第38話 僕と勇者達のそれから

 ここはアロー山と呼ばれるところ。

 勇者アドルフ一行はとある目的の為、山頂付近に集合していた。


「なんだよぉ! こんなにあるなんて聞いてねえぞ!」


 開口一番にアドルフは悲鳴に近い大声を上げる。言葉にはしないが、ゲルもクレアも同じ気持ちだった。ダクマリーはいつもどおり、ボーッと立っているだけである。


「はーい。文句を言わないでくださいねえ。ここにある草全部でお願いしまーす」


 道具屋の女店主ニニアーナは、接客で見せている時と同じ爽やかな微笑を浮かべる。ナジャに仕事を依頼してから随分と日にちが経っていたが、一度も自分で素材を集めに行かなかった為、急遽またお手伝いを頼んでいたのだ。


 勇者パーティはナジャの勧誘に失敗してからと言うもの、以前よりも依頼達成率が下がり、とうとうもう一ランク降格してしまった。アドルフやゲルはそれなりに高い家に住んでいたが、家賃を払うことができずに売り払い、今は雑用同然の依頼を受けることからやり直す羽目になっている。


「畜生! なんで俺がこうなっちまうんだよ。畜生!」


 ダクマリーはせっせと草を刈りながら、彼女にしては珍しく明るい声で呟いた。


「これでアドルフを更生できる」


「ふざけんな! 俺は更生する必要なんかねえんだよ! ゲル! お前ちゃっちゃと風魔法で刈りとれや」


「残念ながら、我が風魔法では数メートル程度しか刈れそうにない。クレア、頼む」


「あたし風魔法使えません。爆発魔法とか、派手な奴ならありますけど」


「やめろ馬鹿野郎! これでもようやくありつけた依頼なんだぞ。一週間で終わらせるようぜ。最短で」


「あら。ナジャさんは以前、半日で終わらせましたよ」


「な、なんだってぇ!?」


 ニニアーナの言葉に、アドルフは開いた口が塞がらない。ゲルもクレアも茫然としてしまうなか、ダクマリーは前にいた勇者の背中を叩く。


「サボっているなら、後でお仕置き」


「や、やめろ! サボってねえ。どうして俺はアイツに負けてばっかりなんだ。天才の俺がどうして。ち、畜生……チクショー!」


 勇者の叫び声が青い空に鳴り響いていた。彼の視線の先には、大きく果てしない入道雲が広がっている。


 ◇


 勇者パーティが一からのやり直しを余儀なくされている頃、僕らはどんどん依頼を達成していった。


 基本的には僕とルルア、クラリエルの三人で困難を乗り越えていたけれど、たまにドーラさんも加わるようになっていたんだ。いつの間にか僕らは、大陸中の冒険者ギルドで知らない者はいない程に有名なパーティとなり、事実ランクも上昇していた。


 もしかしたら、あと少しでURランクに昇格できるかもしれない、なんて噂まで聞こえていたんだよ。そんな忙しくも充実していたとある日のこと。僕は港町タウロスの海辺付近で、誰もいない砂地に座り込んでいた。


 つい先ほど依頼を達成したんだけど、ギルドに行って報酬をもらう前に、どうしてもしておきたことがあったんだ。ある意味今回の依頼よりもずっと大切なことで、ちょっと個人的には恥ずかしいことだけど。


 綺麗な夕日が目に染み渡るようだ。僕はある女性を待っている。


「あらー。ナジャ様、何を黄昏てらっしゃるの?」


 いつの間にか隣に現れたのは、パーティの回復役兼諸々のクラリエルだった。


「ちょっとね。今後のことを考えていたんだ」


 僕の返答は嘘じゃないけれど、はっきりとは答えたくない。


「ふぅーん。そうですの。隣、よろしいかしら?」


 彼女の甘い、薔薇のような香りが鼻腔に漂ってきた。


「美しい夕日ですね。こんなにも眩しく鮮やかに感じられるのは久しぶりです」


「忙しかったからね。一日が早馬に乗っているみたいに過ぎていった」


「私にとっては、あなたのような方と一緒にいられることで、より充実して時が早く流れたのだと考えております」


「またまた、いつも上手だよね」


「うふふふ。冗談ではありませんよ。お慕いしていますわ。……ところで、どうしてここでじっとされているのでしょう?」


「いや、ちょっとね。あ! 先に宿屋に戻ってていいよ。ドーラさんにも遅くなるって伝えておいて」


「今の話ぶりですと、まさか。ルルアさんをお待ちなのです?」


 どうして解っちゃうんだよ! 僕はギクリと体を硬らせる。


「え? いや、なんで」


「まるでルルアさんには話してあるような流れでしたよ。今の話は。……まさか! ナジャ様ったら」


 急に両手を口に当てて狼狽するクラリエルに、僕は困惑していた。彼女が予想していることはきっと当たってるだろう。


 実は今日、僕はルルアに告白……というか、いっそプロポーズをしようと思っているんだ。そして見えないようにローブの中には婚約指輪入りの小さな箱を隠している。もし無くしてしまったらどうしようと、時折ローブの中に手を入れて確認している有様だった。


