7 酒屋の新メニュー ②



「ふんふふ~ん♪ふんふふ~ん」

 


 俺は鼻歌を歌いながら表のカウンターの洗い場で、先ほどみんなで食べていたアイスの器を洗っていた。


新メニュー制作の手伝いができるようになったし、報酬も貰えるらしいし、店が暇なときは自由に厨房を使ってもいいっていう許可が出たし。あ~最高ジャン。ただ、この世界では今まで使っていた道具も少ないため、今度マスターと一緒に職人たちと打ち合わせをして道具も特注して作ることとなった。


「……ふふ。なんだか、シンタ嬉しそうだね」


隣で洗い物を拭いてくれているリリィが、俺を見ながら小さく笑った。この世界にきても、厨房を自由に使えるようになったのが嬉しくて、思わず鼻歌歌っちゃった。


「いや、なんか俺自分で作るのも食べるのも好きなんだけど、誰かに食べて貰えるのはもっと好きだから嬉しくて」


「そうなんだ。もしかしたら記憶を失う前は、そういう料理とかよくしていたのかもしれないね!」


「あ、あ~そうだね!そうかもしんない……」


 俺は慌てて愛想笑いをしながら、返事を返して誤魔化した。


 そうだった。俺、記憶喪失ってことにしてあるんだった。なんか、すっかり忘れてたな。


 そんな事を思っていると、リリィが少し俯きながら話し始めた。


「……シンタはすごいね」


「え?」


「だって記憶を失ってるってだけでも大変なのに、どんどん自分が今出来る事を探して、前へ進もうと頑張ってるでしょ?ほんとにすごいと思うの」


 リリィは拭いていたアイスの器を、ぎゅっと握りしめた。


「それなのに私……今日はごめんね、マスターの忠告もあったはずなのに、森の奥まで進んでいることに気付かずに夢中になってて……シンタのことも守れなかったし……いつもそうなの。いつも周りをしっかり見れなくて突っ走ることも多くて」


「そ、そんなことない!リリィがそんな気負うことないよ!夢中になって森を進んだのは、俺だってそうだし!むしろ、武器もなくて逃げることしかできなかった俺の方がすごいカッコ悪かったし、情けなかったし……リリィなんて、めちゃめちゃかっこよかったし!」


 あれ、なんだか自分で言ってて、悲しくなってきた。あ、心の涙が……


「……ふふ、ありがとう。優しいね、シンタは。やっぱりシンタはえらいなって思うよ」


 リリィはこちらを向いて、少しぎこちなく笑いかけた。


 今回の件はどう考えても、リリィのせいなんかではない。色々言葉をかけてあげたいのに、俺のボキャブラリーの引き出しが少な過ぎて、これ以上なんて言ってあげればいいか分からなかった。記憶喪失なんて嘘だし……リリィには本当の事を話したほうがいいんだろうか。いや、どうせそんな話、信じて貰えないだろうし、このままの方がいいだろう。


「ごめんね、変なこと言っちゃって!よし、もうこれで洗い物も終わったし、私そろそろ帰るね!」


 リリィはぎこちない笑顔のままそう言って、拭いていた器とタオルを置いた。


「……リリィ!」


俺は思わずリリィを呼び止めた。


「どうしたの?」


「あ……えっと、その、明日また酒屋にきてくれないかな?」


「明日?……うん、大丈夫だよ。じゃあ、また明日来るね!」


 リリィはそう言って、足早に酒屋を出て行ってしまった。


「ん?どうしたん?リリィの奴もう帰ったのか?」


 トイレから出てきたライアンが、不思議そうに俺に訊ねてきた。それに対して、俺はコクリとだけ頷いた。


「そっか~それじゃ、俺はちょっと一杯やってから、かーえろっと♪」


 ライアンはそう言って、マスターに酒を注文して晩酌をし始めた。


 俺はというと、マスターに少しだけ厨房を借りれないか、お願いして厨房へと入っていった。



 ******



 次の日



「こんにちはー……シンタいますか?」


 リリィは酒屋の扉を開けて、マスターに尋ねた。

 リリィは昨日、突然弱音みたいな変な事を口走ってしまったため、酒屋にもう一度来る事を少し気まずく感じていた。


「おー、今厨房に入ってるよ。おーい、シンター!リリィが来てるぞー」


 マスターは大声でカウンターから厨房へと呼び掛けた。


「あ、リリィ!」


 俺は厨房から顔を出して、あるものを持ってリリィに駆け寄った。


「もし良かったらなんだけど、酒屋の新メニューの試作をリリィに食べてほしいんだ」


 そう言って俺は小皿にのったガラスの器を机の上に置いた。

 

リリィがその器の中を覗くとなにやら、ピンクの物体が入っており、上にクリームがのっていて、コンカッセ(小さなサイコロ上にカット)されたルーシュが散らされ、赤いソースがかかっていた。


「シンタ……これは?」


「これはプリンっていうんだ。ルーシュの味がするプリンを作ってみたんだ。……食べてみてくれないかな?」


 今回のプリンはなめらかな舌触りのプリンにしたかった為、卵黄、ミルク、クリーム、砂糖と同じシュクとルーシュを潰してピューレ状態にして、プリン液に混ぜ合わせオーブンで焼いて作った。赤いソースも、もちろんルーシュのソースだ。


 リリィは初めて見るプリンをじーっと見つめて、スプーンで少しすくってからゆっくりと口の中へ運んだ。


「っ~~ん~~~~!」


 リリィの瞳が少し潤み、口角が上がって自分の片手を頬に当てた。


「っ美味しい!甘いけどルーシュの酸味でさっぱりしていて……なにより口の中でめっちゃなめらかで溶けてくみたい!昨日のアイスクリーム?とはまた違う美味しさだね!!」


 なんという素晴らしい食リポだ。女子アナ目指せるレベルだな。リリィは嬉しそうにパクパクとプリンを口の中へと運んでいく。


「……よかった、リリィが嬉しそうにしてくれて。昨日、元気なさそうだったからちょっと心配で……はは」


 俺には、こんなことでしか喜ばすことができないけど、今回は成功したみたいでほんとによかった。


 そう安堵する俺を見て、リリィもなにかを察した様子で、一度手に持っていたスプーンを置き、俺の方に視線を移した。


「リリィ?」


「……シンタ、すっごく美味しい……本当にありがとう」


 リリィはそう言って、少し照れくさそうに笑った。いや、かわい。めっちゃくちゃかわいいやん。俺もリリィの可愛さに少し照れながら「どういたしまして」と答えた。


 これで、酒屋の新メニューのデザートがまた一つ加わった。




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