生存者 十七


    十四


 闇医者バリー・フィッツジェラルドがジャッカルの製造に着手したのは、ケインらの暗殺から一年ほど前のことだった。

 全体のベースとして用いられたのはザック、ザカリー・クーパー・ブライスという男の身体だった。ベースと言っても、筋骨や内臓器官はかなりの部分で改良、置換を施しているため、流用箇所は極々一部に留まっている。とくに首から上の部位に関してはザック自体の損壊が激しかったこともあり、その大部分を取り換えなくてはならなかった。頭脳を含めた、非常に多くの部分をだ。

 そこで代替品として使用された脳というのは、とある運び屋のものだった。名をジョシュア・ハーヴェイといって、ザックと同時に回収された二つの遺体の片一方である。計三体の亡骸のうち、完璧な状態を保った頭部というのはこの運び屋のものだけだった。劣化の少ない新鮮な材料だ。どう利用するにも差し支えない。それゆえバリーは、この青年をジャッカルの中核として選んだ。

 とはいえ、肝心の中身がそのままでは使いものにならない。歳若いぶん経験不足の感は否めず、また精神的な不安定さもあるからだ。この計画に必要なのは未来ある青年の可能性ではなく、熟達した戦士の心得だ。

 新しい人格が必要だった。従順かつ鋭敏。迫りくる逆境に屈することなく、果敢に目的を果たす鋼のような精神力。そうした強靭な意思を会得するためには、そのための土台となる成熟が必要不可欠だ。

 その点でスタンは役に立った。本名、スタンリー・ネイサン・コーラー。この勤勉な男は、もうかれこれ二十年近くもマルドネス親子と深い関わりを持ちながら生きてきた。SLPDとデモニアスとを繋ぐパイプ役としてだ。非常に不安定で危うい立場にもかかわらず、それでもなお長く役割をはたしてきただけあって、スタンは機知に富んだ男だった。

 しかしながら、知恵だけでは暴力沙汰を制することはできない。自身の拳や武器といったものを満足に活用するためには、それ相応の技術が必要になるからだ。そういう面においては、元警官のザックと、現職警官たるスタンの両名が揃ったのは実に好都合だった。この二名がともに腕利きであることに加え、たとえどちらかに欠けている素養があった場合でも、不足する部分を補い合うことができるからだ。

 体術であれ銃器の扱いであれ、ジャッカルには一級品の技術を揃えてやらなければならない。かといって、運び屋の若造を一から鍛え上げる手間などかけられようはずがない。

 そこでバリー・フィッツジェラルドが取ったのが、「ザックとスタン両氏の脳内情報をデジタル化し、特殊なインプラントを介してジョッシュのそれに移植する」という手法であった。言うなれば、記憶や性格といったものを臓器のように取り出し、必要な調整を施したあと、まったくの別人に移植しようというのである。

 それはサウスランドシティ内では前例のない処置ではあったが、技術的には――少なくともバリーの備える手腕なら――不可能ではない。それに、前例がないのは表沙汰になっていないというだけの話だ。探すべきところを探せば、役に立つ「先人の知恵」はいくらでも見付かった。

 そうして技能を整えたら、次はそれを行使する性格を用意する番だ。この点に関する選択肢という意味においては、バリーに迷いはなかった。彼もザックとは十年来の付き合いである。この私立探偵がどれほど実直で、かつ信頼に足るかということは充分以上に承知しているつもりだった。生来の寡黙な性質を鑑みても、ザックほど計画に適した人間はいない。ならば、あとはそれを再現するだけでいい。

 しかし、再現する性格の選択肢については迷いのなかったバリーも、その処置を実際に行うかどうかについては、大いに悩まざるを得なかった。人間の脳内で新しい人格を再構築するという行為は、それすなわち、その脳に元から存在する人格を抹消することをも意味している。ジャッカルの創造とはつまり、ジョシュア・ハーヴェイの抹殺と同義の行為なのである。

