第36話 貧弱騎士の覚醒、そして……


――選べ。


 そう言われても、俺はどちらかをつかみ取ることなんてできない。だって――意味不明でも、危険でも……目の前にあるんだから。

 “力”が。努力や研鑽では決して手に入らない、圧倒的な力がある。


「……」

『どうした。何を悩む必要がある? 我を選べ』


 ズルをしている。


『……何を言っているのかしらこの『獣』は。ねえ、アタシの騎士。あなたはきっとアタシを選ぶに決まっているわ……そうよね?』


 きっと、これは不正行為だ。差し出されたその手を取って……もし、力を得て騎士になったとしよう。きっと自信に満ち溢れる姿から物凄い力が手に入るに違いない。

 それこそ騎士学院の連中どころか、ガリア師やティーアにまで圧倒できるかもしれない。

 王国の誇りとまで言われている『剣聖王女』にまで、勝てるのかもしれない。


 ……でも、そこまで強くなっても俺は胸を張れるのだろうか?


 後ろめたさで、俯いて情けない姿をさらしてしまわないだろうか。


「……かも、しれないけど。それでも俺は――」


 そこまで理解していても、抗いがたい魅力がある。どちらも捨てきれないほど、口惜しい。それが欲しくて欲しくて、仕方なかった。


 思いだすのは、あの雪辱の日々。

 騎士への思いを虚仮にされ、貶され力に屈した……屈辱的な記憶。


 そこでようやく認められたと思ったのに、それでも何も変化がなかった。燻って、必死に表に出さないように抑えつけて……打ち明けられなかった。


 ああ……そうか。俺はもう、決めていたんだ。ここで何を選択するべきなのかを。


『フム……決心はついたようだな』

『ええ。どうやらそうみたいね』

「ああ。俺は――」


 さあ、どちらを手に取る。みいたな期待の表情をしている二人を見て、俺は一歩ずつ、ゆっくりと進んでいく。

 あと一歩で、どちらかに向かって歩き出す。

 その手前で俺は立ち止まり、二人は困惑し、首をかしげる。


 そんな二人に対して、俺は自分の答えをはっきりと告げる。



「――俺は、二つとも手に入れる。その力を両方とも」



***


 俺は、そこでしっかり現実に目を覚ます。

 先程まで見ていた夢とは違うことは、精神世界の住人が証明していてくれている。

 先程まで行われていた、選択の試練。それを俺はクリアすることが出来た。

 だから、こうして目を覚ました。


「……行かないと」


 今なら、どんなに遠くたってどんなに絶望的だろうと……乗り越えられる。そんな根拠のない、されど確信的な自信があった。所詮、借り物の力だけどそれでもその力が人のためになるならそれでいい。

 ガリア師とティーア。……それにミリア。

 彼女のためになら、どんな地獄だって乗り越えて見せる。

 例え、この身が滅びようとも誰かを助ける・・・・・・

 それが騎士って、もんだろう。


「さあ……目覚めろ。神器『霊剣リェーズヴィエ』、そして『獣ノ血』」


 ドクン、と心臓が鼓動する。血が沸き立つほどの熱を帯びてやがて体全体に行き渡る。

 ベッドから転げ落ちて、地面にのたうち回る。全身が侵されていくその感覚に、苦しいほど痛い。


 しかし、それは手に現れた一本の剣によって終息する。


「はあ……はあ……はあ……」


 荒く息をしながら、脱力して動作を確認する。

 『霊剣リューズヴィエ』……それは、一本の処刑人の剣と呼ばれる形状で、剣先が尖っておらず刀身が四角形の首を落とすことに特化しているという性質を持つ。


「……これが、“力”か……呆気ないな」


 望んでいた、強大な力が今この手の中にあると思うと、なんだか感慨深い。いや、感慨深いというより空しい、のか。

 それも自分で勝ち取ったものでないから、なおさら。でもそんな感傷に浸るのも後回し。

 聞こえてくる悲鳴と、ここからでも感じる濃密なマナ。それに、視えるようになった強大なオーラに圧倒される。


「……っ。頭が……」


 間近で騒がれたように、耳鳴りがしてキーンと頭痛がしてくる。五感が鋭くなったようで、焼け焦げるような木の臭い。遠いところまで、繊細に見える建物。手に伝わる無機質な感触までハッキリと伝わってくる。

