この夏、ハマりすぎる熱中症に注意

ちびまるフォイ

理由に同意できる狂人

「……い」



「……おい!」



「おい! 無視するなよ!」


「えっ?」


ゲーム機から顔を上げると怒った顔の友達がいた。


「いくらなんでも熱中しすぎだろ」


「ははは、悪い。昔からなにかに熱中すると

 周りが見えなくなるってよく言われるんだ」


「それ熱中症じゃね?」


「熱中症……そうなの!?」


友達の言葉が頭にひっかかったのもあり、

自分で病院へと検診してもらった。


「あなたはスーパー熱中症ですね」


「なんかパワーアップしてる!」


「なんでもかんでも面白さを見出して、

 つい熱中してしまいませんか?」


「たしかに……」


「熱中しているものから離れても

 頭の中はつねに熱中しているもののことばかり

 つい考えてしまいがちちゃありませんか?」


「た、たしかに……!」


「確実に熱中症ですね」


「ま、まあ熱中するだけなんだし害はなさそうで良かったです」


「害? ありまくりですよ。何言ってるんですか」


「は?」


「特化しすぎた人間は受け入れられないんですよ」


医者の言い方はトゲを感じたものの気にしないことにした。

単に熱中するだけなら別に珍しいことでもないだろう。


「いつまでゲームやってるの! 早く寝なさい!」


「何言ってるんだよ母さん。今はじめたばっかじゃないか」


「はじめたばっか? もう夜遅くよ!

