第2話

私の風紀委員としての活動は、だいたいこんな風だ。


「あら、姫様、こんな所にお一人で来られるなんて、王家の血を引く自覚が足りのうございませんか?」

 階段の踊り場で一人で本を抱えて、挨拶もなく小走りで通り過ぎて行くところを捕まえる。


(淑女として落第点だわ。

 急いでいても、淑女はパタパタ歩かないものよ!

 よく見たら、口にパンのカス⋯⋯?!)


 目眩を覚える。

(こんな可愛らしい外見で、粗野で乱雑⋯⋯。

 マナーの講師に目を付けられるシナリオを追加しなければ。

 ダンスも必須ね。)


【ほら、悪役令嬢、ひ弱な騎士団長の息子が来るぞ。上手に落とせよ。】


(心得ているわ。)


「お一人で歩かれたりして、誰かに階段から突き落とされでもしたら、犯人に逃げられてしまいますわよ。」

 近づいて、手を伸ばすと、身を縮めて震える。

(いくわよ。)

(ついでにその目障りなパンの欠片を払ってしまいましょう。

 まったく、鏡くらい見なさいよ。)

【ちょ、少しは加減しろよ。騎士の真上に落とすの、地味にたいへんなんだからな。】


(うるさい。)


「まぁ、ランドール様、あなたの姫様が階段から落ちますわよ。お助けあそばせ!」


 大声でランドール様に向かって叫んでから、躊躇なく姫君をドンと突き落とす。

 ローラは、フワッと浮いて、たまたま通りかかった騎士団長子息の真上に落ちる。


 ひ弱な騎士は、二年間イビり続けた甲斐があり、最近はどうにか筋肉らしいものがついてきた。

 あとは根性だ。


「うわぁぁぁぁぁ。」


 ギリギリで追いついて一緒にひっくり返る。

(ああ、まだ重力の処理が下手ね。)

 二人して色々なところをぶつけている。

(無茶するわ。)


「イザベラ、なんてことを。」

 ランドール様は私がやったと確信に満ちた目でにらんだ。

 こういうところは頼りになる。

 優しいあまり、騎士としての鍛錬を疎かにしてきたが、守る者を得てランドール様は強さを求めるようになった。


「さて、なんの話でしょう?」

 とぼけるが、ランドール様の本質を見抜く目は確かだ。

 隠せるとは思っていない。

「ローラ様、危機一髪でしたわね。

 さすが騎士団長のご子息、鮮やかな動きでしたわ。

 ですが、助けた姫が痣だらけでは、騎士としては褒められたものではありませんね。」

 痛みに耐えながら、ギリギリと睨みつけてくる。

 命にかかわることには反応が良くなったのが微笑ましい。


「お前がローラを突き落としたんだろ!」

「言いがかりでございましょう。

 両手に本をお持ちになっていたから、階段を踏み外したのではございませんか?

 それにどこに私が突き落とした証拠が?」


 自分のせいにされてはならないと、ローラはランドールに縋りつく。


(減点。

 男性にみだりに触れてはなりません。

 頼る男性をころころと替えるのもだらし無く見えるわ。

 女性の友人がいないのも心配なのよね。)


「ランドール君、イザベラ様が私を突き落としたんです!」


(また!「君」はやめなさい。

 早急に貴族の常識を叩きこんでくれるお節介な友人を作らせなくては。

 丁度、社交性に問題のある子爵令嬢がいたわね。本の虫、シア・カリフ様だったかしら?

 そうだわ、ローラに罰則で図書館の掃除を申し付けましょう。

 ローラの社交性はモンスター級よ、シア様の人嫌いの結界なんて、バーン!!ってなものよ。

 二人ともお覚悟なさいませ。)


【お前、イベントの真っ最中だぞ、集中しろよ。】


(ああ、そうそう。

 私が突き飛ばした話ね。

 そうよ、私、思い切り突き飛ばしましたわ!

 割とお胸がふくよかであられて、わたくし柄にもなく、これが王子の好ましく思う体なのかと嫉妬してしまいましたわ。)


【普通、悪役令嬢の方がグラマラスなのが鉄則なのになぁ。】


(私、別に自分の体形が嫌いじゃありませんから、ご心配なく。)

 余計な脂肪は剣を振るときに邪魔になりそうだ。


「まぁ、滅多な事をおっしゃらないで。

 少々誤解があるようですわね。

 仮にも姫様とあろうお方が、学内とはいえ護衛や御学友の一人も伴わずにふらふらとお歩きになるのはいかがなものでしょうか?

 自衛ができませんと、うっかりで敵の手に渡れば、国を危うくするお方になりかねませんわ。」

 早く姫としての自覚を持たせないと、あっという間に攫われて純潔を奪われるか、命を奪われるかで、外交の駒として役に立たなくなるというわけだ。

(自分の身を守れなければ、大好きな王子と結婚もできませんよ。)


「誤解じゃ無いわ、本当よ!イザベラ様だってお一人じゃありませんか。」

「いいえ、わたくし、未だに第三王子の婚約者ですので、国から護衛と監視がついておりますの。

 ご覧になりますか?」


(バルトロメオ、そこにいるのでしょ?

