後日談5-蜜と毒―後編

 初めてを迎えてから私たちは前にもまして一緒にいることが多くなった。

 早瀬が泊まりにくることも頻繁になり、早瀬用の布団まで買う始末だが結局は私のベッドで寝ることがほとんどだった。

 傷をなめ合うというのが情けないことに私たちの関係。

 する時は別に悲壮感を持っているわけじゃないから、絵にかいたような共依存になることがなかったのは幸いか。

 早瀬とするようになって改めてわかった。

 やはり私は寂しかった。

 失恋の痛みから目を背け恋そのものすら冷めた目で見ていたけど、心に空いた穴は隙間を埋めたがっていた。

 それが同僚と体の関係を持つことで代替とするのは……良いこととは言えないのだろうが。その時の私はそれでいいと思えていた。

 一方で早瀬が私とする理由は実のところよく知らない。

 聞けば応えてはくれるのかもしれないが、「恋人」ではなく、あくまで心の隙間を埋めるための関係。

 事情を知っているとは言え、知りすぎては余計な感情を抱いてしまいかねないから。

 心を通わせすぎない方が恋に傷ついた私たちにとって都合がいい。

 少なくても私はそう考えていた。


 ◆


 早瀬……この時期は雪乃と名前で呼ぶようになっていた。

 そんな雪乃と関係を持ってから数か月。

 出会ってから一年が過ぎようとしていたころ。

「はい、コーヒー」

 夜明けごろ、ベッドで毛布を羽織る雪乃にコーヒーを差し出す。

「ありがと」

「隣、いれて」

 私もコーヒーを持ち雪乃の隣に腰掛け毛布を羽織る。

 暖房は入れているがショーツだけということもあり、ぬくもりがありがたい。

「もう明るいねぇ」

 湯気の立つコーヒーに口をつけてしみじみとつぶやく。

「これじゃまた休みがつぶれちゃうパターンだ」

「あんたが調子乗ってなんどもしたいっていうからでしょ」

「文葉だって乗り気だったじゃん」

「……ま、否定はしないわよ」

 平日でも雪乃が来ることはあるが、その時はあくまで節度は守る。

 だが、休み前となるとこうして朝まで肌を重ね求めあうのも珍しいことではなかった。

 雪乃とするのは気が楽だ。

 深く考えず、ただ快感を与え受ける。

 過剰の喜びがあるわけではなく、それゆえに失うことに怯えることもない。

 もちろん、好きでなければできないことだが「本気」でないから。

 ただ、昨夜は今まで以上に激しく求めあった。

 言葉には出さなかったが互いに一年前の今を意識していた。

 雪乃には余裕がないように見えたし、私も少しだけ心が痛んで余計に何も考えずにしたくなったのだ。

「……はぁ」

 コーヒーを飲んでため息をつく雪乃の横顔は少し苦みに歪んでいるような気がして、いつもよりも美しく見えた。

「そいやさー、文葉って恋人作る気はないの?」

「いきなりね」

 いや、一年前を思い出しているのなら突然とも言えないか。

「文葉はそろそろ一年だし、そういうこと考えるのかなって」

「特に考えてはないわね。もう二度と恋なんてしないとか思ってるわけじゃないけど。欲しいとは思ってないわ」

「ふーん」

「大体、ほとんど雪乃といるのにいつ恋人なんて作るのよ」

「ま、そりゃそうか」

「あんたの方はどうなのよ」

「私は……」

 溜めを作る雪乃。コーヒーカップを両手で持ちどこか少女のような雰囲気を漂わせる。

「私は……私もいいかな。また捨てられちゃうのもやだし」

「…………」

 やれやれ、敏感な話題だ。

 臆病になるのはわかる。実感もあれば、雪乃の場合はそれこそあの夏の日に私が声をかけなければ世を儚んで……とすら考えられた。

 それからもずっと引きずり続け、私に言えたことじゃないが愛しているわけじゃない相手と体の関係まで持った。

 雪乃の苦しみを間近で見てきた私からすればその考えもわかる。

 コーヒーカップをなでる雪乃の指先。その無意味な行為に心が乱れていることを感じ入る。

「文葉とこうしてる方が気楽でいいや」

(…笑うなよ)