「クラリエルはなんでも察しちゃうんだね。そうだよ。もう隠さない。そのまさかだ」


 これまでの冒険で、僕は彼女の気持ちに気づいてしまった。そして僕もまた、彼女のことが好きになってしまった。ただそれだけのこと。


「あらあらあらー! 随分と時間がかかったものですわね。ようやくですか」


「え!? 知っていたのか」


 僕の質問に聖女様は苦笑するばかりだ。


「誰だって気がつきますよ。さしずめこれから、大きなアプローチを行われるということですね? では、邪魔者はおいとまするとしましょう」


 クラリエルは、そう言い残すとすぐに立ち去ってくれた。気のせいだろうか、少しばかり背中が寂しげに見えるんだけど。


 しかし僕が今考えなくてはいけないのは、そちらではないのだろう。内心緊張した面持ちで待っていたら、とうとう幼馴染みはやってきた。


「お待たせー。ごめんね! ちょっとお買い物に時間がかかっちゃって」


「色々と考え事をしていたから、すぐだったよ」


「ふーん。何考えてたの? 次に挑戦する遺跡のこと? それとももう一人仲間を増やしたい、とか?」


「ううん。ルルアのことを考えてたんだ」


「え? ……あたしのこと?」


「今まで、ちゃんと言ってなかったことがある。忙しかったと言うなら嘘になる。なかなか伝える勇気が持てなかったのかもしれない」


「……」彼女は無表情のまま、僕の側に立っている。


「僕は少しだけ前に、君への気持ちが変わったんだ。今までは幼馴染みであり、親友のようだったれど、そうじゃない」


 僕もまた静かに立ち上がった。ルルアはハッとした顔になり、こちらの瞳の奥までじっと見つめてくる。夕日のなかでも解るほどサファイアの瞳は煌めいて、頬はうっすらと染まっている。


「ナジャ……もしかし……て」


「ルルア。これを、受け取って欲しいんだ」


 僕はおもむろにローブの中に手を伸ばす。はっきり言って恋愛というものには疎すぎるきらいがあり、普通はまず告白からするべきだったと今は思う。


 でも僕には、断られる未来は見えなかった。そして跪き、静かに婚約指輪を差し出す筈だった。


「あ……あれ?」


 僕はローブの中を弄っている。ないぞ!? さっきまであったのにどうして? 金髪の幼馴染みはこちらの異常を察したのか、同じように手を胸のあたりに置いてそわそわする。


「どうしたのナジャ? 何か探してる?」


「う、うん。おかしいな。この辺りに」


「あれ? ローブの中に何かあったよ」


「え、ああ……ごめん。もう少しカッコよくいきたかったのだけど。僕ってちょっと不器用すぎるな」


「え、えええ!?」


 ルルアが目を見開いて耳まで真っ赤にしてる。僕も同じだった。ちょっと待ってよ! あり得ないって!


「この黒いの、名前が入ってるけど……クラリエルさんのブラジャーじゃん! ナジャ……どういうこと!? これって、これってええ!?」


 ルルアがプルプル震え始めた。まずい、実にまずい。


「ちょ、ちょっと待ってルルア! 僕はさっきまでそんな物は持ってなかった! っていうかきっとクラリエルが、」


 あのぬすっと聖女! さては指輪と、あろうことか自分の下着をすり替えやがったな! なんてことをしやがると思っていたところに幼馴染みの両手が迫ってくる。


「ナジャのバカー!」


「い、いや違……あーれえええええー!?」


 ルルアに突き飛ばされ、僕は海辺を超えて大海原までぶっ飛ばされてしまった。いやー、もうどんどん強くなっちゃうから困るよ。ははは。


 結局のところ、僕はまだルルアにプロポーズはできていない。でも、もしかしたらこれで良かったのかもね。流石に性急過ぎたのかもしれない。まずは普通に告白だ。

 ……っていうか、告白もまだできてないけど。


 なんだかんだバタバタしながらも、僕らは冒険を続けている。こうして刺激的で伸び伸びといられる毎日こそが、冒険者にとって一番の報酬なのかもしれない。


 そして今日も新たな依頼を引き受けることになった。ワクワクしてドキドキして、なんだか怖い。そんな依頼をこなしていく毎日が、僕達は大好きなんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギフト「落ちゲー」がウザいと勇者パーティを追放された魔法使い 〜でも実は最高のギフトだったので、幼馴染みと気楽に成り上がります〜 コータ @asadakota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