 心肺は停止し、自発的な血流はなく、他の生活反応も見られない。だが手際のいい搬送が功を奏したか、ジョッシュの脳は鮮度を保ったままだった。のちにジャッカルの入れ物として正常に機能したことを考えても、人格の再構築を行う前の段階においては、この若き運び屋に延命の希望はあったはずだ。そのことを踏まえれば、最終的に彼の命を奪ったのは他ならぬバリーだということもできた。

 まともな精神状態であればバリーも思い留まったかもしれない。たとえ僅かといえど人命を救う可能性があるのなら、それを優先して行動ができたはずだ。当時は彼も素面ではなかった。アルコールだけでなく、より薬学的で依存性の強い刺激に頼りもした。そうでもしなければ、どこかの時点で挫けていたのは間違いないだろう。何しろ計画については誰にも知られるわけにはいかないのだ。表向きには闇医者を続けながら、人目を忍んで罪深きアンドロイドを作り上げる。その二重生活がバリーを手酷く消耗させたことは言うまでもない。

 巨大な屋敷の深奥で、昼夜の別なく組み立てる。部品を調達し、繋ぎ、修正を繰り返す。月が昇り、やがて沈み行くたびに、それは急速に形を為していった。ヒトの尊厳でさえも材料とした、真に恐るべき人造人間が。

 ジャッカルはそうした半狂乱のさなかに生まれた。報復のため。憎き悪魔を討つため。紛れもなく、殺人を犯すためにだ。それこそが、この顔も名も持たぬ闘士が現世に生を受けた理由であった。

 ジャッカルが強靭であるのは確かだ。しかし相手がより強大であることは認めざるを得ない。最終的な標的はたったの二人だが、その親子を狙うのであれば、一つのギャングを壊滅させるつもりで戦いに望むべきであるのだ。

 少人数でそれを実現するには工夫が必須だ。もしも正々堂々と宣戦布告でもしようものなら、その事実をケインが見聞きするよりも早く、バリーたちは地面の下に送られることになるだろう。つまり、暗く冷たい墓の中に、だ。

 そういった事態を防ぐために、バリーは偽装という手段を用いることにした。機械義肢のメリットを最大限に活かし、敵の目を欺くのだ。表情筋と皮膚とを丸ごと取り替えられるという設計上の特性は、極めて多様な可能性をジャッカルにもたらした。デモニアスや警察官。あるいはその他の武装組織。どんなものに扮するにも都合がいいうえ、まったく架空の人物さえでっち上げることが可能なのだ。

 そこで、動作テストを含む実地試験は複数の顔を使い分けながら行うことにした。そのことが功を奏したか、試験中に何度か街のごろつきたちを痛めつけてやったのちにも、ついぞジャッカルの身元が割れることはなかった。無理もあるまい。経歴も記録なく、そもそも最初から存在していない者の身元など、どうして特定できようか。だがいくら満足のいく結果を得られようとも、所詮テストはテストである。本番はここからだ。

 問題は、どうやって二人の要人を同時に始末するのか、ということだった。もし片方のみを先に討ってしまえば、残った一方を片付けるチャンスは皆無に等しくなるだろう。肉親を殺されたギャングのボス、もしくは実の父親を暗殺された息子という立場の人間たちが、その後に警戒心を強めないはずがない。さらに言うなら、マルドネスのメンツやデモニアスのプライドというものも考慮に入れて然るべきだろう。マルドネスたちが雲隠れしようがしまいが、デモニアスが反撃に出ることだけは間違いない。組織としての力を誇示せんがため、彼らは全力をかけて反逆者を特定し、排除しようとするはずだ。こうなると暗殺計画どころではない。バリーたちにしてみれば、自分の身を守れるかどうかすら怪しい状況である。そういう不始末だけは是が非でも避けなければならない。

 方を付けるなら一気にやる。どんな形であれ、一度作戦を開始したなら猶予は長くて一晩だ。それ以上は時間をかけられない。だからといって、マルドネス親子が同席する場面を狙うというのはあまりにもリスクが大き過ぎる。このふたりが直に顔を突き合わせるというのであれば、彼らを身辺の安全を預かる護衛たちもまた、一堂に会することになるからだ。それらの敵すべてを一度に討つとなると、さすがのジャッカルとて分が悪い。よって、この親子の行動パターンというのはあらかじめ把握しておく必要があった。

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