第33話 必殺の魔法

「よし! ドーラさん、とにかく僕についてきて。ルルア!」


「わ、解った!」


「オッケー!」


 チクチク攻撃を続けていた僕らは、今度はただ逃げるだけになる。パネルからパネルへワープを繰り返し、マジックドラゴンロードはその巨体を落ち着きなく揺らして僕らを探すが、上手くいかずに突進を続けて壁に激突してる。


「ゴオオオオオ!」


 怒りが頂点に達したかもしれない。僕の予想している行動が当たったというか、やっぱりここ一番の魔法を持っていた。今度は全身を金色にさせて強烈な何かを発している。このフロア全体にぶっ放すつもりかも。


「ルルア! ドーラさん! こっちだ!」


 僕はとあるパネルまで駆け出し、二人を誘導する。ほぼ一緒に踏みつけてワープしていった先は、まさにドラゴンの正面、本当にすぐ手前だ。


「えええ!? ちょ、ちょっとナジャ」


「ドーラさん!」


「そ、そうか! やるぞ」


 マジックドラゴンが光魔法を発射したのと、ドーラさんのギフト発動はほぼ同時だった。一瞬世界が真っ白になるような錯覚とともに発動した『女神の聖盾』は、至近距離の光魔法を余すところなく跳ね返し、ドラゴンのバリアに当たり続ける。丸い無敵空間に入っている僕らには、この時一切のダメージはなかった。


 ギリギリのタイミングで猛攻が終わり、ドーラさんのギフトも解除されたところでルルアの出番になる。


「ルルア! 破鉄掌をぶち当ててくれ!」


「うん! はああっ」


 俊足で懐に飛び込んだ幼馴染みが放った破鉄掌は、鉄すら粉砕する掌底であり、崩壊寸前のバリアを粉々にした。いよいよ守りは砕かれた。最後は僕がやる。


「みんな下がって! ……とどめを指す」


 マジックドラゴンは悶絶していたが、すぐに体勢を戻して殺気に満ちた瞳を向ける。右端に高く積んでいたクリスタルの最下層、青いクリスタルを消した時、次々と連鎖が始まった。


 二連鎖、三連鎖、四連鎖、五連鎖……六連鎖、七連鎖まできた。

 そして今回はついに八連鎖までが成功する。


『八連鎖! 攻撃力八倍ボーナス! 赤オーラ発生! クリアポイント増加』


 燃えるような赤いオーラに包まれた僕は杖を振りかざす。


「くらえ!」


 しかし、杖の先から出たのは微かな氷の吹雪だった。


「えええ!? ちょ、ちょっと! どうしちゃったの」


「な!? まずい、まずいぞ」


 ドラゴンの全身がマグマのように赤く染まる。これ以上ないくらい本気の火炎魔法がくる。恐らくは上級火炎魔法ボルケーノだろう。ワープパネルはもうほぼ全て消費してしまい、咄嗟にはかわしようがない業火。でも僕は決して失敗したわけじゃない。


 今のマジックドラゴンはまごうことなく火属性の化物とかしている。だからこそ氷魔法には弱くなる。奴は攻撃してきた魔法の反対属性で返してくるという行為を繰り返していた。だから杖自体の効果を使い、微量の氷で誘い込んだんだ。


 ルルアは一瞬僕を庇おうとし、同様にドーラさんもみんなの盾になろうとした。でも必要ない。これで決まる。


「アイス・ストーム!」


 杖から放たれたどんな吹雪よりも激しく巨大な氷の軍勢が、片時の暇すら与えずマジックドラゴンロードを襲う。


「ギイアオオオオオ!」


 断末魔の響きとともに後退し続けるドラゴンは、流星のような氷に貫かれ続け、その巨大を吹き飛ばされる。地鳴りとともに倒れた魔物の王はもう動かない。


「や、やったぁあ! やったよー! 凄い。ナジャ。凄いよ!」


「あんな化け物を瞬時に葬るとは。まさに並ぶ者のいない魔法使いだ……」


 あまりの喜びのせいか、ルルアがぎゅうう! っと僕を抱きしめてくる。


「そんなことないよ。みんなが、い、いだだだ! ルルア、僕を殺す気……ぬわー!?」


「あ、ごめーん! あははは。ちょっと骨が軋んじゃったね」


 毎回のことだけど痛いです。勘弁してよほんと。


 ◇


 今回ばかりはかなりヤバいと思ったんだけど、僕らは三人でドラゴンロードの上位種をやっつけることに成功した。


 これには自分が一番安堵していた。それにしても、どうしてこう魔物の情報ってあやふやなんだろうね。ルルアは興奮のあまりぴょんぴょん跳ねちゃってて、ドーラさんも少しばかりぼーっとしている様子だ。


「ねえねえナジャ。あたし達ってあれじゃない? ドラゴンスレイヤーなんじゃない」


「まだまだそんな領域には達してないよ。でも、今回の勝利は本当に大きいと思う。さあ、杖を取りに行こう」


 奥にある部屋に入った僕達は、とうとう目当ての宝箱を見つける。中には確かにフンフの杖がしまわれていて、安堵しつつ遺跡を後にした。帰り道で珍しくドーラさんは興奮していて、