 12時間もゲームやり続けてるのがはじめたばかり!?」


「じゅ、12時間!?」


時計を見て驚いた。

透明人間が針を動かしたのではと思えるほど、

あっという間に時間が過ぎていた。熱中していて気づかなかった。


「これが熱中症……!?」


飲まず食わずのトイレにも立たないで12時間。

体は疲れるどころか、もっと熱中したいとせがむようだ。


まるでとりつかれたように熱中してしまうと、

ゲームはあっという間に攻略して誰よりもうまくなってしまう。


腕前が高くなりすぎて友達はゲームを辞めてしまい、

ひとりで黙々とゲームスrだけになった。


「はぁ……これも熱中しすぎたなぁ」


熱中にも熱中度に差がある。


最初の覚えたり学んだりする時期は楽しく、

なにもかも極めきってやり尽くした後半は飽きはじめる。


熱中症が深刻に慣ればなるほど、

飽きながらもダラダラ続ける時期まで一気にたどり着く。


「ゲームも飽きたなぁ……どうしよう」


次の熱中先を考えることに熱中してしまう。

目で部屋のあちこちを見て次の熱中先を探す。


「音楽をはじめようか、小説も書きたいし、絵も描きたい。

 動画配信に熱中するのもいいし……それにそれに」


一方で両親からはゲームばかりやってと嘆かれたのを思い出した。


「そうだ。勉強だ。勉強なら熱中していても文句言われないぞ!」


ついに熱中し続けても評価される熱中先を見つけた。


興味のなかった勉強も本気で学び始めると熱中する。

熱中症の力は本当にすごい。


「先生驚いたぞ。成績なんて最下層だったお前が、

 こんなにテストの成績を伸ばすなんて。

 なにかすごい塾にでも通ったのか?」


「いえ別に」


「じゃあ、進学したい学校ができたとか?」


「特に無いです」


「好きな子が出来て勉強してるとか?」


「いないです」



「……え、お前ほんとどうしちゃったの?」


「なんでごく普通に勉強に熱中しただけで気味悪がられるんですか!」


努力するほどの理由がないとおかしい、と思われてしまった。

単に勉強し始めたら熱中しただけだというのに。


教室に戻ると成績上位の四天王たちが待ち構えていた。


「必死こいて勉強して今回のテストで1位だからって

 我ら勉強四天王を倒した気になるなよ」


「えっと……いや、そういうつもりはないんだけど……」


「フン。その余裕ぶってスカした態度がいつまで持つかな。

 次の学力テストが楽しみだよ!!」


「俺はただ熱中しただけで……」


勉強に熱中していると当然成績も上がってしまう。


誰かと争って順位を競うつもりもないのに、

勉強熱中の副作用が周りからは挑戦状に受け取られてしまった。


なにもない密室でみかんの箱と紙とペンを渡され

そこで延々と勉強に熱中させられていたとしても不満がないくらい

他人と比べるつもりも争う気もないのに。


次の学力テストが張り出された。

勉強に熱中し続けた結果、2位に大きく差をつけての最高成績だった。


「ち、ちくしょう!! カンニングだ!! カンニングをしたんだ!!」


「いや単に勉強に熱中しただけで……」


これまで成績低かった自分が劇的に成績を伸ばしたため、

ほかの人もカンニングを疑われ始めた。


「カンニングしてまでいい成績取りたいのかね」

「勉強ばかりしているから友達少ないのよ」

「病気の母親の夢を叶えるためにいい学校へ行こうとしてるらしい」

「実は夏休みに別の人の脳を移植したらしい」


カンニングの噂はだんだんと別の方向へシフトして、

いつしか劇的に勉強へ熱中する理由を妄想されるようになった。


最終的には、病床の両親のためにいい大学に入る必要があり

脳移植をしたことで劇的に勉強できるようになって、

過去にタイムリープしてテストの答えを知っているという設定となった。


「勉強に熱中するだけなのに、どうしてここまで言われるんだ!」


勉強の成績が他の人と離れれば離れるほど、

みんな煙たがられるように距離を置くようになった。


学生でも指折りの成績を得たことで学校から推薦が届き面接の運びとなった。


「君はすごい成績だね。なにかコツはあるの?」


「いえ特に。勉強に熱中しているだけです」


「あ、あはは。そうかい。それじゃ趣味は?」


「特にないですね。勉強に熱中しているんです」


「休日はなにしてるの?」

「勉強に熱中しています」


「君の年齢でそんなことはないでしょう?

 それじゃ将来の夢は? 学者になりたいの?」


「いえ別に。何か目的があってやってるわけじゃないんで」


「……え? 目的がないのにどうしてそこまで頑張れるんだ?」


「頑張ってるわけじゃないです。単に熱中しているだけです」


「えコイツめっちゃやばいじゃん……」


結局、学校からの推薦面接は落選した。


最後の方では未来から来た勉強ターミネーターとまで言わしめるほど

もはや人間を見るような目では見てくれていなかった。


今になってやっと医者の言葉が身にしみて理解できるようになった。


「特化しすぎた人間は受け入れられない、かぁ」


単に勉強というものに熱中しているだけなのに、

他の人と同じ部分が少ないともはや「おかしな人」とされてしまう。


熱中している理由があり、ましてそれを相手が理解できないと狂人扱いだ。


道に転がる石を何の目的もなく集めている人がいたとしたら

自分としてもそれは「おかしな人」と思えてしまう。


「うーーん。勉強に熱中しすぎるのも考えものだなぁ……」


ゲームに熱中しすぎると上手になりすぎて友達がいなくなる。

勉強に熱中しすぎても気味悪がられる。


熱中しすぎても相手がわかってくれるようなものはないものか。


その答えを探すことに熱中した。

ある日、鏡に映る自分を見たときにふと気づいた。


「そうだ。これに熱中すればいいじゃないか!」


やっと誰からも認めてもらえるような熱中先を見つけた。

思う存分に熱中することができた。


熱中症に熱中し続けることで自然と結果が出てしまった。

気がつけばノーベル物理平和科学賞を受賞していたらしくマイクに囲まれた。


「受賞おめでとうございます!」


「ありがとうございます」


「ご自身が熱中症であることからそれの治療法を見つけて

 世界の熱中症で困っている人を救うために勉強を重ねたんですね」


「そうですね」


特に目的なく熱中していたと話せば狂人として扱われるので黙っておく。


「自分のすべての時間を治療法の研究にあてるほどうちこみ、

 寝る間も惜しんで苦しむ人を助けるために研究を続ける……

 あなたのように素晴らしい人は他にいません!」


「そうですか」


熱中症の治療に熱中していただけで、

まるで世界を救うために心血注ぐヒーローのようなイメージが出来上がっていた。


みんな自分が応援しやすいキャラ像を求めているんだろう。


「やっと不治の病である熱中症の治療法を発見したことで

 治療後に普通の生活へ戻れるわけですが、何をしたいですか!?」




「治療? なんで治療する必要があるんです?

 熱中症が終わったんで、次に熱中できそうな

 不治の病の治療法を探そうと思ってます」



自分を囲んでいた取材班はわかりやすくドン引きした。

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