第15話 所属審査

 その頃、大子は声優の所属オーディション真っ最中だった。


 声優になりたい人は、アニメの人気などでいくらでいる。それに、なれたとしても、それで食べていけるとは限らない。

 それでも……それでも……大子は声優になりたいと思った。


去年のことを思い出す。

「去年は一次審査失格だったな……」


 トホホとため息交じりに苦笑いする。

 自分では何が失敗だったか分析してきたつもりだ。まだまだ、できることはあったんじゃないか、まだまだアピールが足りなかったんでないか。


 しかし、落ちた理由は落とした本人しかわからないこと。


「絶対、今年は所属する」


 決意を新たにする大子。

 そして、今の現状を改めて確認してみる。

「よしっ! 去年よりは成長できたかな」


 ――そう、一次審査を突破したのだ。


 こればっかりは、演技を教えてくれてる先生に感謝しかない。

 何せ、推薦状をくれたのだ。一次審査を行わずにスキップしたのである。

 こうやって推薦状をもたったのも大子の普段の行いの良さが顕れているだろう。

 普段から積極的に発言したり、行動したり、そういうところが講師陣に見られていたのだ。


 大子は「そんなことない。運がよかっただけ」と謙遜するかもしれないが。

 だが、そんな謙虚なところも大子の美点である。それゆえに、男女関係なく、大子の周りには人が集まってくるのだ。


 これこそ、大子の魅力である。


 話を戻そう。

「竜ケ崎大子さん」と呼ばれ「はい!」と元気よく、いや勢いよく返事をする。


 二次審査は、声優の養成所によってさまざまだが、大子の行っている養成所は『プロフィール、ボイスサンプル、自己PR』の三つである。


 プロフィールを書くのにも、何日も何日も悩んで書いた。

 プロフィールを書くのもポイントがある。意外性をアピールしたり、簡潔にアピールしたり、趣味を絞り込んで書いたり、その趣味がありきたりならそれを『特別』なものにしたり。

 そして、何より、その人の人となりをアピールする。これが重要だ。

 それを何日も何日も考えては考え、書いては書き直し、それを繰り返して今がある。

 そして、ボイスサンプルは、それにお題が出され、それに沿ったボイスサンプルを送る。

 今回の場合は、『長年、片思いしてた幼馴染に、男として見てもらうように告白する』というものである。そのセリフも決まっている。

 それも何度も何度も取り直した。何日も何日も。

 そして、それを送り、いよいよ自己PRである。


「ナンバー五十五、竜ケ崎大子です! よろしくお願いいたします」


 ここでもプロフィール、ボイスサンプル同様、自己PRとナレーションやセリフを当日渡されて、マネージャーやお偉いさんの前で言うのだ。


 ――そして。


 通知が来た。結果、二次審査突破。

「よっしゃ」と心の中で、いや、小さくガッツポーズし、いよいよ最後の最終審査。

 これに合格すれば、いよいよ所属だ。

 




 そして、数日後。

 いよいよ来た。


 実は、最終試験に来たのはこれで三回目である。


 一回目は、3年前。二回目は一昨年。なので、尚更今年こそという気持ちが強い。

 やることは、二次審査と同じだ。


 やり方も、三回目であるから大体わかっているつもりではある。


「深呼吸……深呼吸……」と自分で自分を落ち着かせる。

 それはきっと大丈夫と自分自身に言っているようだった。

 一次審査、二次審査、三次審査ときて、緊張も慣れてきているようだった。

 それに、三次審査に限っては、これが三回目である。


「これがダメだったら、養成所やめようかな……」と口から漏れる。


「おれに出来るのかな……」

 弱音が漏れるが、大子はやるっきゃないという様子でいい意味で開き直る。

 そして、ついに運命の時が来た。


 ――そう、正真正銘の最後のオーディションだ。自分にとっても、オーディションにとっても。


 名前を呼ばれる。

「№5、竜ケ崎大子さん」


「……っ!」

 気合も入れたし覚悟もしてたし、三回目だが、何回やってもこの空気は慣れないと思う。

 一瞬、びっくりしゴクリと息をのむ。


「……はいっ!」


 会場は会議室のようなところだった。

 机が横に並んでおり、二次審査同様、お偉いさんたちが並んでいる。

一つ違うとすれば、社長と副社長がいることだろう。また、一見同じと見えているマネージャーさんも経験を積んだベテランさんなんだろう。風格というかオーラが二次審査の人たちとは違う。


 ピリピリする。

 緊張する。

 空気が凍たついたように痛く感じる。


「では、竜ケ崎大子さん。自己PRをお願いします」


 ここに来るのは三回目だが、何が失敗だったのかマネージャーに聞いたことがあった。


 その答えは『最終まで来て受からない人は、突破力に欠けている』そうだ。

 『突破力』。それが何かは永遠のテーマだろう。


 なぜなら、それさえわかれば全員がオーディションに合格して所属できるからだ。

「初めまして、竜ケ崎大子と申します。特技は……」


 あとから、振り返ると、自己PRは自分でも何言ってるか覚えてなかった。それだけ、緊張してたということなのだろう。

 そして、今度はセリフ。実力とユーモアが試される。


 今回のお題は青春の友情もの『立ち上がれっ! お前ならできる! 大丈夫だ!』とのセリフだった。舞台は、大会の最終日。優勝決定戦。相手の実力に慄き嘆き、弱気になっている仲間に対して勇気づけるというものだった。


「すーはー」

一つ、深呼吸をする。

 そして、全力をつぎ込んでセリフを言う。

 今まで教えられてきたこと、自分が経験したこと、すべてをそのセリフに乗せて。


「立ち上がれっ! お前ならできるっ! 大丈夫だ!」


 それからの記憶は全くと言って程なかった。いや、最初からの記憶を思い出せなかったと言うほうが正しいか。


 それから、いくつか質問されたがなんて答えたのだろう。

 テンパってて覚えてない。

 ……しかし。


「……やることはやった。人事を尽くしたから天命を待つのみだな」


 大子は、達成感に満ち溢れていた。

 そして、こんなに達成感に溢れているのは初めてのことであった。

 だから、大子は確信していた。――受かったと。

 それから、結果が来るまでの数日間は遊びに遊びまくった。今まで、我慢してきたことを開放するかのように。はち切れそうな風船が破裂したように、自分のしたいことをした。


そして、大子の元へ結果が届く。


 急いで手紙が来たことを確認した大子は、一目散に封筒を開く。

 期待に胸を膨らませながら。

 声優になったら、どんなアニメや吹き替えに出たい、イベントに出たい、妄想していた。



 そして開けると……結果。

 ――不合格。



 その結果に大子は絶望した。

 もう、辞めるしかないのだろうか。夢はかなわないのだろうか。

 これが最後だと思っていた。これが、最後のチャンスだと。これでダメだと思ってたらやめようと。



 ――そして「無理なのかな……」から「無理」に代わるまでの時間は余りかからなかった。

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