生存者 四

 緩衝材が敷き詰められたケースの中央には、一丁の拳銃が収められていた。銃身、グリップともにコンパクトにまとめられており、部類としては小型に属するものだ。銃本体の横に添えられたマガジンには、赤く煌く銃弾が充分に詰められていた。

「どうです? カタログで見るよりいいでしょう?」

 ケネスはいかにも自慢げに言った。しかしゴートには、銃器に関してさほど多くの知識があるわけではなかった。見た目から良し悪しを判断することはできない。したがって、このサンプルに対する彼の意見というのは、あくまでもこの一点に尽きた。

「これは……頼んだ物とは違うようだね?」

 事前に彼が注文していたのは短機関銃だった。それも、特段に超小型ということのないオーソドックスなサイズ感のものである。いかに銃器に疎いからといって、またいかにカタログと実物が違って見えるからといって、ピストルとサブマシンガンのおおまかな差異くらいは見分けが付く。このとき、ゴートに向かって差し出されていたその拳銃というのは、彼がかねてより想定していたものとはまったく似ても似つかぬ代物だった。

「ええ、もちろん。これはサンプルですからね。いわば説明のための見本というところです。まあ、これに沿ってお話をさせていただきましょう」

 ケネスはケースを商談相手に明け渡すと、両手を腰のベルトの前で組み、やや前傾した姿勢で語り始めた。

「お察しのとおり、こちらはピストルです。まあ最新型とは言えませんが、それでも逸品ですよ。口径は定番の九ミリ、装弾数はマガジン内に十五発。これは非常に均整の取れた火力だと言えるでしょう。加えて、全体に突起の少ないデザインを採用していますから、緊急時の取り回しにも適しています。ああいやいや、これはとても重要なことなんですよ。時間も手間もかけて入念な下準備をした計画が、咄嗟のハプニングで台無しになるのは誰だってご免でしょう? たとえば、いざ暴漢が現れたというときに、服やホルスターに引っかかって拳銃が取り出せない。もたもたしているうちに頭をズドン! そんな憂き目は誰だって見たくないはずです。まあなかには、〈ハンマーレスタイプ〉は動作の安定性に疑問がある、なんていう人もいますが、なあに心配はご無用。それはこの銃には何の関係もない話です。なんといっても、一時は陸軍にも正式に採用されていたモデルですからね、造りは堅実そのもの。信用がありますよ。偉大なる合衆国からのお墨付きだ。まあ要するにですね、こちらをお持ちいただければ、フィッツジェラルドさん、必ずやあなたのお役に立つこと間違いありませんよ。といっても、そのような機会はないに越したことはありませんがね。ああいえいえ、人様に向かって銃口を向けたり、反対に向けられたりといった事態は、当たり前ですが好ましいことではございませんから」

 まくし立てるように一気に言うと、男は真っ白い歯を見せて笑った。肺がんになる心配はなさそうだが、そうなれば肝臓か、あるいはストレスから身体を壊すタイプだろう。

 ケネスの話が途切れるのを見計らって、ゴートは言う。

「ああそうだな、君の言うとおりかもしれん。ただ……」

「ええ、ええ、仰らずともわかります。いまあなたがおっしゃろうとなさっている内容は、私どもも気にしていないわけではありません。このピストルは注文の品と違う。そうでしょう? 無論、その点は私とて重々承知のうえです。ご安心ください。いましがたお伝えさせていただいたのは、これらかさせていただく話のそれこそ下準備にほかなりません」

「そうなのか? それならまあ、構わないが……」

 そこまで言うとゴートは、相手の出方を待つことにした。

 しかし、いったい何をもったいぶっているのだろうか、ケネスは先程までとは打って変わり、なかなか口を開かなかった。顎を少々引いた状態で、上目遣い気味にゴートを見つめる。そうした格好のままいくらか黙り込んだあと、ケネスは唐突に切り出した。

