あかいあじさい

真田真実

第1話あかいあじさい

この庭もずいぶんと様になってきたわ。


私は色鮮やかに咲く花々を見てひとり呟く。

庭といってもここへ引っ越してすぐ、荒れていた場所に少しづつ手を入れて花や野菜を植えた程度だが。

今から2年前、夫が早期退職をすると言い出しその退職金でこの山奥の別荘地を手に入れた。

しかし、当の夫は早期退職してすぐこの別荘地に私を置いて女と出て行った。

この別荘地は手切れ金代わりだったのだろう、今を思えば前の土地で暮らしていたらいろいろと面倒なことがあっただろうからここに来て正解だったと思う。

町に住んでいた頃にはできなかったことをたくさん経験できて生きていくスキルが格段に上がった。

夫のことは忘れ、夏場だけ避暑に来るご近所と携帯の電波も入らないこの土地で私はひとりのんびりと暮らしていくことにした。

あの人が訪ねてくるまでは…。



その日は梅雨の中休みで蒸し暑い日だった。

庭で草むしりをしていると後ろから突然声をかけられた。


こんにちは。

振り返ると若い女が立っていた。

その女はハイキングには季節外れの梅雨のただなかに何か含んだような顔で私に挨拶をしてきた。


こんにちは。どなたかしら?

わかっている。でも知らん顔しててあげる。

私はのんびりと挨拶をした。


初めまして私…

若い女は美羽と名乗った。

小柄で黒目がちな様子はあの女と雰囲気が似ている。


不躾な質問をして申し訳ありません。

私の姉を知りませんか?


お姉さん?

私は立ち上がり服についた土を落とす。


…はい。私、ご主人と失踪した美砂の妹です。

硬い表情でそう告げた美羽は居心地が悪そうに私を見る。


あら、私もあちこち探して見つからなかったの。警察にも届けたけど音沙汰なしよ。

いまごろ、あの人とあなたのお姉さんはどこかで幸せに暮らしてるんじゃないかしら?

遠いところから来てくれたのにごめんなさいね。


私はガーデニンググローブを外し彼女を置き去りにして部屋へ戻ろうとしたが気が変わった。


上がってく?ちょうどお茶にしようと思ってたの。まぁ、いろいろあったけどあなたは関係ないし。

笑顔で美羽に声をかけると彼女は硬い表情で頷きついてきた。

私は重い木の扉を開け彼女を中へ招き入れた。


どうぞ

私は美羽に自家製のハーブが入った自慢のハーブティーをポットから注ぎ入れクッキーとともに出した。

美羽が手を出すのを躊躇っているようなので私が先にカップを取りひとくち飲む。


毒が入ってるとでも?

おどけたように美羽へ言うと美羽はカップを取りハーブティーをひとくち飲んだ。

それから私たちは庭の花のこと、ここは静かで誰も来ないけど狸が遊びに来ること、姉妹二人で必ず連絡を取り合っていたこと、姉を探すため仕事を辞めたことなどとりとめのない話をして気づくと日が随分と傾きかけていた。

帰るという美羽に庭を見ていかないかと勧めてみる。

この数時間で美羽の表情は少しだけ柔らかくなった。


狭い庭には季節の花が所狭しと咲き誇り、そのひとつひとつの花の名前を教えていると美羽がひとつの場所で止まった。


きれい…

そこには紫と燃えるような赤いあじさいが2株植わっている。


きれいでしょ?

この庭でいちばん手をかけてるの。

私はあしさいの横に置きっぱなしにしていたシャベルを端に避け美羽をあしさいの側へ招く。


あじさいって土壌で咲く色が変わるんですよね?

確か、酸性の土には紫、アルカリ性の土には赤い花…。

美羽は急にしゃがみこんで赤いあじさいの根元を両手で掘りはじめた。


美羽さん残念ね…。来た時からあじさいを気にしてたみたいだけどあの人もあの女もそこにはいないわ。

私はシャベルを高く振りかざすと美羽の頭めがけて叩き込んだ。


ぐしゃっ…

美羽の頭が柘榴のように割れ前のめりに倒れこむ。

私がシャベルを叩きつけるたびに美羽の両足が蛙のように跳ね上がり、飛び散る脳漿と血だまりがあじさいの根元の乾いた土に吸い込まれていく。



誰があの人と一緒になんて埋めてやるもんですか。

あの人は床下、あの女はとっくに引っ越しごみと一緒に焼却炉で灰にしてやったわ。誰も身寄りがなく、たったふたりの姉妹なんていうからそのまま帰してやろうと思ったのに気が変わったじゃない。

だって、硬い表情で私を見る目があの女にそっくりなんだもの。

あの人とあの女が私に詰め寄った日のことを思い出しちゃって…最悪よ。

それから、私のうちをこそこそ調べまわってることも気付いてたし。

あなた庭に黙って入ったでしょ?おばかさんね、足跡がたくさん残ってたわ。

あの女が私の心の中を踏み荒らしたのとおんなじようにね!

私、何も悪くないのに痛くもない腹を探られているようで不愉快極まりなかったわ。

ま、あなたが私のことを嗅ぎ回ってたおかげであなたを処分する手筈は万全よ。

さて、あなたのお望みどうりあじさいの肥やしにしてあげるけどその前にもう少し細かくしないと早く土に馴染まないわね。


ふふっ…美羽さん?来年は何色の花が咲くかしら?

私は動かなくなった美羽の足を持ち、血だまりの道を付けながら納屋へと引きずっていった。












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