第10話 本題にたどり着かない 1

 俺は少女の質問を無視して、頭をフル稼働させる。


 とりあえず、目の前の存在が人間なのは魔力が感じ取れないことからも確かなようだ。

 では、俺はどうすればいいんだ? 


①殺す

 これは、あまりいい選択肢ではない。 

 まず、相棒がいなくなる。

 つまり召喚の儀は失敗になる。

 

 あと、単純に後味が悪い。

 攻めてきた勇者なら、こちらも逡巡なく殺せると思うが、こちらが勝手に呼び寄せた、しかもただの少女である。


 ──この選択肢はやめだな。


②送り返す

 俺の腕では無理だが、ラファエルとかに頼めばやってもらえるだろう。

 こちらの選択肢でも相棒はいなくなるが、まあ少女を誘拐した格好になるよりはいいだろう。


 とりあえずは、少女の意向を聞いてみよう。

 魔法を使うのは魔人だけ、つまり魔人に誘拐されたのに全く怯えないほどしっかりしているのだから、話は通じるだろう。

 

「無視ですか。耳が聞こえてないんですか? 先程までは会話が成り立ってましたよね? 便利な耳ですね、私も一組欲しいくらいです。だいたいあなた何なんですか、そんな漆黒のマントに、やけに派手な冠。魔王のコスプレですか。『我は魔王である』とか言ってそうですね」


 一人でマシンガントークしている少女のほうを向いて、俺は口を開いた。


「我は魔王である」


 すごく冷たい視線が帰ってきて、俺は困惑する。

 怯えこそされ、「魔王」という言葉が馬鹿にされることなどあるだろうか。


 よくわからない。

 これだから人間は嫌なのである。

 

「何か悪いか?」

「いえ、本当に便利な耳をしているようですね」

「耳?」

「いえ、話が進まないので気にしないで下さい。それで、魔王がどうしたんですか? さっきいやに魔人かどうかと気にしていましたが、まさか魔王ともあろうものが魔法を間違えたとは言いませんよね」

「……あ、ああ、もちろんそんな訳はない。俺はお前を選んだんだ!」

 

 小馬鹿にした口調に、思わず反駁してしまう。

 一体俺は何を言っているのか。

 しかし、一度口から出した言葉は取消せない。


「へえ、私は何に選ばれたんですか?」

「俺の使い魔」

「ちょっと待って下さい、私は人間ですよ? ――

「ああ、もちろん分かってる。俺は魔族と人間の架け橋になればと思ってだな」

 ――使い”魔”ってひどくないですか」

「気にすんのそこなの!?」


「もちろん”使い”にも異議を示したいですが。でも、嫌ですって言ったからって魔王の意向なんだからそんな意見なんて通るはずもないですよね?」

「もちろん」

 

 もちろん通るはずだったんだよ!

 俺は一体何を言っているのだろう(二回目)。

 そしてこの少女は本当に嫌だと思っているのだろうか。


「魔王ってことは、お金はいっぱい持ってますよね?」

「ちょっと待って、俺が魔王ってとこはあっさり受け入れんの?」

 

 なにか年不相応な生々しいことを聞かれた気がしたが、それ以上にその淡白な姿勢が気になる。


「いえ、別に魔王でなくてもいいんですが、自称魔王ならお金はいっぱい持ってますよね?」


 ……何を判断基準にしているのだろうか。

 やはり、人間の思考回路は異常である。


「持ってるが、その自称ってのは痛々しい感じがするからやめてくれないか?」

「?」


 何を当たり前のことを、といった感じで首を傾げられた。

 結構胸に来るからそれもやめて欲しいのだが。

  

 少女は恐る恐る指を折り始めた。


「……威厳、ありませんよね? 恐怖、ありませんよね? カリスマ、ありませんよね? 強者感、ありませんよね? ……どこが魔王なんですか?」


 真面目な表情で、自分でも気にしていることを告げられ、俺の精神はノックアウト寸前まで追い込まれた。

 ……そういえば、傲慢な態度忘れてた……。


「……もういい、分かったからやめてくれ」

「ああっ、魔王っぽい特徴一つ思いつきました!」

「何?」


 打って変わって元気いっぱいな少女の声に、少し期待を持ちつつ聞く。

 俺がこれまでの人生考え続けてきて思いつかなかったものを、少女がこの短い間に思いついたとすれば天才である。

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