第35話 ドン・ドーラの絶望


「ドン様、大変です! 西の林からも火の手が上がっております!」


「何だと!?」



 美術館の火消しを見ていた私の耳に信じられない報告が届き、頭が真っ白になる。

 あの場所には色々と隠しているものがあるのだ。

 まずは薬草畑。

 どれも媚薬や麻薬の原料となる希少な品で非常に高値で取引されるが、所持しているだけで重罪になってしまう。

 まぁ、見つかるよりは焼けてしまった方が都合がいいだろう。



 問題は金塊だ。

 竜舎の地下に隠したあの金塊は、百年前にカリス海や東アメトリス海岸を荒らしまわった伝説の海賊王が残したものだ。

 確か海賊王の名前はサトゥー……いや、キトーだったか?

 いや、今は名前なんてどうでもいい。

 あの場所まで襲撃したということは、今回の襲撃は入念に計画された襲撃に間違いないはず。



 ……潮時だな。

 私は火消しをする使用人の目を盗み、老執事に耳打ちする。



「……信頼のおける者だけを連れて西の林に行くぞ。一度身を隠す必要がある」


「承知しました」



 私は老執事を引きつれ、竜舎へと足を進める。

 あそこの地下に隠した金塊だけで小国が10年は経営できるほどの価値があるのだ。

 少し量が多いが、竜舎の竜を使えば全て運搬できるはず。

 その金で私はまた返り咲いてやる!

 見てろよ、襲撃者め!

 必ず返り咲いてこの屈辱を千倍にして返してやるぞ!



 ◇



「ドン様、思った以上に火の手が早いです!」


「見れば分かる! 急いで金塊を運び出すのだ!」



 林につくと、すでに火の手が竜舎のそばまで来ていることに焦る。

 しかしここで足止めされる訳にはいかぬ。

 すぐに金塊と共に身を隠さねばならんのだ!

 私は煙に巻かれていく竜舎の中へ飛び込んだ。



「何だ……? これはどういうことだ!?」


「ドン様、竜が一匹もいませんよ!?」



 私たちは予想外の光景に凍り付いたように足を止めてしまった。

 竜が一匹もいないのだ。

 逃亡防止のために特注品の鎖で繋いでおいたというのに、それがすべて外されている。一体だれがこんなことを!?

 竜たちが黙って鎖を外されるのを見ているはずがない。

 飼いならされているとはいえ、竜は非常に凶暴だ。

 長年調教されて心を折られた竜は別として、基本的に竜は自分より強い者の言うことしか聞かないはずなのだ。



「……どうやら今回の襲撃者は只者ではなさそうだな」



 思わず口にした言葉でふと気づく。

 そんな相手が金塊に気づかないだろうかと。



「くそっ!!」



 私は竜舎の奥へと駆け出す。

 一番奥の、もっとも凶暴な竜の寝床に地下室への扉が隠してある。

 あれさえ無事なら私はやり直せるのだ!

 祈るような気持ちで奥へ飛び込んだ私の目に、地下室の扉が目に入る。

 扉が大きく開かれたままだ。



「嘘だろう……」



 私は恐る恐る近づいて、地下室の中を覗き込む。

 ひどく殺風景で広い石造りの部屋だ。

 中に所狭しに詰め込まれたはずの木箱は影も形もない。

 おそらく侵入者の手によって根こそぎ運び出されたのだろう。



「終わった……完全に終わった……」



 私は力なく膝をつく。

 備蓄していた麻薬は全て焼かれ、20頭いたはずの竜は行方不明。

 宝物庫の美術品も全滅だろう。

 おまけに金塊まで失ってしまった。

 私はもう終わりだ……。



 私を好ましく思わない者どもがこぞって動き出すだろう。

 金の切れ目が縁の切れ目。

 今まで私に尻尾を振っていた連中も手の平を返して、奴らに味方するはず。

 なんとツいていないのだ。完全に終わった……。

 私が一体何をしたというのか……。

 私は避けられない破滅を想像し、静かに泣き崩れた。




 side 秀也



「ん? なんか火事みたいだな」



 俺の呟きにクラスの皆が振り返る。

 夕焼けの光でオレンジに染まっていく石造りの街並み、その真ん中辺りから黒煙が立ち昇っていたのだ。



「あっ本当だ」

「ちょっと遠いな」

「場所的にさっきの公園じゃね?」

「秀也、燃え移ったりしないかな?」


「安心しろ。公園の周囲は広い道路で区切られていたし、まして石造りの家は燃えないからな」



「たしかに!」

「じゃ全く問題ないなー」



 俺の言葉に皆が安心した様子で笑みを浮かべる。

 それにしても今日は大漁だったな!

