第18話 ぼくらの戦い ⑴

 三月末。いよいよ、天記と岳斗にとって小学生最後の全国大会。

 関東で行われるこの大会のために、全国の少年少女剣士が必死に努力し、北は北海道、南は九州・沖縄までのチーム約五百組が集まってくる。

 そして、六年生にとっては本当にこれで小学生最後。優勝すれば、全国に名を知らしめることになり、選手を出場させる各道場にとっても名誉となるのだ。負けるわけにはいかない。

 まだまだ寒い春の日の早朝、会場となっている体育館の前には、開場を待つ長蛇の列ができていた。

 岳斗と天記の所属する、神武館道場も一チーム五人で、四チームエントリーしている。合計で二十人の選手と父兄で並んでいる。

 全国の選手たちが、試合前のやる気と緊張で胸を高鳴らせている中、二人は全く違うことでソワソワしていた。


 「ぜったい来るよね」


 天記が不安そうにつぶやいた。


 「ああ、たぶん」


 岳斗もキョロキョロと辺りを見回して、不審なものがないかと注意を払っていた。



 空は雲一つなく青い。

 毎年この大会は、なぜか天候が良くない印象だったが、今年は本当に良く晴れている。

 このまま試合に優勝できれば、人生のうちの華々しい一日になることは、間違いなかった。

 ただし、最後まで何事もなければ……、の話である。

 しばらくして開場すると、係員の静止を振り切り、すさまじい勢いで場所取りをする父兄達。 

 人の波に揉まれながら、どうにか会場の中に入ると、二人は同じ道場の子供達を集めて防具を着装させ、試合前のウォーミングアップを行った。

 キャプテンである岳斗が掛け声をかけ、全員に同じ基本の動きをさせる。


 「切り返し!」


 「面うち!」


 「コテうち!」 


 ひと通り動いて、うっすらと額に汗がにじむ頃、ウォーミングアップを終わらせ、それぞれのチームの大将に、試合の順番や応援の準備を確認する。

 その後、皆を解散させると、岳斗は天記と二人で会場内の見回りをした。

 今のところ怪しいものは無い。



 集合時間になり、体育館内にあふれんばかりの選手が整列すると、開会式が始まった。

 会場内が静まり、式が順調に進んでいくと思われた時、神武館道場の列の後ろの方で、なにやらコソコソと話す声がした。


 「いないよ。どこいったんだろう」

「トイレじゃない?」


 気付いた天記が、前に立っている岳斗に耳打ちする。


 「竜之介がいないって」


 「え?」


 あの、いじめられっ子だった田口竜之介は、二人と同じ神武館道場に熱心に通い続けて、ようやく公式試合に出られるほど上達し、今回はCチームのメンバーとしてエントリーしていた。


 「いないって?どこ行ったんだよアイツ」


 岳斗もさすがに困惑した。

 そうしているうちに、周りのチームのそこここでもざわざわし始めた。他のチームにもいなくなる者が続出して、探しても見つからないという。

 とうとう開会式自体が中断してしまった。

 マイクで呼び出してみたり、いなくなった人数を把握したりするのに、しばらく時間がかかった。

 結局、エントリーしていた選手のうち二十八人が、行方不明になっていた。

 そして、マイクで呼び出された誰もが、名前の一字に『龍』や『竜』の文字が入っている。田口の名前も、竜之介。


 「きっと、エンキに連れて行かれたんだ。でも名前に『りゅう』って入ってるってだけで、ナギの子だって疑うって。相当単純な奴だな」


 「そんなこと言ってる場合じゃないよ、岳斗」


 「ごめん」


 珍しく天記が諭すように言うが、肩をすくめて、まるで反省していない様子の岳斗。天記は、そんな岳斗の顔を真剣な目つきで見ながら、次にどうするのかを確認するようにうなずいた。

 二人は、聖水の剣となる木刀を手にすると、中断している開会式を抜け出して、体育館の外へ出た。



 誰もいない体育館の裏側で、天記は紫龍と赤龍を呼び出した。どこからともなくチシャも現れて、皆で辺りをぐるっと見回す。どこかに何か兆候はないか、竜之介やいなくなった選手達の足跡はないか。

