第6話 気になる夕方

 今日も絶対安静ということで、朝から医務室まで通う羽目になってしまい、ここまでぼこぼこにしてくれたあいつに一発叩き込んでやりたい衝動に駆られる。

 しかし俺ではそんなことはできないため、妄想するだけなんだが。


「はーい。したらちょっと診察しますよー」


 治癒師――アリストは俺の体に手をかざすと、光が灯り魔術で細かく診てくれる。

 数分後。問題ないけど、治癒魔術の影響で軽い栄養失調のためたくさん食べて寝ることを強制されることに。


「というわけで、これ今日中に食べきってください」

「え……え?」


 アリストが持ってきたのは、抱えきれるか怪しいほどの完全栄養糧食(騎士や兵などがよく持っているアレ)。

 それらを俺の前にドサドサと積んでいく。

 二度見して、アリストの顔を伺うが張り付いたような笑顔のままで差し出してくる。


「いや、食いきれるわけが……」

「ちなみにこれが嫌なら、強制的に眠らせて最近開発途中の還元濃縮した栄養剤を血管に直接摂取させ――」

「……食べきるとしよう」


 なにやら恐ろしいことを提案しているため、おとなしく指示に従うことにする。


 試しに一つ封を開けて口に運んでみるが、ぱさぱさとしていて味も小麦を練りこんで申し訳程度に味付けされていて、それが妙な薄味感を醸し出していた。

 まずくはないけど、かなり腹にたまる。なによりこれが山のように積み重なっているところを見ると、気分が落ち込んでくる。


「……うっぷ」


 二つ目にしてもう腹が苦しくなってきた。口の中が乾くため水も大量に飲まされているせいで、余計に満腹感が刺激されて胃が受け付けてくれない。

 しかし、にこにこと悪魔のほほ笑みをこちらに向けてくるアリストがいる限り、俺はこの苦行に耐えなければならないだろう。


「ふふふ……騎士は身体が資本ですから、一杯食べて頑丈にならないと駄目ですよー?」

「ぐ……言わせておけば……」


 俺の様子を面白そうに見ているが、急に手をかざして俺の体に何か魔術を掛ける。


「ぷっ、あはは! まさか私が本当にこんなことを強要するわけないじゃないですかー。消化を早める魔術ですから、じゃんじゃん食べられますよ」


 話し方とこのイタズラ好きのせいか、年上であることを忘れて同年代と接しているように錯覚してしまう。

 それすらも計算に入れられているような、手のひらで踊らされている……そんな舞台の上で操られる人形のような気持ちに陥って、なんだか釈然としない。


「……ああ。本当だ。さっきよりは苦しくない」

「ちなみに、全部が栄養となるように作られているので何度もトイレに行く羽目にならずに済みますよ」

「……ありがたいのに、感謝しづらいな……」


 おかげで、効率よく食べ続けられる……ってか? まぁ、ケガをした俺が悪いし治癒魔術も万能ではないことは知っている。これは騎士学院の生徒になって知ったことなのだが、一般人が思い描くような万能で、なんでも解決できる魔術というのは存在しない。

 土魔術で一瞬で建物を建築? 土台や構造が脆くて数日すれば崩れてしまう。使用者の知識と技量が顕著に表れる、それが魔術というものだ。

 治癒魔術も例にもれず、人体の構造に詳しく病魔に対しても魔術なしで治せるほどの技がなければ十分に効力を発揮できない。おまけに治癒魔術は掛けられる側にも負担がかかり、多用すれば逆に死に近づいてしまう恐れがある危険な魔術だ。


「……はぁ」


 そんなことはわかっては、いるが……どうしても数日間ずっと通い詰めたせいであの花畑の様子が気になって窓の外を気が付けば眺めてしまう。

 たぶんこの部屋にアリストが居なければ、安静の言いつけを破ってこっそり出かけていたかもしれない。


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