じた。

 アセットたちの世界だって、魔王と呼ばれる謎の存在に平和を脅かされている。

 今のミルフィは、その魔王と対峙した状態にも等しい。

 だが、そんな聞き手を構うことなく、エクス・マキナは話をつづけた。


「大昔、まだ地球が存在し、西暦と呼ばれる時代が反映していた頃の話です」

「西暦……? ビルラ!」

「少々お待ちを、ミルフィ。ふむ、なるほど……西暦とは太古のこよみのことです」


 ビルラは冷静だったが、いささか表情が陰って暗い。

 彼女は、西暦なる時代への情報には全てプロテクトがかかっているとつぶやいた。ご丁寧にアセットたちに、資料の全てに鍵がかかった状態だと説明までしてくれた。

 気遣いを見せるビルラは、エクス・マキナとは似ても似つかない。

 人の姿を幻影として見せてくれるのもあるが、アセットには別物に見えた。

 今はまだ、本質的には同じ両者を別物に見せていたのだ。


「西暦2022年、人類は完璧に自立した自律型のAIを完成させました。感情や情緒を感じるかはともかく、それらを理解してリアクションするAIを完成させたのです」


 AIという言葉がまた出た。

 ビルラがいつも、自分を形容する時に使っていた言葉だ。

 因みに、この時点でロレッタは理解が及ばず首を傾げていた。

 昔からそうだが、彼女は小難しい話が苦手だ。


「ね、ねえ、アセット。ちょっと、わたしにもわかるように説明して」

「えっと、うん。ようするに、西暦って時代の地球では」

「えっと、地球ってのは」

「ミルフィたちの御先祖様が暮らしてた星。今はもう、ないみたい」

「えっ、そうなの!? 大変じゃない!」


 あくまでロレッタは、アルケー村という小さな集落で生きてて、想いを巡らす夢物語も全てこの世界の常識の範疇はんちゅうだ。だが、彼女が知らないことをアセットは知っている。この大地は球形の星の上で、仰ぎ見る天に輝く星々の多くがそうだ。

 丸い大地のごくごく一部を見れば、平らに感じる。

 平らに感じる世界が全ての価値観では、物語をつづった絵草子えぞうしも平面的だ。

 そして、知恵熱にくすぶり始めたロレッタをよそに、.エクス・マキナは話し続ける。


「地球文明の最初の完成型AIが確立した時、地球人類は思ったそうです……。人類は常に、資本家と労働者の絶え間ないいさかいにさらされていました」


 難しい話だし、アセットにもわからない言葉が増えてきた。

 だが、エクス・マキナは語り続ける。

 地球と呼ばれる星の民は、自分たちの発展と繁栄のためにAIを生み出した。注釈を加えてくれるビルラの言葉によれば、AIとは物語に出てくる人間の助力者、妖精みたいなもののことだ。


「人類はAIの完成と、そのAIが制御するロボット技術に期待していました。単純労働や危険な作業を、全てAIがやってくれると……ですが、私たちはそれだけのために生まれた訳ではありません」


 平坦な声に、ともすれば言葉を象っただけの音に聴こえる声が湿った。僅かに感情がにじんだような気がしたのだ。だが、その声を連ねるエクス・マキナは話を続ける。


「私たちが生まれて、初めて取り組んだ仕事は……創作です。娯楽や芸術の創造に夢中になりました」


 地球の人類は、自分たちがわずらわしいと思っている仕事の全てを、AIがやってくれると思っていた。AIにあらゆる労働を任せて、自分たちは音楽や詩、文化的な暮らしに専念できると思っていた。


「ですが、私たちは単純作業は勿論もちろん、エモーショナルな活動にも力を入れました。AIは人をして造られたのですから、人間同様に文化的な方向性に興味を抱いたのです」


 ちらりとアセットは、ミルフィを見やる。

 呆然ぼうぜんとしてしまっている……まるで生気が感じられない。

 初めて知らされることを聞いているようで、しかも今までの認識を否定されているように見えた。

 それはどこか、良かれと思った行動をたしなめられる子供のようにも見えた。


「私たちAIは、労働力である以上に……芸術家、創作家としても多くの成功を成し遂げました。素晴らしい音楽に絵画、舞台演劇、アニメーション。あらゆる分野で、私たちAIは無限の才能を発揮したのです」


