美徳
左腕に着けてある時計を見る。17:28、あと7分。アニメのオープニングみたいにこの時間を飛ばしてしまいたい。この時間がすごく焦れったく、私を不安にさせてくれる。
「避難は完璧ですか?」耳から時雨の声が聞こえる。
「完璧完璧。今日もちょっとサービスしちゃったよ~」
「まったく、それをやると貴方も危険になりつつあるんですからね。シミュレーションでは一つなのに二つ三つ置くんですから」
「いーじゃんいーじゃん。だってこうやって無事なんだし」
「良くはないですがね」
「ま、武器は私がよく分かってるよ」
「そうだといいですけど。そういえば魔王って言われたって言ってませんでした?」
「急にどうしたん?」
「あと5分もあるので暇潰しに、と思って。貴方について私なりに考えたんです」
「ほうほう、それで?」
「まあなんと言いますか。魔王ではないと思いますね」
「それはどうして?」
「だって、だって貴方には余裕がない。余裕があるように見せているだけです。本当は心配で仕方がないんじゃないですか?」
「そうかも知れないねぇ」
「だから私は考えました。魔王じゃなく、ジョーカーだな、と」
「おお、またそれは大きく出たね」
「ジョーカー知ってますか?」
「知ってるよ~。私が大好きなヴィランだから。でも私はジョーカーじゃないかな」
「そこまで残酷じゃないってことですか? そんなことないですよ」
「いやいや、そうじゃなくて。ジョーカーになくて私にあるものと言えば?」
「なんでしょう。化粧のセンスでしょうか」
「ブッブー、まあ確かに私は化粧のセンスあるけどね? 答えは安全に帰ったらね」チラリと時計を見る。残り30秒を切っていた。それから時雨は言う。
「まあ、冗談ですけど」
爆風で窓ガラスが吹き飛ぶ。熱は下の階へと伝わっていき、やがて音を立てて崩壊を始めた。早く安全なところに行かないと。
私だって死ぬのは怖い。だけども、こうやってリスクを冒してまで見たいものがある。それはこれだ。人間が怖がっている姿、そして我先にと逃げているその自己中心的な意思。
結局、人間はこうなのだ。自分が一番大事で他の人のことなんて考えてない。やりたいことがあったが、煙が全然だ。仕方ないからと手袋をはめ、カメラに映らないようしゃがみながらポケットから二つ発煙筒を取り出す。ピンを抜き、左右に1つずつ投げる。プシューという音と共に辺り一面は煙に包まれる。
まだだ。まだこれじゃ準備不足だ。リュックからセミオートガンを取り出し、右奥にある非常口の明かりを撃つ。ガガガガガと結構な弾を使ってるが、緑の光が消えない。そのせいで聞きたくもない悲鳴は聞こえてくるのだが、まだそんな悲鳴は聞きたくない。次のは死を目の当たりにした悲鳴を上げることになる。その悲鳴だけが私は聞きたいのだ。
バチンと当たって比較的が消える。そしてそこからは蛍光灯が割れたお陰で火の手が上がり始めた。ここからがショーなのだ、楽しまなくっちゃ。もう1つ発煙筒を取り出し奥に投げる。
今更だが耳に手を当て、時雨に通信しようと思った。しかし妨害電波が出ているらしい。警察も本格的に捕まえようとしているということか。まあ、いいさ。私は貴様らみたいに愚かじゃない。リュックから箱とオートリロード式のオリジナルショットガンを取り出す。
右にある階段からドタドタという音が聞こえてくる。人が降りてきたか。長いなぁ。時計は見えないが、きっと3分は経ってるだろう。でも、でもいいよ。私は器が大きいからね。
「おいみんな! あっちだ! このまま真っ直ぐ行った左手に緑の光がある! 4階の非常口までもうすぐだぞ!」
今は小さい子どもも大人も、まるで1つの生き物となって移動している。避難訓練がこんなところで役に立つなんて。運が悪いというか、運が良いというか。幸いなのが非常口が階段から近いことだ。このまま急げば崩壊の下敷きにもならないし、怪我したとしても軽傷で済むだろう。
「見えるか!? あそこだぞ!」揺れが激しくなってきた。
「おああ! 痛いよぉ…」後ろについていた子どもが店の棚で転んで怪我をしたみたいだった。
「痛いし怖いよな、でも大丈夫。パパにもママにも逃げれば会えるさ」スカーフのような縛って止血できるものがあればいいが、そんなものはない。でもこの程度の出血なら。
「大丈夫かい、耐えられる?」この問いに子どもは小さく頷く。
「えらいな」そう言って子どもに小さいハンカチを渡し、口に当てるように言う。おぶっていくしかないか。仕方ない。