 きっとシュリも喜ぶことだろう。

 鬼人のみんなが喜ぶ顔を想像しながら歩いていると、大きな屋敷が見えてきた。

 パッと見ると貴族の屋敷っぽく見えるが、ここは貴族専門の宿らしい。

 先日のドラゴンレースのお礼ということで、大貴族であるバカボン家のバッカスが手配してくれたのだ。

 もちろん貸し切りで宿泊代もタダとのこと。



「さてと、荷物を置いたらご飯にしようか!」


「おお!」

「中々うまい飯だすよな~」

「味沢のメシほどじゃないけどな!」



 朗らかな顔つきで扉に手をかけようとした俺たちの前に立ちふさがる者がいた。

 鬼人族のまとめ役であるシュリだ。

 どこか怒ったような顔つきをしているが、何かあったのだろうか?



「賢者様! どこに行ってたんですか!? 心配していたんですよ!」


「え、心配してくれたのか?」


「ええ。心配していましたよ(町の人を)」



 ん?

 何か違和感というか含みを感じたが……まぁいいか。

 もしかして恋愛フラグが立ったのか?

 やれやれ、モテる男はつらいな。



「シュリ、見てくれ! お土産があるんだ。なぁみんな!」


「おうよ! 見てくれ、すげーだろ!」

「埋蔵金見つけちまったよ、俺ら」

「やっぱ日頃の行いがいいからな~」



 皆が金塊を何本か取り出すと、シュリの顔が引きつった。

 やれやれ、少し驚かせてしまったようだ。



「……賢者様、どこから強奪してきたんですか?」


「む? いや埋蔵金だって。地下にあったんだ」


「地下に? え……? 一体どういうことなの……?」



 シュリは混乱しているのか、しきりに首をひねっている。

 一体どうしたんだ?

 俺たちが不思議そうにシュリの顔を覗き込んでいると、彼女は大きくため息を吐いた。



「……分かりました。それは置いておいて、そっちの竜はどこで借りたんです?」



 シュリが俺たちの後ろで、モツゴロウに撫でまわされる竜を指で示す。

 モツゴロウはもう竜と打ち解けたのか、人外の言葉で竜と楽し気に談笑していた。

 相変わらず、すごい特技だな。



「ああ、公園に捨てられてたんだ。可哀そうだろ? 役に立ちそうだし、連れて帰ることにしたんだ。世話は俺たちがやるから心配しないでくれ」


「捨てられていた……? 竜が? えっと、どれも値の張る竜のはずですが……」



 シュリが困惑した様子で呟く。



「シュリ、世の中には飼育を面倒くさがって捨てるとんでもない奴がいるんだ。まぁ、そんなひどい奴のことは置いといてご飯にしよう」


「ええっ!? これ大丈夫なんですか!? この竜だけで一財産築けますよ!?」



「大丈夫だって~」

「シュリちゃんは心配性だな!」

「野生のだから問題ないって」

「それより飯食おうぜ! 腹減ったよ」



 俺たちは心配そうに騒ぐシュリを宿に押し込めると、食堂へと進む。

 まったくシュリは本当に心配性だ。一体何が心配なんだ?

 まあいっか。

 それにしても今回は大漁だったな!

 拾ってきた金塊があれば港もちゃんとしたのが作れるはずだし、そうなれば鬼人族の領地はさらに発展することは間違いないだろう。



 さて夕食が終わったら港の防衛プランでも考えるか!

 俺はそんなことを考えながら食堂の中へ入っていった。


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