11:Ego×Anger

「アンタ、今何処に!?」

「何処って、勿論輸送船の中よ?」

 何ともあっけらかんとした返答だった。

 今から途轍もない事をやろうとしている人間には思えない。

「アンタらの目的は、に穴を開ける事だってのは分かった。だが、それで戦争が再び始まったらどうするんだ!」

 男は声を荒げる。

 無理もない。

 戦争になれば、今まで争いなどなかった日常が崩れ去るのだ。

「戦争になるかもしれないし、ならないかもしれないでしょ?」

 相変わらず飄々とした答えが返って来る。

「地球と戦争するかどうかは貴方達、ルナシティが決めればいい。それだけの事よ?」

「簡単に言うな!」

「簡単な事じゃない。難しく考えすぎよ」

「何?」

 煙管の女は、男に言い聞かせるように話し始めた。

「人はね、我儘な動物よ。自然界では最も弱かった動物が、群れを形成し、道具を作り、協力し助け合い、という、自然界にはなかったシステムを創り出した」

「そんな話……」

「いいから聞きなさい」

「……」

「でも、そのも完璧ではなかった。貧富の差が生まれ、ちょっとした違いを誇張して争いが起きるようになった。地球と月の戦争だってそう。ちょっとした違いを認められなかったから起きた」

 煙管の女が言っている事は正しいと思った。

 結局、テラノイドとルナロイドのいがみ合いは、出身の違いと言うのが根本の原因だ。

 そんな違いを気にしなかったら起きなかった争いだ。

「でも、それは綺麗事だ」

「そうね、確かにこれは綺麗事よ。でも、綺麗事だと切捨てて、自ら汚れにいくのも違うと思うわ」

 その言葉にドキリとした。

「貴方は誰よりも現実が見えている。その癖、心の中では綺麗事を信じたいと思っている。それが現実的じゃないと分かっているからこそ、余計に恋焦がれる」

「分かったような事を……」

「分かるわ。私もそうだから。いえ、もそうだから」

「理想は理想。現実じゃない」

「『理想』という言葉はいつから『不可能』のになったのよ!」

 突然の大声に、男はびっくりした。

 何処までも冷静で、何処か斜に構えた印象だった煙管の女が、声を荒げるとは思ってもいなかった。

「『理想』という言葉は、誰かの夢や希望を踏みにじる為に生まれた言葉ではなかった筈でしょ?まるで今のルナシティみたいね……」

 自嘲的な笑いが、妙に印象的に思えた。

 この女も恋焦がれていたのか。

 だからこそ、この様な行動に出たのか。

 男は何となく理解できる気がした。

「貴方達は向き合わなくてはならない。貴方達がと馬鹿にした、貴方達の兄弟と。じゃないと次には進めないわ」

「……、いい御身分だな……。自分が神にでもなったつもりか……?」

 男は震えていた。

 それは紛れもなく、純粋な怒りの感情からだ。

「何様だよ、お前らは!自分達の行動のせいで、ルナシティが壊滅しようが関係ないってか!?どうせお前らは退んだからな!」

 理想だのなんだのと綺麗事を盾にして、自分達の引き起こす事の責任を取りもしないで、勝手に死ぬだと。

 そんな事が許される訳がない。

「アンタらの言いたい事も分かる。だがな!やるんだったら自分達でキチンと責任を取れ!」

「だから、私達の命で……」

「それはただ逃げてるだけだろうが!責任ってのはな!やった事に対する称賛も批判も、全てを受け止めて、その結果がどうなったのか見届ける事で初めて全うされる事なんだよ!アンタらは手っ取り早く責任逃れしたくて自殺しようとしてるだけだろう!何が理想だ!何が綺麗事だ!そんなもんを盾にして、自分を綺麗に見せようようとしてんじゃねーよ!結局は、どう転んでもアンタらはテロリストなんだよ!」

 しばらくの沈黙が辺りを包んだ。

 やがて、煙管の女の小さな笑いが聞こえた。

「貴方とは分かり合えると思ったんだけどね……」

「何度も言ってる。アンタらの考えに理解はできる。だが、理解できる事と、賛同する事はまた別問題だ」

「やっぱり、貴方は賢いわね……。リーダーが気に入る意味が分かるわ」

「もう、止められないのか……?」

「無理よ。タイマーをセットしてる。私達に追い付ける船なんて、ルナシティにはないわ。私達は、人類の礎になるの」

英雄主義ヒロイズムを妄信する利己主義者エゴイストどもめ……」

「何とでも言えばいいわ。どんな形であれ、私達は歴史を変えるんだから」

 通信が途切れた。

 男はどうしようもない怒りを叫ぶしかなかった。

「落ち着け。今やれる事をやるしかない」

 端末越しに、支部長の声がした。

「支部長、俺達の通話の内容は聞いてましたか?」

「全て聞いた。君がテロリストではない事も確信した」

「そこじゃない!」

 男は、まだ冷め切らない怒りをそのままに、捲し立てる様に喋り出した。

「奴らの話し方からすると、地球側とのやり取りがあったとは思えない。恐らく、デブリ層に穴が開く事は地球側も知らない。となれば、地球側は確実に初動が遅れる。チャンスはそこしかない。現在のルナシティには戦闘に耐え得る船舶は一隻もないと仰いましたね。であれば、宙域戦闘など考える必要もない。大気圏への突入に耐え得る船舶を可能な限り集めて下さい。ルナシティ全体からです。それに、乗れるだけの軍人と武装警備員を乗せ、地球へ降下、ルナシティからの使者である事を明示しつつ、正当な扱いを受けなかった場合は武力行使に移ると脅すんです。200年前の悪夢が再来すると」

「ちょっと待て!それをやった所で戦闘になったらこちら側が不利ではないか!?」

「それを悟らせない様にするのがアンタらの仕事だろうが!いいか!戦争になったらアンタらが死ぬだけじゃない!アンタらの家族だって死ぬんだ!ルナロイドは蹂躙させる!それを許せるのか!?」

 端末の向こうの支部長は黙ったままだった。

「もうすぐ、支部に着きます!」

 運転していた警備員が言う。

 車が止まるのを待って、男はドアを開け、支部へと駆け込んだ。

 支部長の前に立ち、胸倉を掴みながら大声で言った。

「アンタらはいつまでのままでいるつもりだ!」

「しかし、万が一にも戦闘になれば……」

「俺が言った意味を理解してないようだな……」

 男は眼鏡の女に向き直り、叫んだ。

「通信をルナシティに繋げ!すぐにだ!俺が説得する」

 女はゆっくりと頷き、ルナシティへ接続アクセスし始めた。

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