第35話 ダクマリーが怖い

 勇者アドルフ一行は、無謀にもSSRランク冒険者でも攻略が難しいと言われる、ゼニス遺跡最深部の探索に挑んでいたが、見事に敗れて退散した。


 そして厄介なことに、今日はまた国王との謁見に向かわなくてはならない。ここ数日勇者達の失敗を気にしていた国王ルンハルトは、どうしてももう一度じっくりと話をしたくなり、急遽召集をかけたのである。


 傷だらけになった鎧が気になって仕方ないアドルフは、今日も帰り道にクレアに八つ当たりをしようと考えていた。


「ちくしょお! なんだってこの俺が失敗続きなんだよ。一体何が原因だ!? おいクレア! 聞いてんのか?」


 またか、とクレアはため息を漏らしそうになる。勇者の考えが読めるようになってきていた。


「聞いてます。あたしは一生懸命やりましたけど」


「落ち着け勇者よ。我々はできうる限りのことをやった。ただ、今回は無謀過ぎた。我々のLvではまだあの依頼は、」


「うるっせえんだよゲル! お前はいつも当たり障りのない役に立たねえアドバイスばかりだ」


「……勇者、アドルフ……」


 そんな中、黙りこくっていた女戦士ダクマリーが、珍しく自分から話しかけてきた。ボロボロなパーティの中で彼女だけは普段と全く変わらない容姿だったが、その目つきだけはいつもと違った。勇者が振り返ると、クレアは杖を胸のあたりに持って後ずさっていた。


「今回の失敗は許されることではない。お仕置きをする」


 アドルフは彼女の言葉にため息をつく。今度ばかりは許さないという怒りが胸の奥から込み上げる。


「お前なぁ! いい加減くだらねえ冗談を抜かしてやが、が!?」


 だが、気がつけばダクマリーの左手はアドルフの首を掴み高く持ち上げていた。あまりにも失礼な行為と思ったアドルフは脇にあった剣を抜こうとしたが、彼女は一瞬で鞘ごとひっぺがし路上に投げた。クレアは慌てて剣を取りいき、ゲルもまた狼狽して彼女を止めにかかる。


「こ、こら! ダクマリー。お前は一体何をしているのだ! 勇者に向かってそのような愚行を」


「ぐ……んんん」


 アドルフは口を開くことができず、ゆっくりと体ごと抱え上げられる。彼女の後頭部付近に背骨を当てられ、首元を左手が、太腿を右手が押さえ込む。そしてじっくりと褐色の腕に力を入れ、勇者の背骨を曲げていく。


「ぎ……ぎああああー!?」


「ダクマリー!? ちょっと、やめなよお。勇者様の背骨を折るつもりなの?」


「そ、そうだぞ。そんなことをしたら」


「…………」


 女戦士はまるで二人の声が聞こえていないようだった。静かにじっくりと勇者の背骨を軋ませ続ける。そのままクライテリオン城への石畳の道を歩き始めた。


「ええー!? ちょっと待って。もしかしてそのまま王様に会いにいくつもり?」


「よさないかダクマリー。これでは笑い者どころではない」


「ぎひいいいいいいい! やめろおおお」


「お仕置き……お仕置き」


 ぶつぶつと口走りながら、ダクマリーはついにそのままの姿勢で王様と謁見に望むのだった。


 ◇


「ふ、ふむ。勇者よ。どうやら今回の依頼も失敗してしまったようじゃな。なんともまあ、不甲斐ないことじゃ!」


「も……もうしわケェええ、ございませんん」


 ダクマリーは確かに膝まずいているが、アドルフを両肩に抱えたままだった。今も背骨を曲げ続けている。


「国王様、無礼をお許しください。遺跡での負傷により、背骨を戦士に支えてもらわねばならぬ故、このような姿勢で謁見しているのでございます」


 自分でも苦しすぎる言い訳に冷や汗が止まらないゲルに、クレアは可哀想な物を見るような流し目で送る。


「ほほう。そうかそうか。全く理解できんが、大変な思いをしておったようじゃな。とにかく、お主らはこのままでは魔王討伐どころではない。今一度、駆け出し冒険者としてやり直す気持ちでいくのだぞ。解ったか勇者よ!」


「ぎょえええええいいいい」


「………」


 女戦士はやはり黙りこくっていた。


「はい! と勇者は申しております」


 ゲルは青白い顔になりつつも勇者のフォローをするしかなかった。しかしそんな中、珍しくダクマリーが口を開く。


「仲間を一人増やす」


 小さなささやきに、国王は首を傾げる。


「ん!? 何か言ったかの?」


「もう一人パーティメンバーに」


「ほう! 新しいメンバーを増やすというのか。どんな者を仲間にするつもりか?」


「……魔法使いナジャ」


 この一言には、ゲルやクレアも動揺を隠せない。


「ダクマリー!? 貴様は何を言い出すのだ」


「あたしもゲルもいるのに?」


「てめええ、何を勝手……うわあああ!」


 アドルフの腰が更に曲がり悲鳴が激しくなっていき、国王も大臣も唖然としているしかなかった。


「ナジャを加える。アドルフとゲルが説得する」


「できるわけがないだろう! そんなことは決して」


「やらなければ、この後もお仕置き」


「や、やるううううう。仲間にしゅる!」


 ろれつが回らないながらも、必死に答える勇者は、もう背骨と腰が限界に達しようとしていた。


「お、おおう。解った勇者一行よ。とりあえず今日はもう下がってよい。うむ、頑張れ」


 しゃんとしたダクマリーとは対照的に、勇者パーティは全体的に覇気がなく、勇者は結局最後まで抱え上げられたままだった。


「王様……本当に大丈夫でしょうか」


「うーん。ちょっとなぁ。こんな謁見は初めてじゃったわい。怖いなー、ああいう女子は」


 帰り道でもダクマリーはまだ不機嫌なままだった。勇者アドルフが解放された後は、今度はゲルを締め上げつつ馬車を探し、一行はアロウザルへと向かうのだった。

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