悪役令嬢は攻略対象者を早く卒業させたい

砂山一座

第1話


【おっと、宦官贔屓だ。あ、違う判官贔屓だ!

 弱い立場に置かれている者に対しては、あえて冷静に理非曲直を正そうとしないで、同情を寄せてしまうというアレですな。

 さて、見るからに悪役令嬢さながらの公爵令嬢が、いかにも哀れな男爵令嬢を断罪しているのを見れば、どちらを贔屓するか一目瞭然だ!

 理路整然と男爵令嬢を断罪していく公爵令嬢。

 あ、さっきからもう校則違反五つも並べ立てられて男爵令嬢は虫の息だ。

 しかし、聴衆のシンパシーは男爵令嬢に向けられている。

 可愛いは正義!

 可哀想は正義!


 そこで、やって来たのはァ、第三王子ィィ!!

 公爵令嬢の婚約者でもあるが、最近はすっかり男爵令嬢の小動物的な可愛らしさにメロメロだ!

 さぁ、どっちに着く?

 どっちに着くんだ?


 おーっと、予想はしていたが、男爵令嬢についた!!

 悪役令嬢ストーリーでは男爵令嬢側に靡いた場合はだいたい破滅フラグだ!

 乙女ゲー路線に戻してハッピーエンドがねらえるのか?!

 第三王子の明日はどっちだ?!


 男爵令嬢は余裕を取り戻したようだ!

 王族がバックについたぞ、どう出る?!

 でるか!出るのか?意外な過去!?


 でたー!!


 男爵令嬢の苦労話だ!

 聴衆はほろりと来ている!

 かわいそう、かわいそうな子供時代、努力をつみあげた青春時代!

 皆泣いている、泣いているぞー!


 取り出したのは、男爵家に引き取られたときに持っていた首飾り!

 マジックアイテムがでたぁぁぁ!!

 な、なんとー男爵令嬢は異国の王女様だったー!

 大逆転!大逆転だ!


 おーっと、しかし、まだ諦めていない公爵令嬢!最後の切札をきるか?


 いや、その前に第三王子の攻撃。

 婚約破棄!

 婚約破棄だー!

 キツいヤツきた!

 しかし、公爵令嬢慌てない!

 悪い笑みを浮かべている!

 これは、やるのか?

 やってしまうのか?!


 ここから先の展開は悪役令嬢がどう生きて来たかで決まるぞ!

 悪役令嬢の自覚があって好感度を上げるために努力を続けてきたのなら、都合よく大どんでん返しがくるところだ!

 さーどうだ?

 くるか?

 くるのか?】


(好感度なんてあがるわけないでしょ。

 馬鹿なこと言わないで。)

 

(それに、私が断罪してるのは単に校則違反よ!

 再三の警告を無視して、次は処分されるわよ、ってあの娘に何回言ったと思うの?

 五回も見逃してやったのよ。)


【いやー、日頃の人当たりで、人は婚約破棄までされてしまうものなんですね。

 言い方って大切ですねぇ、解説のスズキさん。】


 頭の中に響く声が、なんの真似か知らないが、聞いたことのない実況口調なのがすごくイライラする。

 解説者なんかいないじゃない。

 低音のすごく良い声で軽薄な中継って、嫌だわ。


(あなたがよく話している悪役令嬢モノ?ではなくてこれは現実よ。

 これ以上なんの展開もないわ。

 私は努力家でも、転生者でも、引きこもりでも、チート保持者でもなんでもないんですから。)


(だって、)