「日常的な問題の大抵は、こいつで片付きます。常識的な火力を備えたセミオートマチックピストルでね。控えめに感じられるかもしれませんが、さきほども申し上げましたとおり九ミリ口径の多段数というのは、個人が携帯する火器としては非常に安定したスペックなのです」

 ケネスはそういった内容を口にしつつ、例の分厚いケースを手で指し示した。そうする右手の袖口から、華やかな金色の腕時計が顔を覗かせた。

「そこで問題になるのがですねフィッツジェラルドさん、この『必要』という部分なんです」

「はあ……つまり?」

「ええつまり、こんなことを申し上げるのは差し出がましいようですが……私どもといたしましては、あなた様にはマシンガンやプラスチック爆薬などお似合いにならないのではないかと、そういうふうに考えているのです。ああいや、誤解はなさらないでくださいね。さきにも申しましたとおり、商品の手配は着々と進んでおります。もしお急ぎでございましたら、明朝にでもお届けさせていただきますよ。それに、法外な武装の保有それ自体を責めるつもりも毛頭ございません。当然のことながら私どものビジネスは、そういう方々からのご要望があってこそ成り立っているものですからね。もちろんご所望でございましたら手榴弾から対戦車ロケット砲、あるいは実用的な刀剣のたぐいに至るまで、ありとあらゆる品をご覧に入れて差し上げましょう」

「おおそれは良い、ロケット砲があればいつ軍隊に襲われても安心だ。しかし生憎、当分のあいだはミサイルもロケット弾も使う予定がない。スケジュールに空きがなくてね」

 ゴートとしては冗談のつもりで口にしたことだが、それを耳にしたケネスは膝をぽんと叩いて喜んだ。我が意を得たり、といった調子である。

「そう! まさにそこなんです。あなた様にミサイルなんて必要ない。火力というものは、大きければいいということはないんです。用途や目的に沿って適切な物を選ぶことが何より重要なんです。はっきり言ってしまえばマシンガン――まあ、今回ご注文いただいたのはサブマシンガンとセムテックスですが、どうあれフルオート射撃のできる短機関銃なんて、個人で所有しても得になることなんてありませんよ。ああいうのはテロリストが空港を襲うときに使うものです。でなければ、ギャングかマフィアの兵隊にでもならないかぎり、それだけの火力が必要になる場面なんてありません。断言できます。それだったら、まだ法に則った猟銃のほうが断然、使い出があるとは思いませんか? 公権力を敵に回すリスクなんて、本来なら負わないに越したことはないんですから」

「なるほど……たしかに、きみの言うことにも一理ある。しかしこれは、我々が交わす会話の内容としては少々、まっとう過ぎるのでは?」

「それはまあ、私にしても、失礼ですがフィッツジェラルド様にしても、おっしゃるとおりでしょう。お互いすでに『一線』は越えているし、それぞれただのビジネスマンでも、またただの医療従事者でもない。しかしだからといって、さらなる罪を重ねることを是としてしまうというのは、善良な市民の心がけとしていかがなものでしょうか。これは例え話ですが、あなた様だって、私に手術をやってみろとはお勧めにならないでしょう? それに、武器のたぐいだけでなく高額な『薬品』も扱ってみたらどうだ、なんてことも言わないはずです。あなた様ならね。誠意がある人だ」

 ケネスはまた早口に言ったかと思うと、そこでまたしても急に黙り込んだ。

 唐突に静かになった相手の顔を、ゴートはまじまじと見やった。直前までセールスマン然とした笑みを浮かべていたその顔には、もはや喜色は見られない。口元を真一文字に結び、眉根を寄せ、目には鋭い光を宿らせる。そうしたケネスの表情からは、彼自身の内にある強い疑念と警戒心というものとを、はっきりとうかがい知ることができた。

