第17話 全国大会

 とてもきれいな歌声だ。

 宙に浮かぶ雲のように、掴めそうで掴めない、宙に浮かぶ雲のように、様々に表情を変える。

 城里は、自信をもって歌っていた。


 これが私だ。

 私を見ろ。

 私だけを見てろ。


 まるで、そう言ってるかのように激しく、なおかつ繊細に自分を表現する。


 ……城里は歌の世界に入っていた。自分の歌の世界に。

 その世界は、彩鮮やかかと思ったが、灰色な世界だった。

 しかし、そんな灰色の世界に一筋の光がそこには存在した。


 そして……。


「はぁ、はぁ」

 バラードソングを歌い終わった。

 息が切れる。自分のありったけを込めて歌った。

 だが、これだけではない。次は自由曲。アップテンポな曲だ。

 アナウンスが流れる。


「では次、自由曲お願いします」


「はいっ!」


 気持ちをリセットする。

 さっきのしんみりした雰囲気から、ガラッと変わり、赤く、そして熱く、情熱的な歌声に代わる。


 さすがは、全国大会出場者。うまい。

 さっきの繊細なガラスとは違い、地に足を付けた歌声をしている。

 最初のAメロは丁寧に音程を合わせて歌い、Bメロになると徐々にテンションをあげていく。


 そして、いよいよサビ。

 ここで感情が爆発……するように思われたが、実はそうではない。本当に感情を爆発させるのは別のところにあるからである。ゆえに、感情を爆発させつつ、感情を抑える。


 額を汗まみれにし、城里は歌う。歌う。歌う。

 バラードと違う音程、音域、ピッチ、感情だが、元にあるものは変わらない。

 今までの『経験』それが城里の歌を作り上げている。

 城里は歌っているとき、不思議な感情にとらわれていた。

 今までのことが走馬灯のように思い出されていたのである。

 初めて歌った時のこと、初めて人前で歌って褒められたこと。それがきっかけで、レッスンに通い始め、レッスンで怒られたこと。レッスンで筋トレなど体力的にも辛かったこと。

 しかし、今となってはすべてが充実していたと、城里は振り返る。

 そんなこんなしているとサビが終わって一番が終わり、二番に入る。

 間奏の時、審査員の表情を見る。

 審査員は、真剣に城里を見つめていた。城里がプロになれるのかどうかということを。

 しかし、その真剣な表情が、城里は自分を見てくれているようで嬉しい様子だった。

 自然とマイクを持つ手にも力が入る。手に汗が握る。


 そして、曲は二番へ入る。二番のAメロ。

 また、感情を抑えて、数学のsin曲線のようにテンションを抑えて丁寧に、しかし、感情を歌詞に載せて歌う。とても大好きな曲を選んだつもりだ。

 それは、夢に向けての応援歌。

 しかし、その応援歌は聴いてる人に向けて歌っているわけではない。自分の気持ちを奮い立たせるために歌っているのだ。

 今までのすべてを込める。


 この曲がラスト。悔いのないようにすべてを込める。

 そして、二番目のサビが終わり、Cメロ。Cメロはこれまでと一興変わるパートだ。

 Cメロというのは、これからくる最大の盛り上がりの前触れでもある。そのため、一旦、感情を落とす必要がある。

 次に来る最高潮の物語での高低差を出すためだ。歌詞も一旦、夢を目指すポジティブさから、夢なんて叶わないと弱音を吐く弱弱しい歌詞やメロディーへと変わる。

 ここにも自分の感情を込める。


 何度、挫折したことか。

 何度、諦めかけそうになったことか。

 何度、壁にぶちあたったか。

 何度、弱音を吐いたことか。


 数えようがないくらい、そんな辛い思いをしてきた。

 その感情をすべてCメロにぶつける。まるで、自分自身のことを歌っているように。

 そして、いよいよCメロが終わりサビ。

 ここで、ネガティブな感情から一気に感情のモチベーションをあげる。

 歌に自分自身を重ねて。


 歌をみんなに届けるように。

 歌で誰かが救われえますように。

 歌がみんなの心に響きますように。


 すべてを込めて三度目のサビを歌う。

 そして、ここからこの曲は転調する。

 キーが上がり、さらに盛り上がらせようとする。――そう、大サビだ。

 大サビになった瞬間、さらに、さらにギアを変える。気持ちを込める。

 ここが一番の盛り上がりどころである。

 その時、ふと城里は審査員の表情を見てしまった。否、見えてしまった。

 どの人も私を見ていない。欠伸している人もいれば、何やらメモしている人もいる。

 なんで? と城里は不思議な様子だった。今は、私が主役。主役を見ろ! とでも言うかのように鋭い眼光で審査員を見る。

 しかし、城里を見る様子はない。

 城里は気づいてしまった。

 あぁ、私は脱落ということに。


 そのことに気づいた瞬間――歌詞が飛んだ。


 静寂の中に響く、大サビのメロディー。

 しかし、そのメロディーに歌詞はなかった。

 審査員は驚いた様子でこちらを見る。

 しかし、その目は城里から見るに『ほらみろ』とでも言われてるかのようだった。

 城里は体の震えが止まらなくなる。

 そして、城里のマイクがポツリと地面に落ちる。


 キーーーン!


 落とした衝撃で、高音のマイク独特な音が鳴り響く。

 だが、城里の耳にはその音さえ入ってこない。

 そして、その甲高い音が途絶えると同時に、大サビのメロディーも終わる。

 城里は、思っていた。無理なのか――と。

 しかし、その無理を突っぱねてこの全国大会まで来た。

 だが、その結果は……。



 そして、無理なのかな――から無理――に変わるのは時間はそんなにかからなかった。


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