第37話 英雄への架け橋


 『獣ノ血』――その力がどうしてそう呼ばれるのか。それは分からないが、現在進行形で使っている俺からしたらこれほど当てはまった言葉はないと思う。


「……っ」


 あの病室みたいな場所から飛び出して、街中を駆け回る。

 少し力を込めただけで、民家を跳びぬけて屋根伝いにショートカットしていく。

 前の身体能力なら、想像すらできないことだ。……それも、マナで強化していない状態でこれだ。


 今度は、家を二つくらい跨いで跳ぶことが出来た。


「おまけに、これで完璧に制御できてるって言うんだから怖いくらいだよ……なっ!」


 そう、真に恐れるべきはその爆発的にまで増大した身体能力を寸分の狂いもなく操っている自分の制御能力の方にだ。

 どう動かしたら、もっと速く動けるのか。どうしたらもっと効率よく力を籠められるのか。

 手に取るように、分かってしまう。


「これなら、まだ……いける」


 そう確信した俺は、更に加速していく。

 ふぅー、と息を吸い込み全身に流れる『血』を意識して――それを沸騰させるように、イメージする。


「ぐ、ぅ……」


 熱い、熱い、熱い。

 訴えてくる脳の信号は無視してもっと引き出していく。目が血走って、険しくなったいく。


「ふぅーっ、ふぅーっ……!」


 まだだ。溢れだしそうな、力の濁流を体に抑えつける。

 もっと行けるはずだ。あの場所で感じた、『獣』の力はこんなものじゃない。

 もう爆発してしまうのではないかと、錯覚するほどの熱が限界に達し、握りしめた拳から血が流れた瞬間――


「っ! ガァアアアア!!」


 弾け飛んだ。視界がものすごい勢いで流れていき、その速度がどれだけのものなのか窺えるだろう。





 その勢いのまま一気にたどり着いた広場に着地すると、ガリア師や、ティーアが魔獣と応戦しており、その遠くには二人の剣士らしき人物が、同じように戦っていた。ガリア師の背後には魔術師の風貌をしている女性が倒れこんでいた。


「――よくやった! あとは任せたまえ!」

「も、もちろんですよ~。こんなにマナを消費したのは久しぶりですぅ……」


 ガリア師はその魔術師に称賛すると、空間が揺れて見えるほど濃密なオーラを身に纏い、魔獣共を一掃していた。いずれ、俺もガリア師のようにできるようになるのだろうか。

 それよりも、この状況を把握しようと『獣ノ血』の特性の一つである、嗅覚によるマナの感知に集中する。


「……そういうことか」


 スン、と鼻を利かせれば魔獣のマナ以外に魔術を使用したと思われる、マナの残滓が漂っていた。聞いていた効果よりも把握できなかったが、それは俺がこの力に慣れていないせいなのだろう。

 それより、魔術師がどうやって逃がしたかは……まあ、後で聞けばいいか。

 何はともあれ、住民のことを気にせずに暴れられる・・・・・ってわけだ。自然と頬は上がり、今か今かと急いている自分を何とか抑えている。

 どうやら、獣の名に相応しいように獰猛で殺戮が好きなようだ。


 ……ここに着いた時から血が騒いでいた。後腐れもないと知って、獲物を見つけて更に昂ってきた。先程よりも心臓がうるさい。


「……は、ははは……ハハハハ――ッ!」


 本当は事情とか、手に入れた力とか。説明して加勢するつもりだったのに。

 でも、だめだ。

 止められない。


「……ッ!? なんだ!」


 驚くガリア師を無視して、俺は魔獣に突っ込んでいく。手に持った神器は頑丈なようで、どれだけ強く握っても力任せに振るってもビクともしない。


「――グルゥゥゥアアアアーー!!」


 ガリア師からターゲットを俺に変更したようで、荒々しく牙を立てようと口を大きく開く。

 それを楽し気に、ゆっくりと体を捻って回避する。


「うおらぁ!!」


 横から、思いっきり力任せにただ剣を振り下ろす。技量もない、ただの素振り染みた動きでも……今の俺ならそれで充分だと確信していた。


「グルウウ――……ウウウゥゥアアア!!??」


 胴体を喰い破るように、二つに割くとそこから溢れだす血を敢えて受け止め、全身に浴びる。渇きを癒すように、たっぷりと浴びると、口元の血を舐めて、血の味を覚えた。


 どうやら、俺の筋力は凄まじいことになっている。自分の変貌ぶりには驚かされていてばかりで、急に得た力のせいかほんの少し罪悪感を覚える。


「……はは」


 最も、獲物を仕留めた高揚感でそんな気持ちなど吹き飛んでしまったが。

 ふと、思い立ってティーアのほうへと目を向けてみれば……息を呑むように、険しい空気を纏っていた。なぜかその様子に既視感を感じながら、目が吸い寄せれるようにその行動を見てしまう。


「あ、あぁ……そんな。どうして、ここに」

「……?」

「この……臭い。忘れるわけが、ない」


 珍しく、いや初めて聞いたティーアの長文は驚愕に満ちていた。不思議に思うが、そんなこと今はどうでもいいか。

 いや、それどころではないという話だ。本当は気になりすぎてしょうがない。

 でもすぐ近くにいた魔獣が襲い掛かってくる。狼の魔獣が多いようで、噛みつきや爪による攻撃が多い。


「フン」

「!?!? ギュルァアア!」


 剣から手を放して、空いた左手で狼の顔面を殴り潰す。ああ、こんな魔獣にも苦戦しそうだなとどこかぼんやりと昔の自分に思いを馳せる。

 そこから更にめり込ませるように、拳を捻って抉るように叩き込む。情けない声を漏らしながら、痛みに顔を歪ませていく。そこから、剣で叩き下ろして地面に押さえつける。


 鼻が折れ曲がり、悶えている魔獣を踏みつけ……しっかりと狙いを定めてから、がら空きの首に神器を突き立てる。

 抵抗はあまり感じさせず、この『霊剣リェーズヴィエ』の性質……『首切り』が働いたようだ。


「……ハ」


 四角い剣先は、幅広いのでいともたやすく狼の首を切断させる。ゴロンと転がり、死を知らせる。本当に、呆気なく命を奪える。

 ケガも負わず、無傷で簡単に。

 今まで、大怪我ばかりしてまともな魔獣一匹すら倒せなかったこの俺が。


「は、ハハハ……」


 なんだかおかしくって、笑ってしまう。

 なんだこれは? 呆気なさすぎる。本当に、あっさりと「英雄」にすら届きそうな力を得たのだと。錯覚する。


 横へ、視線を飛ばせばそこには震える狼と、信じられないものを見ている顔をしたティーア。

 ガリア師は俺に注目が集まっているその隙に魔術師の介抱をしているようで、真っ青だった顔色は先程よりもよくなっていた。

 俺はそれを確認すると、更に魔獣を殺して……経験を積もうと、再び戦闘の構えに入る。

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