第29話 国葬

 前魔王の遺骸の入った棺桶は、魔都を一周したあと、都市の外れにある王族の墓地に祀られる。

 新魔王が顔を出さなければいけないのは、スタートとゴールだけだ。

 魔都は広く、ゴールは夜くらいになるので、とりあえずスタートに出席すれば夜まで寝られる。


「よくそんなに寝られますね……」

「お前はもうちょっと寝ないと育たないんじゃないか?」

「どこ見て言ってるんですか、変態」

「頭だよ!」


 体を両腕で抱いて後退る――既視感デジャヴュを感じるな――ジュディ。

 俺は身長のことを言っているというのに……。

 俺の返事にジュディは愕然とする。


「え? 頭のどこに萌えるんですか?」

「知るわけないだろ!」


 俺が萌えしか考えていないとでも思っているのだろうか。

 萌え尽きるぞ。


「まったく上手くないですから」

「頭の中の言葉にいちいち反応するな!」


 口に出していないんだから、どんなこと考えていようと自由なはずだ。


「あなたみたいなのに自由を与えると碌なことにならないですから」

「そんな決まり文句で思考の自由まで奪うな」


 捕虜だってその自由くらいは与えられているというのに。


「残虐な魔王にふさわしくなろうと努力しているだけですよ」


 絶対地だろ。


 棺桶のスタート地点もまた魔王城。

 俺がジュディを伴って会場に入場すると、大きな拍手が巻き起こった。

 間違いなくジュディに。

 なぜ魔王城から出ていないのにそこまでの人気が?


「いわゆるチートじゃないですか?」

「いわゆるって言われてもその単語は知らないんだが」

「あなたに説明してるんじゃないので別にいいですよ」


 じゃあ誰に説明しているんだ?


「そんなことより魔王様、祭を案内してくださいよ」

「嫌だ」


 祭の案内だけなら別にいいのだが、ジュディに魔王様と呼ばれたときは何かしら良くないことが起こるのを、理解するまでに成長した俺は、即拒否する。


「せっかくの祭なんですから引き籠もってないで楽しみましょうよ。私が一人で参加して誘拐されてもいいなら別にいいんですけど」

「わかったよ」


 相棒が誘拐されたとなると魔王の名折れ――折れるような名は残ってないけどな――である。

 よく考えたら俺の喚び出しも、ジュディとその家族にとっては誘拐同然なのだが、まああまり頭を働かせることはやめておこう。


「けど、ジュディの知り合いはいたほうがいいな」

 

 祭とかで一緒に回れるような。

 実年齢はまだ子供なわけだし、彼女が魔王城で一人ぼっちとかは可哀相だ。


「私はだいたいの人と仲良くなれるので、自分のことを先にどうにかしたらどうですか?」

「………………そうですね」


 俺がジュディと話していても、葬式は粛々と進んでいく。


 俺がしなければいけないのは、挨拶に来た親父の関係者に鷹揚に頷いてみせるくらいである。


 魔都の民は、短気なことでも有名。

 つまらない葬式はあっという間に終わり、いよいよ本格的に、都市中が祭のムードに染まりだす。


「父親の葬式なのにつまらないとか言っていいんですか?」

「だってもう死んでるわけだしなぁ」


 親しくなかったから家族の絆とかあるわけでもないし。


「なるほど。家族間でもシビアなのは王族っぽいイメージですね」

「親父と伯父とかは仲良かったみたいだけどな」


 俺にはその兄弟すらいない。


「いたらいたで面倒ですけど、一人っ子も寂しいものですかね。まあいいです、それより祭ですよ! 着替えたら早速行きましょう!」


 祭の雰囲気につられたのか、少し興奮した様子のジュディに引っ張られて即席――豪壮ではあるが――の葬式場を出る。


「待て小僧」

 その俺たちの前に、一人の男が立ち塞がった。

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