第7話 回想する青年、騎士への思いを馳せて

 数日かけてようやく問題なしと言われて、鈍った体をほぐすため久しぶりに花畑に訪れていた。

 夕方が眩しく、風も強い日だったが……とくに支障はないため気にせずそこで鍛錬というか、感覚を取り戻すための軽い準備体操のようなものだ。


「……確かもう少ししたら、郊外での治安維持活動の補佐。それと魔獣排除の演習、か」


 近々行われるであろう、授業に憂鬱になりつつ成績に大きく響くため少しでも活躍しなければと、気合を入れなおす。


「魔獣、か……」


 それは俺にとって因縁深く、騎士にとっても切り離せない重要な要素だ。

 なにせ俺の騎士への憧れは、あの日に魔獣襲われたことから始まるのだから。


「……そう、だな。俺は……俺を助けてくれたあの騎士みたいになりたくて、ここまできたんだよな」


 憧れているだけでは、届かない。

 だから努力してきたし、それでも届かないのはやっぱり……


「っと、いけないな。今は集中しよう」

「ん? なにがいけないの?」

「……いたのか」

「いちゃいけないのー?」


 しばらくは来ないかと思っていたから驚いただけだ。そう言おうと思ったが、どうでもいいことだと思い黙った剣を振ることにする。


「…………ふぅ」


 しかし、数日も動いてなければ疲れが思ったよりも早く訪れてきた。

 これ以上はアリストに怒られるだろうからと、剣を仕舞うと珍しくミリアが近くに寄ってきて話しかけてくる。


「あれ、今日はもういいの?」

「ああ……まあ、ちょっとな」

「あ、そっか。ケガから回復したばかりだもんね」


 ミリアはそこで思い出したかのように手を叩くと、とたんに怒った顔をして俺に注意してくる。


「気を付けなきゃだめだよ? 騎士っていうのは身体を使う仕事なんだから、大切にしなきゃ」

「え……ああ、言われなくてもわかってる」

「なら、病み上がりにそんなに体を動かさない! ほら、こっちに来て。今日は一緒に夕日を見るよ」


 なぜそこまで、口うるさく言ってくるのか分からなかった。けれど、どのみち今日は軽めにするつもりだったので、おとなしく崩れた塀に二人で座る。



「……これは」

「ふふん。いい眺めでしょ」


 いつも見てきて、日常に溶け込んでいた夕日がここから見ると特別で、何倍にも綺麗に見えた。たかが夕日だ。そんなもの見て何になると、そう思っていたのに、俺はすっかりくぎ付けになっていた。


「ここから見ると当たり前の日常がすごく尊いことのように思えてくるの。不思議じゃない? だってここから見る景色と町中で見る景色は違うかもしれない。でも見ているものは変わらないの」


 ああ。その通りだ。


「でも、こうして少し違うことをするだけでこんなにも綺麗に見える。それってなにもかもが日常にありふれているものだったりする」


 ミリアは歌うように言葉を紡いでいく。

 でも、なぜだかそれは悲しい。そんな言葉を吐けるのは、まるでそんなありふれた、当たり前の日常・・・・・・・が過ごせていないのではと、そう思ってしまう。


「だから、私はここにきて確認するの私がしてきたことは間違いじゃない――って」

「……ミリア、お前は」


「ヴィル」


 何か声を掛けようとして、言葉が出てこなかった。何も知らない俺が、ミリアに何を言えばいいか分からなかった。


「あなたは、きっと誰よりも弱くて立派な騎士になれるよ。だって騎士は弱きを助け、悪から身を守るものだから」

「……どうだかな」


 いつもなら強気に『あたり前だ』と答えていたかもしれない。でも、ミリアの瞳を見つめてその奥にあった憧憬の眼差しに俺はこう答えるべきのような気がした。


「あはは。ヴィルは弱そうだもんね」

「ふん。これから強くなっていけばいいさ」

「……そうだね。うん。きっと誰よりも自分を信じられる、優しい騎士になれるよ」


 その言葉がどれほどの重さを伴っていたのか。今の俺には理解はできなかった。だけど、俺はその言葉を忘れないようにしようとそう思った。



***



「……お前は姫様を理解していない」


 仲睦ましく話し合う二人を陰から見ている存在が一人。その者の視線の先には楽し気に明るく笑うミリアと、仏頂面ながらほんの少しだけ微笑んでいたヴィルの姿があった。


「お前だって……姫様を知れば、きっと離れていく。何も知らないくせに……ッ」


 それはきっと、嫉妬だった。

 その者にとって醜く、忌避すべき感情だった。けれど抑えきれず、このどろどろとしたくろい炎は消そうにも消えてくれない。


「……まぁ、いいです。わたくしがずっと傍で支え続ければいい、だけですから」


 その者――マリーは、何度か深呼吸を行うことで一度落ちつき、再び監視、いな姫様を害するかもしれぬ存在の観察を行う。





 夕日が沈み、辺りが薄暗くなってきた所でミリアが帰宅する。

 それを見守るように、陰から付き従うが……きっと姫様なら気付いている。その前提で行動しているため、こんな尾行も意味なんてないのだろうから、きっと気分なのだろう。


「……マリー。居るのは分かってるから出てきて」

「…………はい」


 やはりばれていた。そのことに動揺もせず、優雅にかつ迅速に主のもとへと参る。

 それは見事なカーテシーを行うと、ミリアは呆れたようにため息を吐く。


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