第24話厄介な悪夢

 ―アムロ行きますターン


 今日の二人の言葉を僕は頭の中で繰り返していた。


「夢は見れた?」


 正直、僕の中でもこの『ドラフト』が始まった時から何度も同じ言葉が頭を過っていた。


「悪夢は見れたかよ?」


 そう。『ゲットバッカーズ』の存在だ。自分の想像出来ないものは起こりえない、自分の死すらも想像出来ないから死なない無敵の「赤屍」。どうやって倒せばいいんだろ?ネット掲示板や質問サイトでも議論は絶えない。所詮作中の中での設定と言ってしまえば終わるんだろうけれど、未だに誰もが納得するような倒し方って出てないんだよね。それに「雷帝・銀次」は近付けば血液を沸騰させる人間電子レンジだし…、「美堂蛮」の「邪眼」は制限ありだけど見たものが実は幻だったになるし…。おおそうじ君はまだ使ってないだけで「悪夢は見れたかよ?」とラインで送ってくれば会心の攻撃も実は幻でしたになるよね。『ドラクエ』の「マヌーサ」は攻撃当たるんだよねえ、結構。プログラミングされた確率での数字に影響を与える感じだもんね。呪文は普通に当たるし…。


 咥えていた煙草の吸殻を原付に取り付けた灰皿に放り込む。ダメだなあ。最近は運転中に考え込んでしまう。時速三十キロの遅さでも頭が空っぽになる快適な時間が好きだったのになあ。まあ、でも悪くはない。


「こんにちは。いつもの銘柄をワンカートンください」


「あぁ、いらっしゃい。えーとパーラメントのロングの一ミリだったわねえ」


「はい、そうです」


「あんまり吸い過ぎもよくないからね。はい、五千三百円ね」


「はい。自己責任ですから。ケルアックの言葉です。『煙草は穏やかな自殺』ですね」


「本当にいい言葉だねえ。値上げ、禁煙でうちもお客さんはだいぶ減っちゃったからね」


 未成年の僕に煙草を売ってくれる自宅や学校から遠く離れた煙草屋さんのおばあちゃんは最近愚痴が増えた。


「そうですねえ。昔と違って今は愛煙家の肩身はとても狭いですよねえ」


「あんたは知らないだろうけれど、昔は歩き煙草もポイ捨ても普通だったんだけどねえ。かっこいい俳優さんは煙草の吸い方が格好良くてね。やれ副流煙だ、やれ他人に迷惑だってんなら酒と車の排気ガスの方が何十倍も迷惑だとあたしゃ思うけどね」


「ですよねえ。あ、今ちょうど五時五分前ですよ。いつも見てるテレビの時間じゃないですか?」


「あらそう?」


 そう言って後ろを振り返って壁に掛けられた大時計を見る煙草屋のおばあちゃん。ジャスト四時五十五分。これは僕が持っている特殊能力である。


「でしょ?」


「ほんとだわ。でもよくあんた分かったわねえ。話してる時も目線は私から外さなかったのにね…。まあ、吸い過ぎには注意しーよ。学校にバレても大変じゃろ?」


「気をつけまーす」


 そう言って僕は原付のシートにカートンのパーラメントをしまってヘルメットを被り原付で走り出す。

 僕の特殊能力。それは『絶対体内時計』。ストップウォッチを見ないでジャスト一分(0.1秒とかそれぐらいの誤差はでるけれど)で止めることは楽勝で出来る。朝、起きてから時計を一度見ただけでそこから体内で正確に一秒ずつ、感覚でカウントしている。それは考え事をしている時も、原付に乗って頭を空っぽにしている時でも常に。コンマ何秒レベルは無理だけど一秒単位なら正確に。だから朝、時計を一度見ればその日は夜寝るまで時計は必要にならない。その特殊能力がとても便利だとは思わないけれど、電車の正確さ、体育の授業でマラソンなんかの時は自分のタイムは結果を聞かなくても自分で分かる。ただ、普通の人は人生の中で何度も時計を見る。その無駄な時間が僕にはない。学校のテストで慌てることもない。この特殊能力のことはおおそうじ君としょじょさんの二人だけは知っている。そして二人もまた特殊能力を持っている。しょじょさんは『揺れ』。おおそうじ君は『違和感察知』。しょじょさんの『揺れ』は頭の回転がとんでもなく速くなる。そしておおそうじ君の『違和感察知』は並外れた洞察力。昔、おおそうじ君からあるプロ野球の試合の動画をラインで送られた。ピッチャーとバッターとキャッチャーと審判が映った、テレビでもよく見る光景だった。その直後におおそうじ君はキャッチャーの出すサインを全てラインで送ってきた。

「指がこれでこの球種、この動作でこのコース」と。それは全て当たっていた。動画を見れば分かるが、テレビは常にサインを出しているキャッチャーの姿を映しているわけではない。よくて三球に一回、だいたい一打席に一回ぐらい。それだけでおおそうじ君はすぐにサインを見破った。また、彼はパチンコでそこそこお金を稼いでいる。僕はパチンコをやらない。時間効率、時給が安いと思うからだ。それでも知識はある。デジパチのボーダー理論なんかも確率が収束するには相当の回転数が必要だと理解している。確率が実際の近似値に収束するまで十万回転は必要だ。学生の僕にはそんな時間は無駄でしかない。


「一発台あるじゃん。台の傾きで当たりの穴に入りやすくしたり、入らないようにしたりする台。俺様、台を取り付けてるネジを上から見てる。ネジ見れば傾き変えたのがすぐ分かるじゃん。釘見てる奴はよく見るけど、ネジ見てる奴は一人も見たことねえなあ」


 『ドラフト』が始まってから僕の原付運転中に頭を空っぽにすることが減った。このバトルはある意味、この三人の特殊能力の戦いかもしれない。僕の『絶対体内時計』が狂った時、僕は負けるんだろうな。

 そんなことを考えながら原付を走らせる。ほら、また考え込んでる。

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