第26話 魔獣前線(3)


 ガリア師を待っている間はすることがなくて、組合を行き交いする冒険者をずっと眺めている。ガリア師の登場で起こった騒動も落ち着いてきて、通常の状態に戻ったのではないだろうか。

 入ってきたときには見なかった顔も見えてきて、誰もが傷だらけだったり汚れていたりした。


「なんていうか、凄く泥くさいですね。もちろん侮辱ではなく」

「……命がけ」


 ティーアの言うように、毎日が命がけで必死なんだろう。だから、身に纏う空気がナイフのように鋭い。荒々しく削り取られて、それでも磨かれてきたナイフのように。


「だから、嫌い。それじゃ、いつか死んでしまうから……」

「先輩?」

「……忘却忘れて


 珍しく長文を話したティーアは恥ずかしがるように顔を伏せて、表情を悟らせないようにする。

 そんなことをしながら、まだかなと階段の方へと視線をやると直後、何かに遮られてしまう。


「……? なんだ?」


 一体何なんだ? と不思議に思い見上げると、



「おいおいおい、こんな時間から何してるんだよ新人がよぉ」



 こちらを見下す、ニヤついた表情をしている冒険者がそこにはいた。

 その冒険者は出会い頭に意味不明な言葉を放つとまるで、悪い事をしている奴らを咎めるように調子づく。


「は……?」

「とぼけんなよ。そんなきれいななりで椅子に座ってるってこたぁ登録したての冒険者だろ?」

「何を言ってるかわからないが、とりあえず俺たちはここで待ち合わせをしているだけで」

「は? 別にお前の話は聞いてないのよ。だって、何もしてない新人っていうのはすーぐうそを吐くからな」


 いくら誤解だと言おうとしても、ちっともこちらの話を聞こうともしない。自分こそが絶対に正しいと信じ込んでいる。……いや違う。これは、言い訳が欲しいだけだ。理由は分からないけど。

 それにいきなり絡んできて、すぐに面倒くさい人だと分かるって相当ではないだろうか。ねちっこく話しかけてくるその冒険者は俺からティーアに視線を移す。

 ビクッと体を震わせると、身を縮こませてその視線から逸らすように隠れる。


「……へぇ、男女二人っていうのは珍しいなぁ。へー、何か冒険者舐めてない? そんなんでやっていけると思ってるの? ま、そんな新人にもオレはしっかり教えてあげるんだけどさ」


 その言葉で、どうしてこんなにもしつこく絡んでくるのか、その一端が見えた気がする。単純に俺とティーアが一緒にいることが気に入らなかった。それだけだ。


「いや、だから」

「うるさいなぁ。大人しく、センパイの言うことは聞いておけよ」


 と、口では聞き分けの悪い後輩を言い聞かせているように見えるが、その下卑た視線がティーアに向けられている時点で実はいい人という線は消えている。

 というか、その目は気に入らない。自分に従うことを疑いもしない。反吐が出るような、態度だ。


「ほら、そこの君もこんなやつは放っておいてオレのとこにこいよ」

「……」


 ティーアは何もしない。断ることも、その手を振り払うことも取ることもしない。

 ただただ、何かを恐れていた。


「……これ以上、関わってくるなら……迷惑行為として職員に通報します」

「は?」


 そんな様子を見て、俺はついに決心する。

 唖然とした表情を浮かべるその冒険者だが、正直これでも譲歩しているつもりだ。先輩として尊敬しているティーアをまるで下に見て、言うこと聞く人形のように扱い下衆な視線を寄越して……何より俺のせいで怖がらせてしまった。

 許しがたいことだ。自分のせいで誰かを悲しませることは特に。正直自分とその元凶をぶん殴ってやりたいところだけど、勝てるかもわからない。それにガリア師の忠告が俺を戒める。


「なに? オレはそんなことされなくちゃいけないのぉ? ただ、新人を注意していただけなのにぃ? ははっ。ま、いいさやるならやってみろ。何もしていない新人と組合に貢献しているオレの信用なんてけた違いだからよぉ」


 矢継ぎ早にそう口を立てる冒険者は、自信満々な態度で言い放つ。

 しかしこめかみを見れば、血管が浮き出ている。尊大に振舞って余裕そうに見せてはいるが実は内心怒っているのだろう。


「では、行きましょうか先輩」

「あ……」

「……っ! おい、待てよ!!」


 そう言われて、待つとおもうのだろうか。静止の言葉なんて無視して、ティーアの手を引いて受付のほうへと足を向けると、冒険者は顔を真っ青にして冷や汗をかく。


「~~っ。こうなりゃ……!」

「なっ!」


 鞘から剣を抜く気配がして、慌てて振り向いてしまう。激昂するかとは思ったが、まさか武器を取り出すほどだとは思っていなかった。さすがに職員もその様子に気付いて悲鳴のようなものを上げる。

 席から立ったばかりで距離も近く、回避するにもこちらも抜剣して防ぐのも間に合わない。


「――ッ」

「シェアアアッ!!」


 痛みを覚悟して、軽傷で済ませるためにマナで肉体を保護する。それでも十分とはいかず、決して浅くはない切り傷が刻まれる。


「……づぅぁ」

「ヴィル……!」

「だい、じょうぶ……です」

「チッ、うぜぇな。大人しく斬られとけよ」

「……! 覚悟!」

「ちょっと、そこのあなた! この組合では建物内での喧嘩は禁止されていますよ!」

「あ? 知らねえよ。別にこれくらい冒険者の間だとふつーだろ」

「この……っ。どこの街から来たのかは知りませんが、冒険者として組合を利用する以上、規則は守ってもらいます」


 受付の人が注意喚起するも、聞く耳を持たないその冒険者。それどころか再び剣を構えて、こちらに歩み寄る。

 俺はそれを見て、ケガは無視して立ち上がり今度は剣を構える。


「……すぅ――」

「……だめ」

「先輩……でも」


 息を整えて、しっかりと柄を握りしめるがティーアがその手を抑えて窘めるてくる。

 そうしている間にも、冒険者は近づいてくる。

 このままではまたやられてしまう。そう思っていたが、どうやらその必要はないみたいだ。


「はっ、死ねぇ!!」


 冒険者が大きく振りかぶり剣で斬りかかるが――


「……ふむ。すまないが、こいつらは俺の教え子なんだ。そう安々と死なれては困る」

「な、ぁっ!?」

「度々で、申し訳ないが状況を説明してもらえないだろうか?」

「あ、はいっ。ガリア様」


 ガリア師の姿が見えていたのだから。俺が何かをするまでもなかった。ただそれだけだ。

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