 崩れそうな笑顔。

 雪乃のその姿は余裕がなくて、初めての日を思い出させる。

 私と雪乃はやはり違う。

 私は寂しさを埋めているだけに過ぎない。極端な話、雪乃がいなくても別にいいのだ。

 またあのむなしさを抱えて、それもいつかは消えるはず。

 でも雪乃は私に寄りかかっている。一人では立つことも難しいほどに。

(やっぱり私たちは正しくない関係なんだろうな)

 それを理解しながらも、今は目の前で苦しんでる雪乃に手を差し伸べたくて。

「雪乃」

「な……っ!?」

「んちゅ……ちゅ、ん」

 唇を奪って軽く舌を絡めた。

「っ、ぷ、ぁ……ちょっとこぼしたらどうすんの」

「そしたら私が綺麗にしてあげるわ。すみずみまでね」

 コーヒーカップを取り上げて、近くのテーブルに置く。

「…ま、どうせすることがあるわけじゃないし、いっか」

 私が何を求めてるかを理解した雪乃は羽織っていた毛布を床に落とし、裸体をさらす。

 もう見慣れた雪乃の身体。

 その体にはいたるところに私の痕があり、雪乃そのものが私のもののような錯覚を起こさせる。

(……言いすぎね)

 なんだか危険な考えな気がして頭から余計なことを振り払う。

「文葉、こんどは優しくしてよね」

「善処するわ」

 そうして私たちは深い沼から抜け出す意思を放棄していく。


 ◆


 私と雪乃の関係が終わるのはそれからさらに年単位の時間が経ったころ。

 雪乃とは半ば同棲していて、合鍵すら渡してある。

 間違ってるとは言わせないが正しくもない関係。

 何十といわず何百と体を重ね求めあってきた私たち。若さゆえに普通の恋人以上に過激にもしあったかもしれない。

 部屋やホテルはもちろん、旅行先でなんてのもあったし、回数は少ないけど職場で二人残った時なんてこともあった。

 それでも付き合っているわけではなく、あくまで共存の関係。

 生涯を共にする気はない。

 いうなれば終わりを迎えることは決まっている、そんな関係。

 その終わりを決めたのは私の方だった。

 きっかけというほどのきっかけがあったわけじゃなくて、理由を少しずつ積み重ねていったことによる終わり。

 一緒にいるほどに、雪乃と関係を終わらせた方がいいかもしれないという心とこれだけ付き合ってきて終わらせるのかという相反した気持ちが私の中でせめぎ合っていた。

 それでも終わりを選んだのはやはり、永遠には続けられないと考えていたから。

 だから私は雪乃に今の関係を終わらせることを告げることにした。


 ◆


 それは雪乃と関係を持ってから二年近くが経ったころ。

 別れ話、という言葉は正しくないだろうが便宜上そう呼ぶ話をすることを私は決めた。

 ここに至るまでに考えることは多かった。

 別れを決めた本当の理由、雪乃に伝える理由、場所、タイミング、曜日。

 これからの雪乃との付き合い方。

 別れを決めてから行動に移すまでに数か月すら要した。

 仕事終わり一緒に買い物をして帰って、ご飯を食べながらのこと。

「雪乃、そろそろ私たち終わりにしない?」

 あえてそんな団らんのタイミングで告げる。

「へ?」

 小さなテーブルの対面にいる雪乃は自分が作ったハンバーグを箸でつかみ固まった。

「……そろそろ終わりにした方がいいっていったの」

「聞こえてる、けど」

 …部屋の温度が下がったような錯覚を受ける。冷たい声だったというわけではないのに。

 今雪乃の心はどうなっているだろうか。きっとまだ乱れてはいない。でもそれは嵐の前の静けさのようなもので。

「ちょっと前から考えてたのよね。私はこのままじゃきっと駄目になるって」

