第5話 霞ヶ浦城里

 一人の女性がオーディションを受けていた。オーディションというのはボーカルオーディションだ。今日は、その全国大会である。そして、今、彼女は一か月前のことを思い出していた。


 一か月前、彼女はボーカルオーディション関東大会を受けていた。

 彼女の名前は、霞ヶ浦(かすみがうら)城里(しろさと)。大学一年生だ。


「はぁ……はぁ……」


 歌いきった。やるだけやった。息が切れる城里。


あとは結果を待つのみである。

席に戻る途中で周りを見渡すと、参加者全員凄い人に見えてくる。

 もちろん、外見だけでなく、歌もうまい。


「すごい……」


 そんな感想が口からこぼれる。

 私が、こんな凄い人たちの中から、選ばれて、全国大会に行けるのか。

 とても、とても、不安で仕方ない。


 しかし、やることはやった。精一杯やった。自分の力を振り絞った。

 これでダメなら、後悔はない。


「いや、少しは後悔するかな」


 と、自分で自嘲気味にふっと笑う。


 確かに、みんな凄い。凄いけど、私だって負ける気がしない。それだけの努力を今まで、ずっとしてきた。


 だから大丈夫。

 自分に言い聞かせながら、他の発表者の歌を聴く。


「これで、発表を終わりにします。審査の結果発表まで、今しばらくお待ちください」


 アナウンスが流れる。

 待つだけなのに、胸が何キロか走ったかようにバクバクする。

 緊張している。

 それが、自分でも嫌なくらいわかる。


 落ちていたらどうしよう、そんな考えが頭に浮かんでくる。

 そんなネガティブな考えが浮かんできては、頭を左右に振りかき消す城里。


「お待たせしました。結果発表です」


 心臓が、さっき以上に大きなリズムを刻む。いよいよ結果発表だ。


「合格者、〇〇さん……〇〇さん……」


 名前が呼ばれていく。

 この合格者に名前が呼ばれれば、全国への切符が手に入る。


「〇〇さん……〇〇さん……」


 まだ呼ばれない。


「〇〇さん……〇〇さん……」



 もう、呼ばれないのだろうか。

 私は不合格なのか。

 私の歌では、ダメなのだろうか。


「最後です」


ついに最後の発表者だ。ここで呼ばれなかったら、私の大会は終わる。


 最後というアナウンスから、発表者の名前を言うまでの時間が、一瞬なはずなのに、とてつもなく長く感じる。


 まだか。


 まだなのだろうか。


 そして、諦めかける城里。

しかし、ダメならダメでしょうがないと、開き直り「よしっ」と気合を入れた瞬間、



「霞ヶ浦城里さん」



――名前が呼ばれた。


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