第39話 竜


 神器の反撃能力を駆使して、魔獣を殲滅していく。

 初めは、能力の制約のせいで慣れない戦い方に戸惑うことが多かったが、あることに気付いてしまえば簡単なことだった。


「……別に、先手を取られて攻撃されるなんていつものことだったじゃないか」



 そして、街中に侵入してきた魔獣は目に見えて数を減らしていった。

 ものすごく順調に進んで、終わりが見えてきた。

 ……それだけなら、よかったのに。


「……ふぅ……あと、もう少しか」


 ガリア師はそう言って、顔を明るくして魔獣に刺さった剣を引き抜いて血を振り払う。

 あれだけいた魔獣は、もう数えられるくらいには数を減らしており、先が見えないなんてことはない。


「……」


 俺は、鎧に包まれた顔から汗をたらして疲労から息が上がっていた。感じている力の奔流を、今は鬱陶しく感じる。

 神器に、獣の力を使い続ければ、疲れるのは必然だった。でも、これだけ・・・・の力を振るい続けて疲れるですんでいるのは凄まじいとしか言えない。


「……両方、使えば……」


 どうなるのだろう。


 今は、疲れるだけですんでいるがきっとそれだけでは済まないと直感し、どちらか一方だけを使う。

 今度は、神器の力――『エレメンタル・アーマー』を解除し、『獣ノ血』を再び解放する。


 強固な鎧は水のように溶けて、何もなかったように消え去り……


「グ……ァア……」


 沸き立つような、血の熱に浮かされる。

 血が高揚し沸騰する感覚に破壊衝動に呑み込まれ、壊れることのない神器を力いっぱい握りしめ、今にも逃げようとする魔獣を追い越し、肉塊へと変貌させる。

 取りこぼしがないように、鼻を利かせながら魔獣の臭いを探っていく。

 地を蹴り、空気を切り裂いて血の雨を降らせる。


 疲れなんて、吹き飛ばして濃密になる血の臭いを浴びながら、口角を吊り上げる。


 今度は、剣ではなく拳を薙ぎ払って鎧のなくなった俺を喰らい殺そうと、牙を見せてくる魔獣を爆散させ、再び魔獣に恐怖を植え付ける。



 そんなことを繰り返していたら、いつの間にか辺りには魔獣は見当たらなくなっていた。


 魔獣と戦っていた全員がガリア師の下に集合して、


「……えっと、その……」

「……」

「だ、黙っててごめんなさい……っ!」


 見知らぬ、誰かに頭を下げられる。

 遠くで戦っていた知らない剣士が、何かを謝ってくるが身に覚えがなさ過ぎて、どう反応していいかわからない。

 というか、俺の知り合いなんて手に数えられるくらいだから……きっと、勘違いなのだろう。


「お話は……後ほどお願いします。殿下。今は、まだ気配の残る外の残党をどうするか、話し合いましょう」

「……ええ、そうね。今は、そうすべきですね」


 ガリア師が、かしこまり“殿下”と呼んでいる。つまり、王族。ますます俺の知り合いではないことが証明されていく。


 ……でも、なんだろう。

 色々な感情がごちゃ混ぜになって、俺の心に入り込んでくる。そして想起されるのが――あの夕日だった。

 それは、あそこにいる少女との想い出のはずなのにどうして今思い出したのか。


 荒ぶる血を鎮めることで、精一杯な今の俺では分からない。

 だからその衝動を吐き出すように、魔獣たちにぶつけていく。そのつもりで、今は収めていく。今の俺は、ただの魔獣を狩るだけの存在。

 『獣』を飼い、その血を身に受けし……って、やばい。思考が引っ張られてる。


 どうも、自分じゃないみたいな感覚に襲われる。


「……では、各自拡散し、魔獣を各個撃破するということで。魔術師殿は、こちらに」

「分かりましたぁ」

「では、よろしくたのむ」


「ヴィル……また、あとでね」

「ん……無事で」



「……」



 なんだか、視界と思考がおかしい。顔も見えないし、誰とも分からない。どうして……大切なはずなのに。おかしい。俺はこんなんじゃない。俺は……誰だ? 俺は――そうだ。精霊を纏い、穢れた獣を喰らい、ただ運命に導かれて……敵を殺す。

 ああ……なんだろな。致命的にはき違えてる気がする。違うな。本当はもっと、上手くやるはずなのに。上手くやれると確信していたはずなのに。こうじゃなかった。そんなんじゃない。自分という領域が浸食されていく。想い出も記憶も……何もかも。

 違うんだ。俺は、そんなこと・・・・・考える必要なんてない。煩わしい。何もかもが鬱陶しい。邪魔をするな。


 いいや、お前はなんのためにこの力を手に入れた。なんのために、その力を振るう。ただ運命に翻弄されるだけか? 違うね。運命を切り開くための力だろう。そのために、牙と剣を手に入れた。違うか? 


 だから…………あれ、おまえは誰だ。


 やっぱり、身に余る力だったんだ。本当に、精霊の言う通り。……ただ都合が良かっただけ。俺は、特別なんかじゃない。


「グルウォオオオオ!!」


 狼は吠える。襲い掛かる脅威から、身を守るために。でも、それは足掻きでしかない。俺は、漫然と拳を振るう。もはや、そこに剣技も力も関係ない。もてあます濁流をぶつけているだけ。

 狼は、潰れる。ぐしゃり、ぐしゃり……臓物を吐き散らし、血肉で血を汚し、その命の源であるマナをまき散らす。


 『獣』は、それを喰い尽くす。それこそが、この渇きを癒すと知っているから。その全てを、記憶を、ただの栄養として糧にする。そうして、また一つ、俺を浸食して、食らいつくす。

 俺という器に収まらないほど、大きな存在が入り込もうとしてるのに……足りない足りないと、腹を満たしていく。


――ガシャン、ピシャリ……


 ああ、今、壊れた。


 器にかろうじて、収まっていたはずのマナでさえ溢れだし……俺の身体は決壊し始める。


「え……アァ……」


 そうか。ここまでか。

 俺は、ここで終わるのか。まだ、何も果たしていないのに。そこで、潰えるというのなら……きっとそれが俺の限界だ。



 ――限界を超えて、過度な力は身を滅ぼし……竜災は、幕を開ける。



「あ、アアアア――――!!!」


 なんだ、これは。


 溢れたマナから、何かが飛び出そうとしている。


 漠然としているけど……その影は、まるでおとぎ話に出てくるような……竜の形をしていた。

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