第27話 魔獣前線(4)


「――というわけでして、そちらの冒険者がいきなりそこのお二人に斬りかかった、というわけです」

「なるほどな……どういう事情があれ、規則守るどころか一般人に武器を向けるなど騎士として見過ごすわけにはいかない。詰所まで来てもらおうか」

「……! は、離せよっ。オレはただ、そいつらにセンパイ・・・・として冒険者の心得を教えていただけなんだよぉ」


 見っともなく喚き散らかして、その冒険者はガリア師を跳ね除けようともがくががっちりと固定されているせいかピクリとも動かない。

 その無表情から何も読み取れないので、無言の威圧を与えてくる。


「さて、事情がはっきりしないうちはお前らにも同行してもらいたいが……まずは治療からか」

「……はい」

「まあ、忠告はぎりぎり守っていたようだが……武器を武居たのは感心せんな。仕方ないとしても、な。騎士を志す者ならなおさらな」

「…………はい」

「ともかく。組合としてはこの者の処罰はどうするつもりなのだ? こちらとしては一刻も詰所に連行したいのだが」


 ガリア師が尋ねると、職員たちは困ったように顔を見合わせている。処罰を決めかねている、というよりは判断しかねているように見える。

 規則的には、冒険者資格の剥奪らしいが俺も武器を抜いてしまったせいで決闘じみたことになったしまったので、ややこしいことになっている。

 つまりは、あそこで余計なことをせずに距離を取れば良かったのだ。


「……すみません。俺のせいでこんなことに」

「いや、いい。こうなることはあり得たのに連れてきた俺の責任だ。むしろ怪我までしてよくそこまで耐えたものだ」

「……ッ! は、はい。ありがとうございます!」

「ああ。それに……いや、これは後にしよう」

「……? 分かりました」

「それで、どうするのか決まったのか?」

「あ、それが――」

「私から、そのことで提案があるのだ」


 階段の上から、凄い圧を感じる中性的な大人の人が降りてくる。声もどちらともいえないような不思議な声をしている。

 背後が輝いて見えて、輪郭を捉えることができない。


「やあ。ガリア。さっきぶり」

「……何の用だ。というかどうして降りてきた・・・・・? お前は」

「ああ。分かっているよ。だから、こうして魔術で見えにくいようにしているんだよ」

「……そうか。で、提案とはなんだ」


 その中性な人は、ガリア師と知り合いのようで登場にはガリア師も驚いたようだ。


「ああ。簡単な話さ。そこの彼と君の弟子で、本当に決闘させればいいのさ。お互いに武器を抜いたことはなかったことになるし、その後で冒険者の規則を破った彼を処罰すればいいさ」

「……しかし、それでは」

「まあ、そうだね。そこの彼が逃げ出さないと否定はできない」


 まさにその話の途中で「逃げ出せばいいだろう」と考えていたのか、顔を真っ青にして汗をだらだらと流している。より一層ガリア師は拘束を強くする。

 着込んでいる革鎧が軋みを上げ始め、苦悶の表情を浮かべる。


「待って待って。そこで彼を再起不能にしても根本は解決しないから。逃げ出さないように私が見ておくからさ。そこはガリアの私に対する信用度の問題だけど」

「……それ、は……むぅ。分かった。しっかり見張っておいてくれ」

「うん。任された」


 ガリア師はそう言うと、拘束を解いて冒険者を解放する。見張りは任せるとはいえ、いきなり自由にさせるなんて何考えて……


「よし。お前ら、あいつから目を外して耳を塞げ」

「へ、どうして――」

「いいから早く」

「……『ねえ、君は逃げないよね』?」



「――――」



 脳を揺さぶられるような、魅惑的な声だった。痛みと快楽が同時に襲ってきて、感覚を狂わせられる。ガリア師は特に異常はないようだが、声の主を見ないように周りを見ればティーアは少し苦しそうに、他の人は完全に気を失っていた。


「はい」

「『そう。そして、決闘もしてくれる』?」

「もちろんです」

「じゃ、そういうことだから」

「ああ」


 あれだけ反抗的だったのに、その声を聴いただけで一気に大人しくなる。それどころか、生気を感じさせない虚ろな瞳に、焦点が合わないのかふらついて今にも倒れそう……あ、倒れた。

 というか、あの人の耳長い――


「おいっ少年、見るな!

「――はあっ……はぁ、はぁ」

「ふぅ、よかった。何とか引き戻せたか」


 い、息をすることを忘れるほど見惚れていた。神秘的でこの世の者とは思えないほど整っている、ように見えた。正直、容姿とか特徴的な長い耳くらいしか覚えていなくて、何を見ていたのか記憶に残らないレベルで、思い浮かべることすらおこがましいようで脳がパンクしそうになる。


「な、なんですかアレ……」

「ああ。この組合の支配者であり、名前はフェールム……と名乗っているらしい」

「……魅了? 異種族?」

「それは、まあ直接聞いてみるほうがいいだろう」


 ティーアの質問に対し、ガリア師はおしとやかに手を振ってこちらに向けて微笑んでいるフェールムさんに視線をやってそう答えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る