第13話 ヴィスカレット

 



「ささっ、何でも注文してください?」


 やたらとテンションが高くなった女の人に連れられて、訪れたのはとあるお店。

 その店内は丸いテーブルを囲むように並べられた4つの椅子が何組か置かれている位の、こじんまりとしたものだが、所々に置かれた綺麗な花と、


「あっ、ローズさーん! 今日のお勧めは何でしょうか?」


 カウンターに佇む金髪ロングヘアーの綺麗な人のお陰で、どことなく落ち着いた雰囲気が醸し出される。その容姿はやはり何度見ても凄いの一言だ。

 ……いや、さっきみたいにホノカが恐ろしい形相で俺達を睨め付けてくるかもしれないし、なるべく視線は外しておこう。それよりも、


「キャー! じゃあとりあえずそれ4つで!」


 対面に座るこの女の人は一体何者なんだろう。その勢いに押されるがままに付いて来たけど、よく考えると名前すら知らない。そんな人と同じテーブルを囲む光景は普通に考えれば違和感しかない。

 とりあえず名前くらいは聞いても良いんじゃないか?


「あのっ!」


 なんて事を考えていると、最初に口火を切ったのはホノカだった。その表情はさっきの形相よりは大分マシになったものに、まだどこか険しいように見える。

 いや、もうそんなにあの綺麗な人見てな……ん? アスカ、頼むから真正面見てくれ。こっちまで飛び火しそうなんだよ。


「はっ、はいっ!? あぁ! もしかして甘いの苦手でしたか?」

「苦手とかじゃなくて、むしろ大好物ですけど……」


「まぁ良かったぁ!」

「って、そうじゃないんですよ!」


「そうじゃない……あっ! もしかして飲み物コフィの方が良かったですか?」

「コッ、コフィ? なっ、なにそれ」


「コフィですよ? コフィと言うのは……」

「そっ、それはどうでも良いの!」


「じゃあ一体……」

「ゴホン! あのですね? あなたは一体何者なんでしょう? ここまで連れて来て、名前も知らないんですよ?」


 何度か噛み合わない会話の後、ホノカの放った一言は俺の抱いていた疑問そのままだった。すると、その言葉を聞いた女の人は一瞬キョトンとした表情を浮かべたかと思うと、


「名前…………はっ! ごごっ、ごめんなさい! 名前も名乗らず連れて来てしまいました! 大変ごめっ……いったぁ!」


 相当焦ったのか、そう口にしながら顔を下げた瞬間に鈍い音が鳴り響く。

 その余りの動揺っぷりと、涙目になりながら額をさする姿を目の前に……なんとなくこの人は悪い人じゃない気がした。


「だっ、大丈夫ですか?」

「大丈……夫ですぅ」


 そうホノカに言いながらも、ひたすら額をさする女の人。

 まぁ何はともあれ、大分落ち着いたみたいだし、もう1度聞いてみようかな。


「えっと、それで……名前聞いても良いですか? 俺はクレス」

「私はホノカ。んで…………あの気持ち悪い顔してるのがアスカです」

「すいません。本当は私から名乗らないといけないのにっ! えっと、私の名前はヴィスカレット。どうぞヴィスカと呼んで下さい」


 そう言ってヴィスカレットと名乗った女の人は、それを皮切りに自分の自己紹介を始めた。

 生まれも育ちもアストリトで歳は20歳。

 正直20歳!? とは思ったけど、言われてみれば出会ってからここに来るまで目にした表情は焦ってるかテンションが高いか。落ち着いて自分の事を話すヴィスカさんの顔をよく見ると……確かに大人びた顔をしている気がする。

 そしてこの店は行きつけで、店主のローズさんとの付き合いは長いそうだ。不当な金貨を要求されたらどうしようかと思ったけど、雰囲気的にその心配もなさそう。

 そして気になったのは仕事。メイドと言う聞き慣れないものだったが、詳しく聞くと家に仕える世話人の事らしい。家に世話人? なんて思ったものの、郡都ではお城や貴族、大きなお店を営む家ではそういう人達を雇う事が当たり前だそうだ。


 こうして、気が付けばヴィスカさんが自己紹介をするたびに質問攻めにする。そんなやり取りが永遠と繰り返されていた。それも仕方がない。なんせ口にする事の殆どが、知らない事だらけだったんだから。

 それに、途中でテーブル出された果物いっぱいのパンケーキとノチャと呼ばれる飲み物の美味しさは衝撃的だった。


「んー! このパンケーキ果物いっぱいで美味しい!」

「でしょぉ? ここのパンケーキはフワッフワで最高なの」


 ホノカの奴、すっかり機嫌が直ったみたいだな。それにしてもパンケーキは良いとして、この飲み物なんだ? 滅茶苦茶良い匂いするけど。


「そう言えばヴィスカさん。この香りが良い飲み物は何なんですか?」

「これはノチャだよ?」


「「「ノチャ?」」」


「えっ、知らないの?」

「俺達が知ってる飲み物といったら水かナナイロジュースか、ナナイロの葉で作ったお茶しかねぇよな?」

「だな」

「うん」


「そっか……って、そう言えばさ? 3人はどこから来たの? 話の反応的にアストリトじゃないよね?」

「あぁ、俺達はナナイロ村から来たんだ」

「ナナイロ村!?」


 ん? アスカがナナイロ村って言った瞬間、表情が変わった? 気のせいかな?


「ほほっ、本当にナナイロ村から来たの?」

「そっ、そうだけど……なっ?」

「うん。私達3人共ナナイロ村出身だよ?」

「本当ー!?」


 気のせいじゃない!

 その言葉に、驚いた様な表情を浮かべるヴィスカさん。そして俺達3人の顔をしきりに見渡す。


 なんだ? ナナイロ村が何か関係……

 少し変わった雰囲気に疑問が浮かんだそんな時、ヴィスカさんの口から零れたのは思いがけない一言だった。


「ちょっと聞いても良いかな? ナナイロ村って……」



「何かあった?」



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辺境のヘレティックス 北森青乃 @Kitamoriaono

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