「駄目、って」

 私を見つめる雪乃の目はまだ疑問の色が大きく、理解が及んでいないようだった。

 ……この目をあの日の雪乃のようにしてはいけない。

「あんたといるのは居心地が良すぎるのよ。一緒にいて楽しいし、話が続かなくても気まずくも感じない。こうやってほとんど一緒に住んでるのもいろいろ便利だし。夜も…ね」

「なら、いいじゃん」

「だから駄目。このまま雪乃と一緒にいたら離れられなくなる。そうなる前に区切りつけた方がいいと思って」

 この理由は雪乃用の理由だが、嘘でもない。

 本当に二人の生活は居心地がよかった。

 だが、本当の理由は違う。

 逆なんだ。

 このままだと雪乃の方が私がいないとだめになってしまいそうな気がした。

 依存とまでは言わないが、徐々に私に傾倒してきている。

 それもその自覚はなさそうで余計に危険な気がした。

 私たちの間に愛があるわけではなく、一生を背負う気もない。

 もし雪乃が私に依存をしているのなら、手を切るのは早い方がいい。

 それこそ私に「捨てられた」と感じる前にだ。

「文葉……ぁ」

 名前を呼ぶ雪乃は、私を見ては何度か口を開閉させた。言いたいことがあるのに、言えないのか、何を言えばいいかわからないのか、気持ちがのどを通ってはくれないのか。

 どれにせよ私にはその言葉を引き出すつもりはない。

「あんたに感謝をしてる。あんたがいてくれなかったら私もつぶれてたかもしれない。あんたに寄りかかれてたから私は倒れずに生きてこれた。でも、ずっとそうしてたらもう一人で立てなくなるの。私はそうなりたくはないし、あんたにもそうなってほしくない」

「っ……」

 今度は顔を背けた。

 この時の私は明らかに卑怯だ。私だけが準備万端で、雪乃は不意を突かれて心を揺さぶられてるんだから。

 私は雪乃のためと思ったとしてもしていることはやはり雪乃を捨てた憎き女と変わっていないのかもしれない。

「雪乃、あんたが好きだから。この時間を理由にしたくないのよ。将来、この時間があったから私は幸せに生きられたって思いたい。これ以上一緒にいたら、無関係でもこの時間のせいで幸せになれなかったって思っちゃうかもしれない。それをしたくはないの」

「………………」

 長い沈黙だ。ずっと見てきた雪乃がとても小さく見える。

 罪悪感に押しつぶされる資格すら私にはなくて、ただ雪乃の答えを待ち受け入れなくてはならない。

「…………文葉はもう決めたんでしょ」

 心から絞られたのはこんな言葉。

「…えぇ」

「ずるいね」

「………言い訳はしないわ。そういうやつなのよ私は」

「…知ってる。文葉って性格悪いもん」

「否定はしないけど、面と向かって言われるのは面白くはないわね」

「それくらい我慢しなよ。実際悪いんだから」

 明るく聞こえるのはもしかしたら私の願望かもしれない。

「ま、文葉の言うことも一理あるよね。あまりにも急なのは驚いちゃったけどさー」

「そういわれても、絶対に最初は急になるでしょ。それとも、少しずつ冷たくしてあんたの方からやめたいって言わせた方がいいってわけ?」

 でも私はずるいやつだから、自分の望む流れに水を差すことはしない。

「それはそれできついなー」

「でしょ」

 ……本当に雪乃を自立させたいのならその方がよかったのかもしれない。

 でもそんなことは良心の呵責に耐えられそうにない。

「ま、でもいきなりもう来るなとは言わないわよ。少しずつ離れていって適度な距離になればいいってこと。合鍵も別に返さなくていい。たまにはあんたにご飯作ってもらったら楽だし」