 そういった種類の険しい表情を浮かべたまま、ケネスは言う。

「過ぎた武力は身を滅ぼします。それを念頭に置いたうえでお答えいただきたいのですが、フィッツジェラルド様、本当にあなた様にマシンガンなど必要なのでしょうか?」

 ゴートが相手を観察するのと同じように、ケネスもまたゴートを観察していた。両者は無言のうちに互いの視線を交差させながら、相手の思惑を探り合った。

「そうだ。私はやる気だよ、ミスター・グリーン。例の作戦は必ず実行する」

 ゴートは臆することなく答えた。いまさら予定を変更するつもりなどさらさらない。実行されるべきことを、あるいは、もっと早くに実行されるべきであったことを、これ以上先延ばしにはできない。

「あくまで、意思は固いと?」

「イエス」

「なるほど」

 その後、視線の鍔迫り合いはしばらく続いたが、そのうちついに片方が折れた。

 ケネスは視線を床に落とした。頭部を横に傾け、かつ腕を組んだ姿を見るに、何やら考え事を始めた雰囲気である。そうして時間を取ってから、彼はようやく顔を上げた。上がった口角、細められた目、悩ましげな眉。いまその表情に見えるのは、商売のために拵えられた笑顔のみだ。

「なるほど、わかりました。いや時間を取らせて申し訳ない。ただ、私どもといたしましても、お客様の要望に沿わない商品をお届けするわけにはいきませんからね、それでこうしてお話をさせていただいたのです。しかし誤解をなさらないでくださいよ。あなた様の『ご予定』にかんしてあれこれと申し上げるつもりはまったくございません。ええ、まったく。品物はどうお使いになられても結構。いかなる形であれ存分にお役立てください。それこそが私どもの喜びです。さてそれでは、ご注文の品はいつお届けに参りましょうか? さきにもお伝えさせていただきましたとおり、お急ぎでしたら明朝にでも届けさせますが、ご都合はいかがでしょう」

「いや、急ぎということはないんだ。べつに来週でも、なんだったら来月でも構わんよ。それくらいの余裕はある。何しろ用事が溜まっているものでね」

「そうですか。でしたら、また来週の同じ曜日、同じ時間にお伺いさせていただきましょう。できるかぎり私が直接お持ちいたしますが、場合によっては代理の者がお伺いさせていただく場合もございます。その際には必ず事前に連絡を差し上げますので、どうぞご理解ください。ああそれと、例のバックアッププランに関しましても配備は滞りなく進んでおりますので、どうぞご安心ください。いずれも信頼のおける者たちばかりですよ」

 そうした内容の言葉がいくつか続いたあと、その後ろに「本日はお時間を割いていただき、ありがとうございました」と付け加えると、ケネスはすっと立ち上がった。ついで、グレーのスーツを翻し、姿勢良く応接間の出口へと向かう。

 そうする彼の後ろ姿を、ゴートは慌てて引き止めた。

「ああ、待ちなさい、忘れ物だ」

 ゴートはテーブル上のケースを差して言った。例の拳銃が収められた小型のトランクだ。しかし、客人はそれを手に取ろうとはしなかった。そうする代わりに彼は、真っ白な歯を見せながらこう答えた。

「いえ、そちらは差し上げますよ。初めてのご利用ですからね、特別サービスです。もちろん無理にお使いになられる必要はございませんが、いずれにせよ未登録の拳銃は一本持っておくと便利ですよ。まあ、指紋と目撃者とにさえ気をつければ、という話ですが。それでは失礼します、フィッツジェラルド様」

 今度こそゴートは快く客人を見送った。厳かに開かれた扉が、またゆっくりと閉じられる。その戸が完全に閉じ切られるのを見届けてから、彼は大きく溜め息をついた。

 おしゃべりな男というものを、ゴートは個人的に嫌っている。饒舌であることが必ずしも良い隣人の条件になるとは限らない。信用がならないからだ。さらに言うなら、彼個人としては友人は寡黙であるに越したことはないとまで考えているくらいであるのだ。

 やがてひととおりストレスを吐ききったあと、彼はまた机上に視線を戻した。想定外のサプライズ。記念の贈答品にしては幾分、物騒が過ぎる。その拳銃の使い道に関してあれこれ考えながら、ゴートはいよいよ腕を組んで思索に耽り始めた。

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