 姿を現しなさい。)


【派手に出た方がいいか?】


(任せるわ。)


【じゃぁ、影の隠密みたいな感じで⋯⋯。】


 黒い渦が湧き、いかにも悪そうな瘴気を纏って踊り場に黒服に身を包んだ男が降り立つ。


【この外見、全年齢向きのヒーローじゃないよなぁ。クリア後の裏設定か?エロ要員かよ。】


 魔王のごとき、ぬらりとした所作と美貌を、護衛としての目立たぬ雰囲気でごまかしている。


「国王から護衛と監視を任されております、バルトロメオと申します。」

 あまり抑揚のない声で二人に告げる。

「あなたも見たでしょ!イザベラ様が私を突き落としたのを!」


(私も見たわ。

 ローラが悪いんじゃないのよ。

 可哀想に、沢山ぶつけましたわね。)


 泣きそうな顔のおでこに、うっすら傷が見える。

 ランドール様、顔だけは守ってくれなくては困ります!

 精進なさいませ!

「私には学内の事を正確に記録し、国王に報告する義務がございますが、一般生徒と会話をする自由はございません。

 また、第三王子の婚約者であるイザベラ様の警護も兼ねております。

 全ては王の御心のままに。」


 そう言い残すとまた黒い渦の中に消えていく。

【こんなもんだろ。】

(上出来ね。)


「あんなの当てにならないわ!」

「バルトロメオは『王の』御心のままに、と申しましたのよ。

 不服であれば、どうぞご覚悟なさいませ。」

 王への意見は国への不平であり、裏切りだ。

 二人ともギリギリと奥歯を鳴らす。


「まあ、お二人ともひどい有様ですのね。」

 癒しの呪文を唱えて二人の打ち身を癒す。

「そのくらいの傷、ご自分で対処できませんと。

 まあ、命を取られては治しようがありませんけれどね。

 次は打ち身くらいでは済みませんかもよ。」

 もう一度ちらっとローラの顔を見ると、しつこくパンのかけらが?!

(あれで落ちなかったとは⋯⋯。)

 私は懐からハンカチを取り出して、おびえるローラの顎をつかみ、ごしごしと頬を擦る。

「汚い顔ね。鏡もご覧にならないの?」

(とれた!やっと取れたわ!)


【ツンデレがすぎるとバレるぞ。

 いや、バレないな。

 完全に全力で突き飛ばしていたもんな。】


(だって、あんな痛そうな傷、残しておけないでしょ!

 それに、今あまり団結されては、個別に指導しにくくなるわ。)


 高笑いをあげなから退散して行く。


 下品な高笑いを覚えるのは苦行だった。

 バルトロメオが必須だというから、音楽室に結界まで張って特訓したのだ。

 正直、嫌すぎて泣いてしまった。

 髪も二つに分けた縦巻きロールが良いと主張するので、毎日時間をかけてコテで巻いている。

 意味がわからないわ。

 しかし、バルトロメオは巻き起こされる事件に精通しているようで、事前に場所と時間まで知らせてくれる。

 私はそこに現れ、教育的指導を行うだけだ。


 バルトロメオが守護につくとは知っていたが、初めてその姿を見た時は衝撃だった。

 入学してすぐ、初めてローラを詰った日、私は自分の罪深さに泣きに泣いた。

 この先ずっと、フワフワとした銀髪の愛らしい、誰にでも優しいローラに罵詈雑言を吐き続けらければならないのだと思うと、気が滅入った。

 自分の部屋で泣いているところにバルトロメオが現れた時には肝を冷やしたものだ。

 警戒する私に、この世界はバルトロメオの知る物語とよく似ているのだと説明してくれた。

 私は悪役令嬢、ローラの恋愛模様に口を挟む嫌な役なのだそうだ。

 私はそのイメージを借りることにした。

 とても素のままの私では務め切れる気がしなかったから。

 バルトロメオの指導は詳細で、見てきたような具体性があった。


【何をかんがえているんだ?】


(貴方にあった頃を思い出していたの。

 ねぇ、わたし、この髪型、好きになれないわ。

 まるでドリルのよう。)


【短いのも悪くなかったがな。縦ロールは形式美だ、耐えろ。】


(まだあと一年あるのよ。私の髪がこのドリルを自然だと受け入れたらどうしてくれるの?)


 短い髪か⋯⋯。


 魔族はそんな事も分かるものなのね。

 幼少期、兄と同じことをしたくて、髪を短く刈って、剣も魔術も男児に混ざって習っていた。

 幼なじみを打ち負かしてから、幼なじみはグレてしまったけど。

 魔力量は幼なじみの方が多いのだから、別にちょっと私の方が強くだっていいではないか、と未だに不満に思っている。


【心配なら、解けばいいだろ。】

 フワッと風が吹き、かたく巻き上げた髪がほどけ、真っ直ぐになる。

(傷まないように巻き上げるのたいへんなのよ。)

【巻いているからわからなかったが、だいぶ伸びたなぁ。】


 学内を歩いても、私には誰も親しい人とは会わない。

 深く腰を折り挨拶して来る者はいるが、友人と呼べる者はいない。

 こうやってバルトロメオと雑談するくらい。


(クセのない髪だから、纏めるのがたいへんなのよ。)

【毛は細いのにな。】

(触ったことがあるみたいに言うわね。)

【いや、見るからに細い髪質だろ?侍女泣かせだな。】

(私が自室にいる時、覗いてる?)


【⋯⋯仕事だし。】

(仕事だものね。)


 バルトロメオは沈黙した。


(見てはならないものなら、もう見てしまったくせに。)

【いや、そんなには見てないからな。チラッとだけで。】

(⋯⋯私の泣き顔のことよ?)

【泣き顔?!⋯⋯ああ、泣き顔な!

 あー、そうだな、うっかり、チラッと泣き顔をみてしまったな!】

(それで、他に何を覗いたの?)


【⋯⋯不可抗力だろ、護衛だし。】

(そう、私の下着の色まで知っているとは驚きだわ。)


 今度こそバルトロメオは沈黙した。






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