1-2 ミッション
なぜ大の大人である矢木さやかが、夜中の学校に忍び込むことになったのか、すこし時間を
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ピコン! さやかの携帯が鳴った。10%の期待と90%の諦めの気持ちで携帯を取り出す。最近彼女のもとに届くのはいわゆる〝お祈りメール〟……つまり、「今後のご活躍をお祈りします」という言葉で不採用を告げる会社からのメールだ。それでも祈る気持ちでさやかは携帯のホームボタンを押す。すると、それは就職がらみの連絡ではなく、大学時代の友人・一条寺若菜のSNS投稿を知らせるメッセージだった。その投稿を開いてみると、若菜の大胆な水着姿がアップされた。その下にこんなメッセージが添えられていた。
「社会人のみなさん、お仕事ごくろうさまです! 若菜はタヒチから応援していま〜す!」
さやかはため息をついた。若菜もさやかと同じく就職が見つかっていない。だが彼女は〝待てば海路の日和あり〟と言って就活もほどほどに、割り切って青春を謳歌している。そんな彼女の海路に、果たして日和はあるのだろうか……などとのんびり考えている場合ではない、とさやかは思う。大学を卒業したら、早く仕事を見つけなければ、遅くなればなるほど条件は悪くなるのだ。
とその時、また携帯の通知音。今度は実家の母親からだった。
「もしもし? お母さんだけど。全然連絡のなかけん、心配になりよったちゃ」
「ごめん、色々あってさ、なかなか連絡取れなかったの。こっちは元気でやってるよ」
「就職ん方はどげんなりよったと?」
「ええと、一社、一次選考が通った会社があって、連絡待ってるの」
「そう。……ばってん、正直厳しかやなかと? 福岡に帰った方がよかやなか?」
「んー、でももう少し東京で頑張ってみるからさ!」
さやかはそういって電話を切った。実のところ、無職で東京に住むのはかなり厳しい。だましだまし食いつないではいるが、こんな生活がいつまでも続く筈がないことはさやか自身よくわかっている。考えれば考えるほど気が重くなる。こうなると、若菜みたいに割り切ってバカンス気分を楽しむのが賢いかな、とさえ思う。
その時、また携帯が鳴った。今日はよく携帯が鳴る日だと思って画面を見ると、今度は一次選考を通った株式会社堂島エージェンシーという会社からだった。さやかは慌てて姿勢を正して通話ボタンを押した。
「は、はいっ、矢木ですっ!」
「堂島エージェンシーの前田です。折りいって相談があるんだけど、今から会社来れる?」
「も、もちろんですっ! すぐに伺います!」
さやかはその場でタクシーを拾い、すぐさま堂島エージェンシーへと向かった。堂島エージェンシーは大手のイベント会社で、コンサートやフードイベントから、新商品発表会、ビジネスミーティングなどの企画も行っている。就職先として学生たちからも人気があり、さやかは一次選考が通ったことさえ奇跡だと思っていた。
堂島エージェンシー本社に着くと、まず応接室に案内された。そしてしばらくしてから、電話を寄越した前田という男がやって来た。差し出された名刺には
「音楽企画部クラシック課
課長 前田敦志」
と書いてあった。年齢は四十歳ほどだろうか。電話でも気になったが、あからさまに上から目線で偉そうな男だ。
「君は……本気でウチで働きたいと思ってる?」
「も、もちろんですっ!」
「そうか。まあ正直なところ、君は一次審査に通ってはいるが、我が社にとってさほど魅力的な人材とは言えない。二次試験は期待しない方がいいだろう」
「そうですか……」
何なんだ、そんな事を言うためにわざわざ呼び出したのか? そう思うとさやかは次第に腹が立ってきた。だが幸いその感情が表に出る前に前田は言葉を繋いだ。
「だがそんな君に、特別にチャンスをやろう。君は国際関係学部を卒業して、ドイツ交歓留学の経験もある……その経験を生かしてあるミッションを遂行して欲しい」
「ミッション……」
前田の説明によれば、糸川食品という会社が創立50周年を記念してクラシックコンサートを計画、堂島エージェンシーがその企画・運営を担当することになった。ユルツェン国際コンクール優勝者で日本でも人気の高いピアニスト、クリス・ザイファートを招聘し、企画は順調に進んでいると思われた。ところがザイファートが突然ヘソを曲げてドイツに帰ると言い出した。会社側は何とか宥めようとしたが、取り合おうとしない。今更他のアーチストを探すにしても時間がない。慌てふためいている時、さやかの面接に当たった社員が彼女のことを思い出し、急遽連絡を取ったというわけである。
「つまり私がザイファート氏を説得するということですか?」
「そうだ。ザイファート氏を説得し、イベントを無事遂行出来れば……弊社は君を正式にイベントプランナーとして採用する。どうだ、やるかね?」
さやかは考えた。自信は全くない。しかし、成功すれば良待遇での採用。これは魅力的……いや、東京でこれから生きていくにはこれしかない、と思った。
「やります! ザイファート氏の説得、是非私にやらせて下さいっ!」
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