「なーんか便利に使われてるような気がするんだけど?」

「それは気のせいね。いきなり全部を変えろっていうのは大変だからっていう私の気遣いよ」

「…やっぱ文葉は性格よくないね」

「誉め言葉として受け取っておくわ」

「あは」

「ふふ」

 ようやくこぼれた笑み。

 ただ私はこの選択を少なくも近々には後悔をする。


 ◆


「文葉って、人のことを考えることもあるのね」

 話の山場を終えて現在の恋人から言われたのは身も蓋もないことだった。

「随分なこと言ってくれるのね」

「だって、文葉ってなんだかんだ理由をつけても結局は自分の都合を優先するじゃない。…私の時だって、今こうしてるからいいけど呪いをかけようとしたでしょ」

「………………」

 耳に痛いことだが、同時に胸がすくような心地よさもある。

 すみれは私のことをわかっている、その喜び。

(…まぁ、次の瞬間には軽蔑されるかもしれないけれど)

「正解よ。私は自分のことばかり」

「え?」

「早瀬のためだったのは本当。でも、ずるずると離れられなくなるのが嫌だったのが一番の理由。添い遂げるつもりもないのに、長々と一緒にいるのはプラスにはならないでしょ」

 もしかしたら別に恋人としてじゃなくて、親友として永遠に過ごすことも可能だったかもしれないが、それでも結局はあいつの一生を背負う気持ちはなかったということだ。

「…………」

 恋人に話すことではないかもしれないけど、すみれは私に気持ちを隠されることを何よりも嫌うやつだ。

 明け透けであることが私の誠意なのだから、望まれていないことも話そう。

「……後悔したって言ったけど、なんで?」

 すみれも私をわかっており、不満はあるだろうがその部分には追及せずに話を変えてきた。

「早瀬が……他の人に手をだすようになったから」

 よみがえる当時の苦々しい気持ち。

「勘違いしないでもらいたいけど、嫉妬したんじゃないわよ。恋人を作るのでもなく、いろんな女の人に声をかけるあいつは……結局は最初の恋の痛みから立ち直ってない気がしたから」

 恋人を作らないというのは否定される生き方ではないが、早瀬のそれは本当に自分本位でしかない気がして、その早瀬を作り出したことに後悔したのだ。

「私はそんな早瀬を否定することはできなかった。…私だって自分のために早瀬と距離をとったのに、早瀬の生き方を否定するなんてできなかった」

 その時に想いを馳せながらも私は今のことも考えていた。

 過去の出来事は変わらなくても、今の気持ち次第でそれをどう受け止めるかは変わる。

「…今もそう思ってるの?」

「顔に出てた?」

「というか、ここでしょ私に話すべきなのは」

 すみれは、私の彼女はいつの間にか私との距離を詰めると心を見据えるかのように私を見つめていた。

「そうね」

 答えつつ心の中へと潜る。今の気持ちでその時を振り返れば、別の答えが出てきてしまう。

「…早瀬が自覚がなかったとしても私を好きだったのなら、自分を守るために必要なことだったのかもね。二度も好きな人に捨てられた自分の心を」

 言いたくはなかったこと。早瀬にキスをされて思い至ってしまった可能性……いや確信だ。

「……それで、文葉はどうするつもりなの」

 問うすみれの声は少し緊張を孕んでいた。すみれの立場からすれば仕方ないことなのだろうが。

 私の答えは悩むものではない。

「どうもしないわよ」

「…何も、しないってこと?」

 答えはすみれの予想外だったのか意外そうな顔になっているが、この答えは最初から決めていたこと。

「あいつが私を好きだっていうのは驚きだし、これからのことを考えると楽しくはない。でも、私からできることなんてないでしょ」

「ないってことはないでしょ」

「ないわよ。私から気にしてないとか、キスがどういう意味だったとか、私のことを好きなのか聞けっての?」

「それは……」

 何故かすみれが当事者かのように戸惑いを見せている。私としては当然のことを言っているにすぎないのに。

「仮に早瀬が改めて告白してきたって同じ」

「同じって」

「できることなんてないってこと。私にはすみれがいる。私が好きなのはすみれ。そう答えるしかないってこと」

「…………」

(?)