「私は単に風紀委員ですので。」


 生徒達は息をひそめ、振り子時計の歯車と振り子の規則的な音だけがする。

 そのせいで、あまり大きくない私の声が壁に反響して返ってくる。

「学内の風紀を取締るだけです。

 したがって、学内での不純異性交遊として、第三王子も処罰の対象となりました。

 学内に学業と関係の無い装飾具を持ち込んだことで、そちらも没収いたします、ローラ・ベルナルド男爵令嬢。

 養子縁組ロンダリングの話ならば、無事卒業出来てからをお勧めしますわ。

 まぁ、あくまでも無事卒業出来ればの話ですが。

 卒業も視野に入らないような娘は、男爵家でも受け入れられるとは思いませんが。」


 たった今、異国の姫だと知れた男爵令嬢ローラ・ベルナルドは、私の台詞に一言も反撃できずに震えている。

(はったりが効かないとは、王女を騙るにはまだまだね。)

「第三王子におきましては、婚約破棄等、学業に差し障るような内容を学内で申し付けるのは不適です。

 学外でしかるべき手順を踏んで申請なさいませ。

 且つ学内は治外法権です。

 どこぞの思考停止している王子だろうが、股の緩い男爵令嬢⋯⋯いえ、どこぞの王族が国政を担う責任を放棄して撒き散らした胤の成れの果てだろうが、一切関係ありません。」


(さあ、ニコラス王子、根性を見せて、私に噛み付いてご覧なさい。)


「学内では校則こそが唯一の法。

 入学なさるときに血判を押したのをお忘れですか?

 おやおや、わたくしを鬼や悪魔を見るような目つきで睨み付けるのは止めていただきたい。

 私が法なのではありません。

 私は法の行使者にすぎないのですから。」


【お前、色々ひどいな。】

(おだまり。

 私のすることに口出ししないはずでしょ。)


「国を治め、民を導く立場の若者達が、贅沢で華やかな学園生活を送っているような国に未来などありません。

 切磋琢磨し、逆境を乗り越えた者にこそ民を導く資格が宿ると心得よ⋯⋯入学する時に両親と国王の御前で誓ったはずですが?」

(私たちは容赦なき忠誠と努力を誓ったのよ。

 それは王子であっても変わらない。)


「権力で覇権を手に入れた癖に卑怯だぞ。」

(やれやれ、もっと着眼点を鍛えていただきたい。

 これでは、私に責めてくれと言っているようではありませんか。)

 ニコラウス様はまだまだ終着点が遠いようだ。


「お言葉ですが、権力が有効ならば、いくらでも私と立場を換えられるのではありませんか、ニルドラド国第三王子ニコラウス殿下?

 この学園において、実力主義が唯一の評価法なのは身に染みていると思ったのですが、まだそのようなことを仰るのでしょうか。

 首席が風紀委員となるのはこの学園の伝統です。

 魔術だけでなく、学力でもわたくしに劣ったということですよ。

 国の深部に近い者が処罰の対象となるなんて、恥をお知りなさいませ。

 そこな理解力のない娘を愛でるくらいです、貴方がここにいる意味すら考えたことが無いのではありませんか。

 そのような方に国の何が担えるというのでしょう。

 そうそう、この度、青の川に新しく橋をかけるのだとか。

 人柱となってその御身を捧げて永遠に歴史に名を刻むのはどうでしょう。

 聖ニコラウス橋、なにやら鐘を鳴らしたような美しくも目出度い響きの橋ではありませんか。

 冬の休日にはさぞや美しく飾り付けられるでしょう。」


【ほう、俺の知識が役に立ったな。】


(誰にも伝わらない詰り方ですけどね。

 赤い服の不法侵入者の話は恐ろしかったわ⋯⋯。)


