第18話 小さくて大きな一歩

 一方その頃、古河あみは受験の試験会場に向かっていた。

 試験は二日間に分けて行われる。その一日目を無事乗り切り、いよいよ運命の二日目だ。

 試験は午後からある。あと少しだ。

 これから受けるのは一次試験。そして、会場は第一志望の学校。

 ここの学校とは運命的な出会いだった。


 それは後々語ることにしよう。

 その出会いのインパクトが大きくてこの学校にしよう――と感じた。


 そして、あみが受ける学部は普通の学部ではない。


 ――医学部医学科。


 これが、あみが受ける学部であり学科。

 数多ある学部、学科の中でも最高峰の難易度の学部であり学科。

 ここに受かるのは、大学の最高峰である東大に受かるくらい難しい。


「緊張する」


 私に受かるだろうか、と不安がよぎる。

 しかし、あみは首を横に振り、その不安をかき消す。


 できる。私なら絶対に出来る。

 そう信じて。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 列車が動く音色に揺られ、想いを馳せる。


 プシュー。


 何かのイベントだろうか。

「そういえばここコンサートのホールがあったな……」

扉が開くと同時に、たくさんの人が乗ってきた。

 性別は、男子も女子も半々くらいで年齢は、自分の兄、神栖と近いくらいだろうか。


「……大学生かな?」と、自分の音色を出さずに口の動きだけで話す。


 そして、その大学生っぽい人が座っている自分の目の前に来た。

 髪型はボブ。髪色は黒。スラっとした健康的な体形をしている。


 しかし、その眼には光が灯っていないようだった。


 何があったのだろう。

 虚ろ虚ろしており、心ここにあらずという感じだ。

 大丈夫だろうか。心配になるあみ。


『まもなく、〇〇駅です。お客様向かって右手のドアが開きます。お降りになるお客様は忘れ物などにお気を付けてください』


 場内アナウンスが流れた。いよいよもうすぐだ。

 降りる準備しないと。急いで身支度するあみ。

 だんだん、視界に映る風景の流れゆくスピードがゆっくりになる。

 そして、移り行く景色が止まると同時に、電車のドアが開く。


 プシュー。


「すみません、降ります!」


「あっ、すみません!」


 前に立っていた青年は驚いた様子でこちらを見る。

 そのときあみは見てしまった。

 その青年の眼から一滴の涙が流れているのを。

 そして、充血して目が真っ赤になっていることを。


「大丈夫ですか」と言い切る前に扉が閉まる。まるで、その青年とあみを遮るかのように。


 そして、あみは聞こえた。否、実際は聞こえていない。正確には、聞こえた気がした。

 その青年が「受験頑張ってね」と。そして「私みたいにはならないでね」と言っていることに。



 電車を降りると、そこには同じ医学部を目指すかもしれない仲間でありライバルがそこには居た。この中から一人二人位はいるだろう。


「わぁ~。制服の人ばっかりだ。みんな医学部受験するのかな……」


 不安になるあみ。この競争から勝たなければならない。


「よしっ! 大丈夫!」


 気合を入れる。ここまで、やれることはやってきた。あとは実力を試すのみだ。楽しんでいこう。そう思い、パチンと両手で頬をたたく。

 ここら辺に大学は一つしかないので大丈夫だと思うが、念のため携帯で大学までの行き方を調べる。


 駅のホームの階段を上り改札を出る。

 すると、あみの大学の職員さんであろうか、道案内をしてくれていた。

 これはありがたい。


「えっと八番乗り場っと」


 最寄駅から出た後はバスだ。約二十~三十分の距離にその大学はある。

 バスはぎゅうぎゅう詰めで乗るにしてはかなりつらい。


「やっぱこの学校大きいな」


 それが試験に来た時の初めての感想だった。

 バスを降りると、あとは一本道だ。多少の距離はあるが、歩いていくと目の前に大学が見えてくる。

 そして、入り口。いよいよ、勝負の時が来た。

 携帯を開き、誰よりも先に兄にメッセージを送る。


『行ってくるよ、お兄ちゃん。お兄ちゃん、早くよくなってね』

 すると、数秒も経たぬうちにピコンと通知音が鳴り、見てみると、兄からだった。


『行ってらっしゃい。受かりますように、兄ちゃん祈っとくな』

『うん! お兄ちゃんの病気の原因を私が見つけて、私がお兄ちゃんを治すから!』

『おう。兄ちゃん、それまでには小説でデビューできるように頑張るわ笑』

『頑張って笑』

『あみもな。行ってこい!』

『うん! 行ってきます!』

『何かあったら、病院で渡したお守り握ってな』

『わかった!』

 兄から激励を受け、あみは一歩を踏み出すのであった。

 その一歩は人間の一歩にしか過ぎないが、あみにとってはとても大きな大きな一歩だった。

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