「いよいよ私達の苦労が報われるな。ああ……シェザール様は私にどんなお言葉をかけてくれるのだろうか」


 なんて話題を振ってくる。


「はっはっは! よくやったぞドーラ。流石は私の古い知人だ……みたいな感じ?」ルルアはちょっと彼の声を真似てたみたい。


「ルルアよ。君はシェザール様のことを全く解っていない。あの方はもっと爽やかに、こう言うのだ。ああ、ドーラよ。私達の里の為に、こんなにも身を粉にして戦ってくれたとは。そしてあのドラゴンを退治てくれるとは、ああ。君は我々の希望だ。吹き荒ぶ雨雲から現れた太陽、」


「あ! 里が見えてきたぞ」


 ダメだ、ドーラさんの妄想には付き合ってられないよ。流石のルルアも彼女には苦笑いしているようだった。


 ◇


 エルフの里に帰ると、シェザールさんに事の一部始終を報告した。彼は神妙な面持ちで話を聞いていたが、やがてドーラさんをキュンキュンさせそうな微笑みを浮かべる。


「そうか。まさかマジックドラゴンロードが相手だったとは。君達はまさに上級冒険者だね。我々を助けてくれて、本当にありがとう」


「く……シェザール様……なんという勿体ないお言葉!」


 隣で滝のように涙を流すドーラさん。シェザールさんは、後で僕らに沢山報酬を送ってくれるとのこと。とにかくこれで依頼は達成したわけで、そろそろ帰ろうと思うのだけれど、何か忘れてる気がした。


「じゃあみんな、行こうか」


「うん! じゃあねーシェザールさん」


「また手紙を送ります。では、失礼しました」


 うーん。ルルアの軽い感じとドーラさんのちょっと重い感じが見事な対比になっちゃってるなぁ。僕らが長老の家から出ると、エルフの皆さんが集まっていて、


「ありがとう! あなた方には、なんとお礼をすれば」


「この恩は忘れん。必ずお礼をするからな」


 とか感謝の言葉をもらうことになる。ちなみにドーラさんの側には、いがみ合っていたはずのニナさんがやってきていた。


「ま、まあ……今回のことはお礼を言っておくわ。アンタのこと、ちょっと誤解していたかもね」


「ふん。私も、少しムキになりすぎていたかもしれない」


 かなりぎこちない感じだけど、和解できたっぽい。多分だけどね。いろいろあったけど、僕らは無事に帰りの馬車に乗り、アロウザルに戻る……前に一つ。


「もう! せっかくの戦いを堪能できないなんて、残念でしたわ」


「あ! クラリエルさん。もう体は大丈夫なのっ!?」


 ちょっとばかり顔が青くなっている聖女様は、まだ体調が悪そう。そうそう、不謹慎ながら彼女のことを忘れていたんだよね。


「すまなかったよ。僕のカレーには何かが足りなかったみたいだ」


「いえいえ。足りないというより……ゲフンゲフン! 何でもありませんわ」


「とにかく回復したなら良かった。じゃあ帰ろうか」


「ええ。そうしましょうか。しかし、ここの皆様はとても変わったステータスをしておりますのね。魔法で拝見させてもらいましたが、人間とは基本的な能力が異なるようです」


「え? 何よそれ。アンタ、ステータスが見れるっていうの?」ニナさんが興味を持ったらしい。


「はい。ステータスチェック、という魔法が使えますので。よろしければニナ様も見て差し上げましょうか?」


「ちょっと面白そうね。やってみてよ」


「それでは……」


 クラリエルの両眼からエメラルドグリーンを思わせる光が一瞬だけ発せられた。ちょっと楽しみ。


「見えます……見えますわ。ニナ様はLvは64。体力は2023、魔力は1984、物理攻撃力は1622、魔法……」


 淡々とステータスを読み上げるように説明していく聖女様に、ニナさんを含めてみんな感心した。


「凄い! 僕も覚えてみたいなぁ」これは役に立ちそうだ。


「ギフトは自動魔力回復で……あら? どうやらニナ様は、誕生日に皆さんからプレゼントを貰っているようですね。なかでもシェザール様から貰ったマフラーを何よりも大切にしているようです。毎晩ベッドの上でマフラーの匂いをクンカクンカして、」


「ちょっと待って!」


「はい? どうしましたナジャ様?」


「なんでそんなことまで解るんだ? ステータスどころじゃないよ!」


 ニナさんが青い顔になってプルプルしてる。


「う、嘘よ! あたしはそんなことしてないわ! 嘘よー!」


 と言いながら走り去って行った。僕らは呆然とその姿を見送り、聖女様はクスクスしてる。


「うふふふ。ちょっとからかい過ぎましたね。本当はそこまでは解りません」


「えええ、嘘だったの?」ルルアはそわそわしつつ、なぜか僕の背後に隠れた。


「はい。ナジャ様が遺跡に向かっている間、彼女がプレゼントを貰っていたのことを聞いておりましたので、冗談半分で言ってみたのです。ですが、どうやら当たっていたみたいですね」


「そうだったんだ。よ、良かったぁあ……」


 なぜかルルアは深いため息を漏らしていた。どうしたんだろうか? ドーラさんは神妙な面持ちで腕組みをしてる。


「ニナ……やはりシェザール様のことを……」


 みんな思うところがいろいろあるみたい。まあいっか。とにかく終わったんだし!


「からかったりしたらダメだよ。じゃあ帰ろう!」


 なんだかんだあったけれど、とにかく僕らは無事依頼を終えて、それぞれの場所へ帰ることができたんだ。

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