【いや、そういう話じゃないよな。】


「侮辱するな!学園から出たら覚えておけよ。」

「負け犬の遠吠えなど怖くはありません。

 もうすぐ元第三王子とお呼びしなければならないかもしれませんが、ご容赦くださいませ。」


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「風紀委員長、違反者の取り締まりが終わりました。」

 卒業を間近に控えた一学年上の風紀委員長は、ニコニコと私の仕事の様子を高みの見物していたようだ。

「君の悪名もあがったな。」

「地に堕ちたの間違いでは?」

「君が適役とされたのがよくわかるよ。⋯⋯しかし、遂に婚約破棄を打診されてしまったな。」

「ふふふ、わたくし、ニコラウス殿下のお嫁さんになるのが夢でしたのに。」

 そうして、その権力を使ってやりたいことがあったのだ。

「いやいや、それでよくもあんなに侮辱の言葉が出てくるものだね。」

「わたくしが婚約者だったというのに、ひどい裏切りですもの。」

「おや、もう過去形かい?でも、君の学年で矢面に立っているのは君一人だしなぁ。」

「そういう役目ですので。」

「せいぜい皆の恐怖を煽ってくれたまえ。」


 この学園には秘密がある。

 その秘密とは私だ。

 私こそが国の人柱だ。


 人は共通の敵があるほど団結し、知恵を出し合い、立ち向かうものだ。

 敵が圧倒的な力を行使する時、虐げられた人びとは立ち上がり絆が生まれる。

 風紀委員は時に自らの命さえ脅かされ、なお生徒の前に立ち塞がる。


 私は国に仕組まれた安全で忠実な、若者のための障害。

 学年に一人ずつ選出される風紀委員、それこそが学園の必要悪。

 やり方は個人の自由に任されているが、風紀委員たちは国の要人となる人材の育成に、身を粉にして協力するのだ。

 卒業するまでだれもこの学園の仕組みを知らされる事はない。

 そして自らの青春の痛みを乗り越えた者たちは、成人してまたこの学園に子女、子息を送り出す。

 卒業する時には誰もが、どれほど風紀委員に国を担う意識を培われたのか知り、落涙して感謝するという。

 風紀委員の青春や人生を犠牲にして教育するのだ、そうでないと困る。

 私も生徒たちをぎゃふんと言わせるためにまだまだ精進せねば。


 私は十二歳の時に第三王子の婚約者に決まったのだが、風紀委員として名が上がった時に、王子の妃としての身分は諦めなければならないと悟った。

 入学してすぐに首席を取らなければならないことが決まって、死ぬほど勉強したのは今は懐かしい思い出だ。


 私の入学する代には問題の多い生徒が多い。

 甘ったれた第三王子と、教養のない隣国の御落胤である姫、傲慢な宰相の息子、ひ弱な騎士団長の息子、色事にうつつを抜かす魔術師団長の弟、全ての敵となる為、私は凶悪な風紀委員として君臨し続けた。

 あと一年は仕上げの年だ。

 皆で協力して、悪魔のような私を完膚なきまでに打ち滅ぼし、国の中枢を守る力は完成する。


 一学年上の風紀委員長は良い時代に委員に選ばれたと思う。

 第二王子の憎きライバルとして反抗勢力を組織し、嫌がらせと対立を繰り返すだけでよかった。

 第二王子に仇なす者たちを炙り出し、王子の協力者として有益な味方を作り出すことに成功した功績は大きい。

 比較的平和な年もあるというのに、私に降りかかる試練はこんなに厚みがある。


 私の代はやらねばならないことが多すぎる。

 この大掛かりなメンバーを一人で受け持つのは荷が重かろうと、王家から厄介なものを貸し出されていた。

 所謂、魔族と呼ばれるものを。


 風紀委員には目的の為ならば王族を害することさえ許可されている。

 そうまでされれば子どもであっても、本気で立ち上がらねばならないだろうから。

 場合によっては反撃され私にも害が及ぶ。

 ぜんぜん私のせいでは無いのに、酷い。

 そこで出てくるのが魔族だ。

 魔族といっても人と何も変わらない。

 木の股から生まれるのでもなければ、頭につのが生えているのでもない。

 股には生えていると宣ったので、拳骨で殴ってみたらちゃんと青痣ができた。

 魔族は、本人曰く、世界の外からやってきた存在で、この世界とは違う魔力を使うのだとか。

 訳の分からないことばかり話すこの魔族は、念話で私に直接話しかけてくる。

 貸し出しなので、卒業後返さなければならないが、危険がなくなるまで私と生徒達の安全を守るために私の協力者となる契約だ。

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