第40話 壊れた力、存在


 ――ついに、壊れたか……

 ――ええ、遅いくらいね。アタシの騎士は持ちこたえた。


 頭の隅に、そんな声が響いてくる。でも、それはすぐに全身に走る虚脱感と、激痛によって流されてしまう。


「――!」


 言葉にはできない。そんな痛みだった。それは、内側から発生する……大事な物に罅が入る、そんな痛みだった。

 あふれ出る力の奔流は、翼を象り、この世に生まれようと藻掻いていた。地に伏して、それを己の内に戻そうと試みても……すでに殻は破れ、器は崩壊していた。収まるべき場所がないなら、もう解き放たれるしか道はない。


 ――恐れるな。

 ――怖がらないで。


 内に潜む、二つの存在は俺を鼓舞する。

 閉じこもる必要はない。それは必要なことだと、諭してくる。だとしても……これは、解き放ってはいけないものだ。こんなもの、世界を滅ぼすに決まっている。


 ――その通りだ。だが、これはお前が選んだ結果だ。

 ――ええ、そうよ。我儘なあなたが、進んだ道なのよ。


 しかし、そんなものを生み出したのは俺だと責め立てる。いや、もとよりこうなることが分かってて、どちらかを選ばそうとしていたのかもしれない。それを拒んだのは、間違いなく俺だ。

 バカだなぁ……今更になって、こんなにも早く悔やむなんて。


「あ、ぁぁ……『我が、原初に映し出された……在りしときの情景よ――」


 始まった。もう、詠唱は止まらない。これから、起こる現象をどうにかしなければ。


「『――この身に余る、すべてを費やし……我が心に、還ろう。そして、今度こそ、果たすのだ――」


 大丈夫、この身に宿る力は消えたわけではない。ただ、溢れてしまっただけ。

 今は、抑えられないけど……この儀式が終われば、元に戻ると確信する。

 だから、大丈夫……大丈夫。


「『ああ……遂に訪れる、運命に抗うために……この世に、顕れよ――《無彩の竜》よ』――」


 ついに、力の奔流は光を伴い……竜は現れる。


 ――それは、美しかった。何者にも染まらない、水晶の輝きに、大きく広げられた翼。穴の空いた瞳は空虚ながら、こちらを見透かすように……見つめていた。


「はあ……はあ……」


 力が抜けて、何もできず立ち尽くしていた。しかし、妙にすっきりした思考で、この状況を打破するために必要なことをしなければと、活を入れる。

 まずは、敵に――竜に、敵意があるかどうか。


「……」

『――』


 竜が口を開いても、ただ大気が震えるだけで何も聞こえてこない。竜の言葉は、高次元に位置するため人語では表せないとガリア師から、聞いたことがあるが……それは本当らしい。

 でもって、表情から感情を読み取ろうとしても……水晶で出来ている顔はピクリともしない。


「――――!」

「な、ァ……!」


 目にもとまらぬ神速で、爪を振るう。それは、俺の身体を容易に貫き……


「ゴフ……ッ」

『……』


 竜は黙り、何もしない。その攻撃で十分だと、そう言っているように爪を引き抜くと、そこから空いた風穴からとめどなく血が噴き出す。

 ああ、これは……ただの致命傷じゃないな。

 反射的に『獣ノ血』を覚醒させたのに、癒えるどころか拡大していく。出力が弱まっているし、渦巻く何かを感じ取れる。

 ……ここで死ねと、竜は示しているのだろう。


「ア、アアアァ……」


 吹きこぼれるのは、何も血だけではなかった。発動もしていない・・・・・・・・のに精霊と獣の力が、俺を纏う。そうして、傷まで覆い隠そうとすれば、ただ抜け落ちていく。


『――』

「くそっ、たれ……」


 こいつは口を開いて、その抜け落ちていく俺の力を吸い取っていく。少し吸い取られれば、凄まじい虚脱感と喪失感。竜が誕生した時よりもすさまじい。割れ落ちていく、その欠片たちは無抵抗に竜の一部となる。

 あぁ、まやかしにしても……手に入れた力は、ここで消えるのだろう。そう確信すれば、膝から崩れ落ち抵抗する気力すら、尽きていく。

 傷口は、水晶で侵食され体を蝕んでいく。


「アァ……グァ……」



 ――その身を竜へと転身する。

 其は、願望の体現者。

 運命を乗り越え、切り開くものなり――



「ァ――」


 すでに意識は絶える寸前で……そんな俺を、一瞥し竜は去る。その間際にその身を砕き、水晶の種をまけば……そこから、薔薇は咲いた。美しく咲いた薔薇は、地中から根を張り各地へと広がっていく。

 いつか見た、透明な茨は俺を取り囲み、傷口に入り込む。丁寧に、少しづつ、埋めていく。


「……お前、は……一体……」


 すでに姿はない。かすかに残された『獣』の力を使って、周囲を探れば魔獣の気配は残されておらず……一匹も残さず、茨に取り込まれていた。最後に残された、言葉……のようなものから察するに、俺は人ではなくなったのだろうか? ……ただでさえ、人として終わっていたのに。


「……ああ、もう……疲れた」


 俺は、落ちていく感覚に従って、意識を落としていった。

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