 チシャが何かに気付いて、人の姿になると、ゆっくりと上を向いて頭上を指さした。


 「あれっ」 


 皆がそろって上を見上げる。

 体育館の真上に、今までに見たこともない、真っ黒な雲のようなものがもくもくと広がっている。

 少しずつ形を変え、少しずつ広がり、どんどんと青空の面積を奪っていく、その黒い雲を見上げながら、天記が言った。


「見える、あそこにいる。竜之介も、皆も!」


 目を凝らして見つめると、岳斗にも見えた。


 「ホントだ!」


 行方不明の選手達、それに今までいなくなった子供達であろう複数の人影が、黒い雲の隙間のあちこちに見える。

 それだけではない。数えきれないくらいの猫の姿や、大きな大きな化け物と言えるくらいの醜い姿をした猫の姿もあった。

 エンキだ。


 「どうやったらあそこに行ける?」


 岳斗が見上げながら静かに言った。


 「生と死のはざまじゃ、この世に生きてきて、でなければ入ることはできん。」


 紫龍が答える。


 「あるじゃない、ひとつだけ方法が」


 チシャも見上げながら言う。


 「危険すぎる!ほかの方法を探すべきだ!」


 赤龍が珍しく声を荒らげた。


 「何?どんな方法?」


 それでも静かに聞く岳斗に、考えているのかいないのか、チシャがなんのためらいもなく答えた。


 「死ねばいいのよ。あそこに入ることができるのは、死にゆく者だけ。神の力を持つ者は入れないし、行けるとすれば岳斗だけね。」


 天記は、岳斗の顔をチラッと伺ってすぐ「ダメッ!絶対ダメッ!」と、言ったが、岳斗は全く聞いている様子がなかった。


 「要するに、死にそうになればいいんだよな」


 ブツブツと言いながら、岳斗は頭の中で必死に考えた。そして何かひらめいたように、天記の顔を見て、予想もつかないことを言った。


 「死にそうになっても、天記の力でどうにかしてくれるだろ?」


 確かにそうだ。天記は死にそうなカヤネズミを助けたではないか、桜井の深い傷でさえ治した。


 「何言ってんの?ダメだよそんなの!もし、上手く助けられなかったらどうすんの?」


 「そうじゃ!危険すぎる!」


 紫龍でさえもがそう言った時だった。皆の心配を無視するように、岳斗の考えにGOサインを出すようなことが起こった。

 それまで木刀だった聖水の剣が、突然銀色にキラキラと輝き、美しい刀剣に姿を変えたのだ。まるで『これを使え』とでも言うように。

 皆が驚いると、岳斗がその隙を見て、天記の手から聖水の剣をつかんで奪った。そして、その刃を自分に向けると、何の迷いもなく胸をひと突きにした。


 「ウッ!」


 岳斗はその場にうずくまったが、なぜか血が一滴も出なかった。刃は確かに岳斗の胸を貫いている。


 「岳斗っ!」


 天記が岳斗に触れた時、岳斗の体からスーッと、まるで分身のように透明体のもう一人の岳斗が抜け出した。

 岳斗の分身は、聖水の剣を手に持ち、宙にフワフワと浮いている。


 「俺が、あそこからエンキを引きずり出してくる。」


 岳斗は上を見上げると、そのまま黒い雲の塊を目掛けて飛んで行った。

 残された岳斗の抜け殻は、剣を胸に刺したままうずくまっていたが、その周りを水の膜が張ったように、まるで、シャボン玉の中にでも入っているかのように包まれていた。

 紫龍は、自分達と黒い雲の塊以外のものの全ての時を止めた。そうすることで、今から起きるであろう、通常人間には、およそ理解できないはずのことを、誰にも見せないために。

 しかし、その後天記と紫龍達は手も足も出せず、ただ上を見上げて待っていることしかできなかった。



               つづく



 

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