第14話 英雄願望

 俺と咲は、喉が渇いたのでジュースを買った。

 メロンソーダである。お祭りのメロンソーダが特別上手く感じるのは何故だろうか。

 だが、その一方で俺は真由菜の事が頭から離れなくなっていた。

 俺と咲はこうして一緒にいるが、すれ違う男性は必ず咲を二度見する。

 それほどの美人なのだ。

 そんな女が俺に笑いかけている。それでも俺の頭には真由菜の姿がこびりついていた。

 真由菜があの男達に犯されるかもしれないと思うと胸がざわついた。


「なんか……」


 俺がボソッと呟いただけで、咲は頷いた。


「さっきの気になるん?」


 呆れ顔の咲が、俺の顔を覗きこんだ。


「あー、咲の中三の時のこともあるし……」


「心配性やな。じゃあ、どうする?」


「悪いけど、咲はお祭りの係りの人に声かけて来てくれへん? 俺はちょっと様子見てくるわ」


「分かった」


 そう言って、咲はお祭りの会場入り口へ向かう。係りの人がいたからだ。

 心配性。確かにそうかもしれない。でも違っていたら取り返しのつかない事になる。

 俺は咲をすごく過保護にしているから、そうかもしれない。


「さて……」


 俺は真由菜達が歩いて行った方角に足を進めた。


 ◆◆◆


 川縁はなだらかなカーブを描いている。

 縁日の店は途切れ、その先から人はまばらになっていた。

 真由菜の姿を見つけることは出来なかったが、俺は土地勘でこの先にひとけのない神社があるのを思い出した。

 雑草が生い茂り、時折しか整備されていない寂れた神社である。

 小さな虫が飛んでいて、まとわりつく。俺はそれらを手で払いながら進んだ。

 近づくにつれ、それは確信になる。

 言い争う声が聞こえたからだ。


「ちょっと、離してよ!」


「別に良いじゃねぇか」


 一人が真由菜を後ろから抱えていて、目の前の二人が何とかしようとしている。

 真由菜は手足をばたつかせている。

 裕子も似たようにされている。

 まだ、最悪の事態は起きていない。

 藪の中で俺は息を潜めて、近づいていく。

 スマホを取り出して、フラッシュをONにして、そちらに向ける。

 カメラアプリを立ち上げ、カシャリという音を立てて、暗がりの奴らを連写した。


「強姦魔! お前らこれで人生終わりや!」


 俺は大声で叫んだ。


「みんなー! 強姦魔やー!!」


 俺は走り出す。


「てめ!」「捕まえろ!」


 不良達は呆けていたが、事の重大さに気がついたのか、俺を追いかけてきた。

 走りながらSNSを開いて画像を送った。


 #犯行現場

 #拡散希望


 コメントを打つヒマは無かったが、ハッシュタグだけは入れた。

 だが、スマホの操作をしながら走っていた俺は、彼らに追い付かれた。

 スマホを取り上げられ、踏みつけられた。


「テメー!」


 俺は羽交い締めにされて、ぼこぼこにされた。

 だが、もう遅い。ここで俺がどうなってもこいつらは、言い逃れできないだろう。

 胸を蹴られる。顔を殴られる。踏みつけられる。

 こんな時に痛みがマヒしてくれればと思うが、そんな事はなかった。

 俺は抵抗したし、殴りかかったが、多勢に無勢。ケンカも馴れていなかった。

 喚き散らして、のたうちまわった。

 しばらくして騒ぎを聞きつけた人達が助けに入ってくれた。

 不良達が逃げていくのが、腫れた目の隙間から見えた。

 視界がぼやける。


 俺は意識が遠退いていった。


 ◆◆◆


 救急車に搬送されていくところで、俺は気が付いた。

 気がつけば見知らぬ天井の方が、ドラマチックだが、そんな上手くはいかないらしい。

 咲が俺の手を握っている。


「一緒に行きます!」


 救急車にそのまま、咲は乗りこんできた。

 俺は救急車のリアハッチに入れられる際に、中から外を見た。

 リアハッチが閉められる先に、真由菜と裕子が立ち尽くしていた。

 俺は腫れた目の隙間から、確かに二人の姿を見たが、二人共、無表情だった。


 病院では、診察をされて応急処置を施された。

 肋骨にヒビが入っている。眼底骨折。前歯の半分が欠損。手首、足首の捻挫。各部裂傷。

 一方的にやられていたのだから、そうだろう。

 警察の事情聴取を受けた。

 俺は彼らの顔を覚えていないが、SNSで拡散した事を話した。

 警察が調べなくても、誰かがそれらをスクショして調べてくれる事を期待した。

 しばらくして、両親と妹がやって来た。

 皆、真っ白な顔をしていた。

 血の気が引いているのだろう。

 俺は疲れていたので、そのまま寝てしまった。


 次の日、いくつかの精密検査を受けた。脳に異常がないかなどである。

 咲と美桜は学校なので、俺には母親が付き添った。


「もう、大変でしたよ。咲ちゃんも美桜も、泣きはらしてね」


「美桜が? 俺がこんなんなっても泣きそうもないけどな」


「今日も学校休んで、ユウトさんの面倒見るって聞きませんでしたよ。美桜は受験だから学校には行かせましたけど」


「ふーん。そーかぁ」


 俺は気のない返信をしながらも、心に込み上げるものを感じた。


 夕方になると、咲と美桜が病室にやって来た。相部屋だ。どこの病院も部屋は満室。

 ベッドの回りをぐるりとカーテンで囲う。


「大丈夫?」


「大丈夫にみえるか? めっちゃ痛いわ」


「頑張ったね、えらいえらい」


 咲は俺の頭を撫でた。俺は美桜を見つめた。


「兄様。無茶はしないで下さい」


「あの場合は仕方ないやろ?」


「それでなくても、兄様は弱いんですから」


「まあ、それはそうやな」


「でも立派です。見直しました」


 こうして会話しているが、口の中も痛い。実際の俺の声は小声で、かすれている。

 彼女達が一方的に話して、俺は言葉少なに対応する。


 彼女達が帰ったあとにリョータがやって来た。


「大丈夫か?」


「さっきも聞かれたわ。お前も同じ事をきくなや」


「誰にやられた?」


 リョータは笑っていない。


「ケーサツに任せとう」


「そいつら見つけて、ブッ飛ばしてやる」


 リョータの目に獰猛な光が宿る。


「アホいうな。つまらん事するなや」


「そんなん言うても。お前がやられて黙ってらへんやろ」


「お前、俺のことで自分のウサ張らしすなよ」


「何言うて──」


「別にえーけど。これは俺の問題。お前には関係ない」


 リョータは俺を見つめていたが、俺は疲れていて目を瞑った。気がつくとリョータの姿はそこにはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺がライトノベル作家と分かったとたんにあの娘がグイグイくる もりし @monmon-si

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