 『獣ノ血』――その効力なのか。能力がそれだけではないのだろうが、それでも今までとは見ている景色が違ってくる。

 前の感覚が泥の中にいたようにすら思えてくる。


「……それに、この剣も、すごい」


 今は、あえて意図的に抑えているけどこれを解放すれば……果たして、俺の身体が持つのだろうか?

 神器――聞いたこともない武器の名前だけど、察するに『神の武器』、もしくは『神が作った武器』。


「もし……俺が両方選択していなければ、爆発四散だったかもしれないな」


 あの精霊め……ニコニコと勧めていたくせに、こんな爆弾を寄越しやがって。『獣』が言っていた陰険というのもあながち間違いではないのかもしれない。

 もしかしたら、二つも手に入れた影響なのかもしれないが……そんなことはどうでもいいか。

 力を得られた。そのことに変わりはない。


「さあ……行くか」


 今度こそ、成し遂げるんだ。

 そう決意を固めて、窓から跳躍し気配の強そうなところへ一気に駆け抜ける。


***


『――それ、は』


 『獣』は、驚いたように目を見開いてこちらを見る。まるでその選択だけはしてほしくなかったかのような反応だ。


『は、ははははっ!! あぁー……これだから、ニンゲンってすごいわよねぇ~』

「……何を言われようと、お前らは絶対に手に入れる。絶対に』


 精霊は、狂ったように笑い続けていた。それこそ望んだ答えであったかのように。ふわふわと漂い舞うように、お腹を抱えて笑っていた。


『ははは――うん。それ自体はあなたの自由よ。……でも、くふふ。ごめんね? 面白くって……あははは!』

『……過酷な未来が待っている。先程見せた未来の可能性……あれでもいいほうなのだぞ?』

「……だとしても、だ。この選択は変わらない」


 再三にわたって、忠告してくる。どれだけの困難が待ち受けようと、俺の選択を覆すことはしない。

 諦めたのか、はあ、とため息をついて不貞腐れたように丸まる『獣』。そして、


『……そうか。なら我からは言うことはない』


 そう言い放ち、姿が消えて俺の中に吸い込まれていく。


『…………ほんっと、『獣』ってば親切でお節介よね。でも、良いわ。アタシからも一つだけ』

「なんだ」


 雰囲気の変わった精霊は俺に語り掛ける。

 言葉にできない、悪寒がこれから告げられることは残酷な真実であることを察する。



『あなたはね……こうして、力を与えられる――けれどそれはね、別に『運命』だとかあなたが『特別』だからじゃない。……言うなれば、偶然と周囲の行動の結果が重なりすぎて起こった『必然』。本来なら、あなたは無関係だった。でも、本当にあなたには才能も、それどろか強い『運命』にすら屈してしまう弱くてほんとにどうでもいい存在・・・・・・・・



「……ずいぶんと言ってくれるな」

『事実だからね。でも、だからアタシたちはあなたに『運命』も『悲しい未来』も変えるあなたの力となって、弱いあなたの代わりになってあげる』

「……つまり何が言いたいんだ?」



『――――思いあがるなよニンゲン。貴様はただただそこにいて、都合が良かっただけの存在だ。お前にはこれから未来永劫、幸福も栄光も……ありはしない。本来得られたはずの未来すら食いつぶし、ただの歯車を狂わせる異物となる――――それだけだよ』



***


 最後に言われた警告を境に、そこからの夢の記憶は力の使い方。また、二つも手に入れたことによる副作用・・・についてばっちりと刻み込まれていた。


 まず、『獣ノ血』と呼ばれる『獣』の力は――

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