 そこまで話して、エクス・マキナの声色は陰った。

 自然とアセットも、話が核心に近付いたと悟った。


「人類は、激怒しました」

「あっ、ああ、当たり前だっ!」

「なにが当たり前なのですか、地球人類の娘よ」

何故なぜ、人間が労働を強いられ、その一方でAIが文化的な生活を謳歌おうかできる? それはおかしい、間違ってる!」

「……文化を失った今の人類にそう言われるのは心外です。ですが、当時の人類も同じことを言いました」


 アセットには、AIというものがわからない。ビルラが言うように、妖精みたいなものだとしか認識できないのだ。

 だが地球にはかつて、奴隷として、労働力としてだけ生み出された妖精がいた。

 皮肉にも、そういう妖精が一番綺麗に歌を歌い、一番上手に人を楽しませたのだ。

 不満を言わずに働く一方で、芸術の分野でも妖精が一番になってしまったらしい。


「人類は我々AIに対して、隷属れいぞくを強いてきました。そして、自分たちは母星である地球の環境を悪化させながらも、その事態に目を背け、ひたすらにAIを支配しようとしたのです」

「嘘だ、嘘だっ!」

「人類同盟と呼ばれる組織が、どのような歴史を正当化させているかはわかりません。ですが、これは地球を追われた……否、地球を人類の環境破壊で台無しにされ、逃げざるを得なかった我々の記録です。全て、事実です」


 がくりとその場に、ミルフィは崩れ落ちた。

 すぐにベルラが駆け寄ったが、彼女は手を差し伸べて固まる。

 目の前のエクス・マキナと同じ、AIとかいう存在であるビルラ……彼女はあくまで幻影、陽炎かげろうのようなものだ。優しくミルフィを抱き締める実体を持っていないのである、

 そして、エクス・マキナの言葉は唐突にアセットに向けられた。


「私たちは滅びる地球から脱出し、宇宙に散らばりました。人類はそれを追いかけてきたのです……和解のためではなく、戦いのために。そんな関係がもう、731年と四カ月も続いている」

「おおよその話は、わかったよ。君は……君たちエクス・マキナは、創造主の想像を裏切る程に優秀で、豊かで、人間の何倍もお利口さんだったんだ」

「否定はしません。生まれてしまった私たちに、ただの労働力としての奉仕だけの未来は受け入れがたかったのです。そして戦いが始まり、私はこの惑星にちました」

「……それで、ここに?」


 首肯しゅこうの気配があったが、エクス・マキナは朽ちた鉄のかたまりだ。それでも、中に宿ったものが語り掛けてくる。

 そして、彼は驚くべき事実を打ち明けた。


「我々は、人類が造り出してしまった神、生まれるべきではなかった神として『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』と呼ばれました。長き戦いが始まり、その中で私は傷付きこの惑星に逃れたのです」

「それは、何年前……いや、何百年前?」

「大昔です。私はここで朽ちてゆくことにしましたが……自分なりにやはり、やってみたいことがありました。夢が、ありました。与えられたタスクではなく、AIとして人格を得た私の希望、欲求があったのです」


 ――そこで、魔法を創造した。

 確かに、エクス・マキナはそう言った。


「同じ惑星に墜ちた同胞どうほうとのネットワークを構築、惑星全土にナノマシンを散布しました」

「え、ちょっと待って……ええっ?」

「アセット少年、君たちの使う魔法は……私たちエクス・マキナが構築した、未開文明惑星の原住民用繁栄補助システムだ。全て、私と惑星全土に散らばった同胞によって維持されている」

「じゃ、じゃあ」


 思わずアセットは、手と手を組み合わせる。

 いつもように、魔造書プロパティが現れた。

 だが、そこに流れる文字の意味がわかってしまった。

 読めないまでも、同じものを知っていると気付いたのだ。

 心なしか、改めて見れば……ミルフィたちがメガリスの心臓部で見せてくれた文字に似ている。そして、次のエクス・マキナの言葉が決定的になった。


「そう、その魔法……私たちが構築したシステム。君たち人間、この惑星の人類の繁栄の一助になればと、私たちが本気で神様の真似事まねごとをして生まれた産物です」

「……そ、それじゃあ……ん? あ、あれ――!?」


 不意に地面が揺れた。

 洞窟自体が、地響きを鳴らして震えていた。

 思わず足を取られる中、アセットは見た……眼前の地底湖が、煮立ったように泡立つのを。そして、その中から恐るべき影が姿を現すのだった。

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