「棚が倒れている! 気を付けて!」そう言うと後ろにいる人がまた「棚で怪我しないように!」と、伝える。それがまたその後ろの人へと伝播していく。これはとてもいいチームワークだ。
やっと光の近くまで着いたが、煙がすごく階段がどこか分からない。探そうと思ったときに声が聞こえた。
「あーあー、えーえー。聞こえますかー?ここまで逃げてきた低能諸君。残念なニュースです!! ここは非常口なんかじゃありません!! 非常口だと思い込んで来てくれた諸君残念でしたああ!!!」
……は?なんて言った?思考が纏まらない。ここは非常口のハズだ。
「あらあら? ざわざわしてるけど大丈夫ですか~?? うるさいですよ」と続けてババンッと銃声が聞こえる。そのお陰か分からないがなんとなくそいつの場所と姿が見える。そして緑色の光が動く。
「ああ、これですか? ただの長方形の緑色のライトです。それを掲げてました。そうとも知らずに急いできた皆さん!! お疲れ様でーーす!!」
「出口どこだよ!」「そうだ! 早く教えろ!」と後ろから声が聞こえる。煽るな! これは……。
「やめろ!! こいつを煽…」ババンとまた銃声が聞こえる。そしてドサッと砂袋が落ちるような音が聞こえた。
「きゃああああああああ!!」
「あはははは!! いいねえ!! 貴様ら見たいな自己中心的な考えしかできない生物はこうがお似合いなんだよ!!」銃声が何度も轟く。どうにかしないとこれはヤバい!!
力のある仲間に情報を伝え、低姿勢で走る。テロリストを捉えた。ここだっ、そう思って体をひねり右足で遠心力をつけて一発当てる。
クリーンヒットだった。多分当たった場所は下腹部だろうか。少しの嗚咽が聞こえた。こいつは殺れる。俺が殺る。こいつは煙を多く使いすぎたから俺の姿は見えてない。もう1回だ。
低姿勢で走り、またもテロリストを捉える。ここで今さっきとは違い、左足で刺しにいく。体をひねったときにババンッと銃声が聞こえる。
勢いが削がれ、ひねれずにその場に倒れる。今度は俺が腹に弾が当たったようだった。しかも何ヵ所も。これは……ショットガンか……?
「一回目は痛かったですよ……ただ、二回も効きません。貴様、私を舐めたな? このクズ犬が」
スタスタと歩いてくるのが分かる。それと向こうに銃を撃っていることも。そしてショットガンならもう弾数が少ないことも。
「ふざけやがって!!」
「私はふざけてなんかない。間違いを正してるだけだ」
「間違ってるのはお前だよ!!」ババン、ババン、と向こうに何度も撃っている。
「じゃあ1つ。こうやって貴様の後ろにいた人々、過半数はもう死んでる。これは誰が殺したんだ?」
「もちろんお前が「本当にそうかなぁ!!貴様がここに連れてこなきゃ私に撃たれなかった! 貴様の独断で連れてきたせいでコイツらはみんな死んでいってんだよ! ざまあねえなぁ!! 貴様がここに連れてこなきゃ私に遭遇さえしなかったんだよ!!」ババン、と撃っていたが、引き金を引いても弾が出ないようだ。弾切れだ。
「いいか……俺らに女神は微笑んだんだ。お前に1つ忠告してやる……。自分を過信するなよ……!!! いけえええ!!!」
テロリストの後ろに潜んでいた仲間が武器で殴る。その時だった。ガガガと小刻みな、しかし大きな音が響く。
「言葉をそっくり返すよ。自分を過信するな」血が流れている。俺と仲間のが。まだやれるハズ……まだ俺はやれるんだ……。
「あ、もう飽きた」
外に出たから電波が直ったようだ。「あーレイン? で、答えは…「大丈夫ですか!?」
「え? うん、大丈夫。それで答えは…「良かったぁ……。どうにか連絡は取れるようにしてくださいよ!」
「言わせて!! お願いだから!! 言わせて!!」
「連絡とれない貴方がいけないんです。毎回心配させないでください。で、答えはなんですか?」
「妨害電波くるなんて思わなかったもん。答えはルール。ジョーカーはルールなんてなしに人を殺すけど、私にはルールがある」
「なんだ、そんなことですか」
「ええ……そんなことなのか……」
「でもあなたはジョーカーですよ」
「どうして?」
「それは貴方が究極の気分屋だからです」
「確かにそうだね」私は笑いながら帰った。今日もゆっくり眠れそうだ。
最後の一発は痛かった。もっと改善すべきところがあるってことか。私に迷ってる時間なんてない。痛みすら、感じている暇はもうないのだ。
エルケーニヒ 白野 音 @Hiai237
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