第3話 つくばみらい

そのころ、つくばみらいも夢を胸に抱きながら、病院へ向かっていた。


 『つくばみらい』。黒髪ロングの大学三年生の女性である。

 成績は優秀で、容姿端麗。それに、実家は、東証一部上場企業の社長の娘ということで、絵にかいたようなお嬢様だ。


 この女性を語るには、まず“絵”ということがあげられるだろう。

 この女性の“絵”は、非常に独特な絵を描く。

 その絵からつくばみらいのことを、令和のムンクと呼ぶ

人も陰ながらいるほどだ。

 本人曰く、感じたままを書いているとのことだが、他の人から見たら全く奇妙で、理解されない、そんな絵を描く。


 そんなみらいにとって今日は、勇気のいる日だった。

 なぜなら、とある“夢”を抱いているからである。このことは、家族にも内緒なのだ。


 それを、他でもない主治医に打ち明ける。


「どんな反応をされるのでしょうか」


 みらいは、笑われるかもしれないという不安と、認めてもらえるかもしれないという期待が心を占めていた。


 そんなこんな考えていると、病院につく。

 受付で診察券と保健証を出すと、受付の人から声がかかる。


「主治医は理事長ですね、一番の前でお待ちください」


「はい」


 “一番”と書かれたドアの目の前に移動し、そこにあった椅子に腰をかける。


「〇〇さん、一番でお待ちください」


 みらいの前の患者さんだろうか。アナウンスが流れる。

 その間、みらいは頭の中でどうやって打ち明けようかインスピレーションをしていた。

 暫く時間が経ち、いよいよ、みらいの番になる。


「つくばみらいさん、つくばみらいさん、一番の診察室へお入りください」


 そう、アナウンスされ、みらいは席を立つ。そしてドアを三回、コンッ、コンッ、コンッとノックし、入ってよいかを尋ねると


「どうぞ」と返答が返ってきた。


「失礼します」


 みらいの主治医は、男性の人だった。低く、男らしい声に、体格もがっちりしている。 しかし、そんな体とは対照的に、雰囲気は柔らかく、優しそうな人だった。年は四十代くらいだろうか。


行方なめかた先生」とみらいが話しかける。

 そう、この人の名前は、桜川さくらがわ行方なめかた。みらいの主治医だ。

 診察も順調に終わり、いよいよ……絵を描いていると、夢があると打ち明ける時が来た。

 心臓がバクバクする。異性に告白するときは、こんな感じなのだろうか。


「行方先生っ」


 行方は、鬼気迫る表情のみらいに、一瞬びっくりした後、冷静になり尋ねる。


「なんですか?」


「実は、私……私、夢があるんです!」


「夢ですか……」


「……はい」


「どんな夢なのですか?」

 優しく尋ねる行方。


「実は……実は……私……」と、言おうとしては躊躇い、言おうとしては躊躇う。

 そして、覚悟を決めたかのように、グッと歯を食いしばって目を大きく見開き、「よしっ」と気合を入れると、



「イラストレーターになりたいんです!」



 と、言うのであった。

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