 あんまりすみれの反応は芳しくない。

 私としては当然の答えだし、感動でむせび泣くとまでは思ってなかったが私の愛に感じ入ってくれてもいいんじゃないかと思うのに。

「なんか少し冷たい言い方な気がする」

「?」

 首を傾げた。なぜ早瀬に味方するような言い方なのか。

「実際なら言葉は選ぶわよ。でも、答えは一緒ってこと。今の私にはすみれがいるのに応えるわけはないでしょ」

「そんなのは当たり前よ」

 今のはすみれらしい言い方だし、断じるのは私への気持ちの強さだ。

 なら、何が不満……とは違うかもだけど、いったい何が気に食わないのか。

「…………」

 うかつなことを口にするとすみれの心を望まぬ方に傾けてしまいそうでひとまずの沈黙。

 その間すみれを見ると、すみれ自身も自分の心を処理できていないのか落ち着かない様子だ。

「ぁ……」

 私の視線に気づいたのか目が合い、何故かバツの悪そうな顔をする。

 何か言いたいことがあるのかと問うべきか迷っているうちにすみれが先手を取った。

「もし……私と会う前に告白されていたらどうしたの?」

「っ……」

 これはまたセンシティブな話だ。

(これが聞きたかったの?)

 確かにすみれの立場からしたら気になることだろうが。

 もし本当にこれが気になったのだとしたら、複雑だ。

 悲しいとか悔しいとかそんな感情。

 …どうこたえるのがすみれに望ましいのか。一瞬そんな考えもよぎったけど、私の答えは私らしくあることが大切だ。

 すみれはそういう私を愛してくれているのだから。

「わからない、としか言えないわね」

 まずはこれだ。そんなもしもの話なんて無意味。

「もしかしたら付き合ってたかもしれないけど、そうはならなかった。当時の気持ちなんて今の私にはわからないんだから答えようなんてない」

「そうだけど…」

 こういう答えになるのは予想がつくだろうにすみれは納得してないというか、少なくても穏やかではないようだ。

 戸惑っているのかなんなのかは知らないけど、そこから手を引いてやるのは私の役目だろう。

「仮定の話なんて意味はない。私にとって確かなのは、今なのよ。早瀬に告白はされず、すみれと出会って、今こうしている」

 すみれへと体を寄せて、頬に手を添えた。

 顔の向きを変え視線を奪い、戸惑いのある瞳をまっすぐに見つめる。

「私は今幸せよ。人生で一番幸せ。この手の中にすみれがいてくれることが幸せ。すみれを感じられることが幸せ。すみれの声を聞けることが、すみれの肌に触れられることが、触れてもらえることが幸せ」

 柔らかく声をだし、頬に添えた指にわずかに力を込めて想いをしみこませていく。

「私にとってはそれが全てよ。起きなかったことなんてわからないから、今目の前にいるすみれを大切にしたい」

「文葉…」

 頬にあてた手に自らの手を添えてくれるすみれ。

 こういう反応をしてくれるとは思っていた。

(…?)

 何故か違和感を持つ。

 が、

「ほんと、文葉って都合よく口が回るわよね」

 破顔したすみれは私のよく知るすみれだ。

「本心をそんな風に言われると傷ついちゃうわね」

「だからほんとあんたは……」

 なれたやり取りだ。これまでの流れなら優しくキスをしてやるべき……

「っ……」

 先に行動を起こしたのはすみれで、私の手から逃れると胸元に頭をつけた。

「……好きよ。文葉」

 予想外ではあったけど、出てきたのは愛の言葉で。

「私もよ、すみれ」

 同じく想いを返して優しくその体を抱きしめることにした。


 だがこの時の私は腕の中にいるすみれの気持ちも、まして早瀬が私を好きだということの意味もきちんと理解できていなかったのだ。



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