第10話 変化

あみに見送られ家を出た後、神栖は、学校にいた。


「……えー、ここはこうであるからして……」


 教授の発する言葉が、眠気を助長する呪文かのように聞こえる。


「ふぁ~」

 携帯をいじりながらあくびをする、神栖。


 周りを見渡すとみんな眠そうだ。目の前の人も、隣の人も首が上下に揺れている。

 すると、どこからともなく笑い声が聞こえてきた。



 ――クスクス。



 誰かが笑われている。最初はそれしか思ってない様子だった神栖。

 それからしばらくは何も聞こえなかった。


「あと十分で授業終わるな」


 神栖が、気合を入れると、再び声が聞こえる。


「あの人、何してんの?」


 そんな声が聞こえた。

 神栖は自分のことかなと声の発信者を探したが、それらしき人は見つからない。


「ん? なんだ?」


 神栖は、奇妙がった。


「気のせいか」


誰のことだろうかと首を傾げながら、再び携帯に目を向ける。

 ――しかし、さらに聞こえてくる謎の声。


「あの人、臭くない?」

 大きな声がした。

はっきりと聞こえるくらいの大きな声が。


「え?」


 周りを見渡すが、みんな各々授業に耳を傾けている。


 誰が声を発したかはわからない。

 いったい誰のことを言っているのだろうか。

 ここらで神栖は、何かがおかしいと感じる。

 しかし、何がおかしいのかはわからない。ただ、漠然と何かがおかしいと感じるのだ。


 神栖はただならぬ恐怖を感じていた。

 そして、その漠然とした恐怖は次の一言で明確になる。


「神栖君、キモい」


 はっきり声がした。しかも、今度は正確に名前まで聞こえた。


 そう、神栖の名前が。

 そんな神栖をほっといてか知らずか、授業は終わりに向かっていく。


「……なんだ?」


 神栖は、誰が自分のことを言っているのか、再び周りを見渡す。

 しかし、周りに話している生徒はいない。


 だが、今度ははっきりと自分の名前が聞こえた。聞こえたのだ。

 授業が終わりへ終わりへと進んでいる。


 しかし、神栖には授業どころか何も考えられない。


「あー、あの誰だっけ? 神栖くんだっけ?」


「そうそう。臭いんだけど。ちゃんとお風呂入ってるのかな」


 神栖が臭い。これは神栖を大いに動揺させた。



 ――臭い。これに神栖は疑問を持つ。



 毎日、お風呂に入っている。体も洗っている。頭も洗っている。お手洗いに行ったときは、ちゃんと手も洗っている。服も洗濯もしている。


 なのに、――臭い。


おかしい。なんなら、今日、大学に出かける前にもお風呂に入ってきたはずだと神栖は今日を思い出す。


「どういうことだ?」


 神栖は、大いに戸惑った。まさか、こんな風に言われるとは思ってもいなかったからであろう。出かける前にはお風呂に入るのが日課なことから、潔癖症とは言わずとも綺麗好きの自覚はあったのだ。


 そして、その謎の声はだんだんと増えてくる。


「あの神栖君って人汚~い」


「あっち行ってくれないかな」


「なんか私まで菌が映るんですけど」


 おかしいと感じる神栖。

 神栖は周りを観察する。


 そして、何がおかしいのか違和感を見つける。

 それは、周りを見渡してよく観察してみれば明白だった。


「どこから声がしているんだ?」


 そう、授業は静寂の中で行われ、誰一人として話している様子ではないのだ。

 キョロキョロしているのは神栖しかいなく、まるで出た杭の如く浮いている存在だった。


「あの子、神栖君っていうんでしょ? 気持ち悪いね」


「ほんとそうだな、消えてくれないかな」

 神栖の元へ、研いだナイフのような言葉が向けられる。


「やめろ……。やめてくれ……!」


 そんな心の声を漏らす神栖。

 そして頭を抱える神栖。

 その自分の手を見てみると大量のムカデがいた。


「ひっ!」


 思わず声をあげる神栖。

 振り払い振り払いムカデを振り払う。

 そして、机に目を向けると今度は大量のゴキブリがいた。


「……ッ!」


 声にならない悲鳴を上げる神栖。

 それに呼応するかのように、罵詈雑言も止まない。


「キモい」


「臭い」


 神栖はどうにかなりそうだった。むしろ、どうにかなってしまったほうがいいくらいの暴言が神栖へ向けられる。


「神栖君の隣にいたくない」


「神栖、消えろよ」

 ただ重なる罵詈雑言に神栖の精神はおかしくなってしまう。


「うわああああああああああ!」


 その叫び声に、皆何事かと視線を神栖に向ける。

 しかし、それは神栖にとっては、心配も驚愕も敵意にしか感じなかった。


 そして、神栖に決定的な一言が向けられる。


「神栖……」


「……」



「――死ね」



 それは、チャイムが鳴り授業が終わった時のことであり、みんなが席を立とうとしたその時だった。そして、サイレンの音だけが周りの静の中で際立っていた。


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