生存者 八

 さきの控え室とオーナールームとのあいだには一見、スペースの無駄遣いだとも思えるような直線の通路がとられている。通路の長さは約四十五フィート。天井部分と壁面は大理石調の黒一色で、どちらも顔が映りこむほどに磨き上げられている。やや上品な造りにも見えるが、横幅にあまり余裕がないためか閉塞感は強い。

 その通路の上方部分、天井の一角からぶら下がった、旧式の四角い監視カメラにも似たその物体が、くだんの防衛システムである。侵入者を検知するためのセンサー類と、銃弾による迎撃機能を兼ね備えた装置だ。

 シルエットこそ単なる長方形に過ぎないが、装置自体の大きさは突撃銃ほどもある。また、使用する銃弾もライフル用の大口径弾だ。なおかつ射撃精度は正確無比。躊躇いもなければ容赦もない。敵に回す相手としては最悪の部類に入ると言えるだろう。

 通路の最奥、左右それぞれの角に設置された「精鋭たち」を前に、さすがのジャッカルも足を止めた。対策もなしに飛び込めば、それこそ蜂の巣だ。

 物は試しである。彼は近くに落ちていたジャケットを拾い上げると、それを防衛システムの近くに放り投げた。緩い放物線を描いて飛ぶそれは空中でふわりと裾を広げたかと思うと、次の瞬間には、もはやただのぼろ布に成り果てていた。もしくは、ぼろ布の破片とでも呼ぶべき物体にだ。

 動体センサーが働いているのだろう。やはり、索敵範囲の外から叩くしかない。彼は通路の入り口に立ったまま、またも自らの懐に手を伸ばした。しかし、今度は銃を取り出そうとしていたわけではない。

 やがて引き出された彼の手には、より小さく、より合法的な物が握り込まれていた。小型の四足歩行ロボットである。サイズは成人の手の平ほど。名刺入れのような平たい胴体に、それぞれ三箇所の関節を持つ脚が四本備わっている。一目見た感じでは、それは小さな蟹のようにも見えた。遠隔操作が可能で、超音波ソナーを利用した空間把握と、その視覚化を得意とするモデルである。つまり、暗く狭い場所で目の代わりをする、ということだ。さらに彼が手にする個体に関しては、同型の標準モデルにはない特別な改良が加えられていた。四本の脚とは別に、超小型のマニピュレーターが一つ追加されているのだ。当然、力仕事には向いていないが、細いケーブルの切断など簡単な作業は実行することができる。以上のような特徴を総合すると、このロボットは目玉の付いた手首のようなものだということになる。

「こちらジャッカル、第二段階だ」

 彼はゴートに対してそう告げた。耳の後ろに指を当て、送受信の具合を軽く調整する。

「こちらゴート。わかった、始めてくれ」

「オーケイ……頼んだぞ」

 そうして通信を終えたのち、あらためて短く息を吸うと、彼は真横の壁に片腕を突っ込ませた。大理石風の光沢仕上げの表面と、その内側にあるコンクリート壁の一部が、一撃のもとに崩れ去る。その奥は内壁同士の隙間になっていた。断熱材や屋内配線用のケーブル類が納められたスペースだ。ここが例のロボットにとっての活躍の場となる。

 その暗く狭苦しい抜け道に、ジャッカルはそっとロボットを忍び込ませた。そこから先はゴートの担当だ。事前に立てた計画では、このロボットが内壁の裏側を通って防衛システムに接近、無力化する手筈になっている。現在の調子で事が運べば、それは間もなく実現されることになるだろう。

 ともあれその作業が実行される様というものは、ジャッカルの視界に入ることはない。科学技術の粋を集めて作られた彼とはいえ、透視という機能までは搭載されていないからだ。もしその機能を追加したいのであれば、新しいアタッチメントが必要になるだろう。

 いまはとにかくゴートの腕を信じるしかない。ジャッカルに出来るのは成り行きを見守ることのみだ。真新しい風穴に視線を置いたまま、彼はじっと次の通信を待った。

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