第17話 襲われちゃったよ

「尻尾? 一体何の話だ」


 昼間とは違い緑髪をポニーテールにしているエルフさんは、眉をひそめて聖女から目を逸らさない。


「うふふ。実はですね。屋敷に入ってからというもの、コソコソと人目を気にしながら歩き回っているあなたを何度も見かけたのです。ドーラさんあなた……宝物庫をお探しなのではありませんか?」


 ヴェネディオ様の財産はほとんどが宝物庫に隠されているらしいんだけど、誰も正確な場所を教えてもらってない。よほど普段から人を信頼していないのか知らないけど、かなり用心深いことは確かだよね。泥棒なら、まず宝物庫を狙うだろう。


「ああ、探しているとも。それがどうかしたのか」


「えええ! ちょ、ちょっと待ってよぉ。じゃあもしかして、ドーラさんが予告状を送りつけた泥棒、」


 目を白黒させている金髪幼馴染みの言葉に、ドーラさんは少しばかり動揺して身構えた。


「馬鹿を言うな! 私は一番守らなくてはいけないものを知りたかっただけだ。依頼をしくじることになりかねんからな」


「うふふふ。本当は何の依頼も受けてはいないのでは? 元よりあなたは招かれざる客人であり、冒険者のフリをして屋敷に忍び込んだ盗賊だったりして」


「貴様……あくまでこの私を盗人扱いするつもりか」


 これはそろそろ止めないとヤバい。万が一でもドーラさんが剣を抜いたら大変だ。


「ちょっと待った! やめてくれよこんな所で争うのは。彼女が盗賊だっていう証拠はないじゃないか」


「そうだよっ。クラリエルさんってば、せっかちすぎだよ」


 まさかルルアにせっかちだと指摘される人が出てくるなんて。しかし転機っていうのは突然訪れるもので、屋敷の上からすごい勢いで足音が近づいてきた。それは誰あろうヴェネディオ様の足音で、彼はドギマギした顔で息を切らしながら、


「お前ら! そこをどけ!」と駆け抜けていった。


「何なのー。感じ悪!」


 何かあったのかな。ドーラさんはすぐに彼の後をついていこうとしたが、途中でヴェネディオの罵声が聞こえた。ついてくれるなと怒鳴られたんだろうか。


 ◇


 その後も交代で見回りは続いたが、これといって何事も起こる様子はない。二時間おきに見回りと仮眠を交代でする感じなんだけど、今は僕とクラリエルさんで廊下を歩いてる。ちょうど一番夜ふけというか、お化けが出てくるベストタイミングな時間でもあった。


「怖いわ……。ナジャ様。少しだけ、腕を触らせてもらえませんか? 私、暗い所は苦手で」


「え? ええ。どうぞ」


 何気なくOKをしたものの、ちょっとだけ後悔する事態に陥る。彼女は腕を掴んでいるというより、なんか胸を押し付けているとしか思えなかったからだ。ちょっとちょっと、何ですか突然に。


「ねーえナジャ様。ちょっとヴェネディオ様の様子を見に行きません? あれからずっと奥の部屋に閉じこもっていますわ。もしかしたら、財宝に何かあったのかも」


「財宝? どういうことです?」


 その一言は意外だったので、僕は思わず聞き返す。


「うふふ。彼が引きこもったあの部屋、きっとあそこにこそ財宝があります。私には特別なスキルがありますから、知りたくなくても、解ってしまうのですよ」


「聖女のスキルって、そういうのがあるんですね。知らなかった」


「いいえ。これは別のジョブです」


 ああ、そうか。聖女っていうジョブは他のジョブとは大きな違いが一つあって、もう一つ分のジョブスキルを与えられているんだ。例えば聖女と魔法使いとか、聖女と吟遊詩人とか。もしかしたら魔法スキルを持っていて、実質賢者のような活躍ができるのかもしれない。聖女が冒険者に人気がある理由の一つなんだ。


「彼がすれ違いざまに鍵を手にしていたでしょう。あれはとても大きなドア用のものです。恐らく、あの部屋に隠し部屋でもあるのではないかしら。そして奥には金銀財宝が」


「あのー。クラリエルさん」


「うふふふ。ドーラさんの次なる手が見ものですね。どうやって私達の目を掻い潜るおつもりなのか」


「なんか話にも警備にも集中できないんですけど!」


「あら? どうしてです?」


「当たってます! 柔らかいものが当たっています!」


 なんという胸の圧力だろう。僕は一瞬の隙をついてクラリエルさんの腕からするりと抜け、前を歩き出した。このままじゃ警備に全く集中できないって。


「もう……お堅い人ですね。モテそうなお顔なのに勿体ないですわ」


「僕がですか? 全く、どういう風に見たらモテそうに見えるんです」


 こんな冴えない顔してるっていうのに。スッと隣に並んできた青髪のお姉さんはなんか楽しそうだった。


「うふふふ。素敵ですよぉ。ルルアさんは特にあなたに、」


 その時だった。聖女様の背後の窓がカッと光ったと思ったら、猛烈な爆発が遠くから鳴り響いたんだ。


「う、うわわわ!? な、何だ! 何だぁ!?」


 とヴェネディオ様がビビりながら例の部屋から飛び出して、見事に前のめりに転んでいた。本当は小心者なのかな。そんなことを考えている場合でもなかった。何か嫌な予感がする。


「今のは……まさか襲われたのか? クラリエルさん、行こう!」


「承知しました」


 さっきまでの威厳が綺麗に吹っ飛んだヴェネディオ様に背を向け、僕らは屋敷の外へ走り出した。


 ◇


 庭には護衛の人達と冒険者も大勢集まっていた。どうやら屋敷を囲む壁に、大きな穴が開けられてしまったようだ。


「ナジャー! クラリエルさん。どうしたのこれぇー!?」


 慌てた感じでルルアが屋敷から駆けてくる。内部が手薄になっちゃうので、ちょっとこの状況はまずい。


「解らない。でも、これから穏やかじゃないことが始まりそうな気がするよ」


「お二人とも。どうやらお客様が来場されたようですよ」


 僕は周囲を見渡して、彼女の言わんとしていることを理解した。庭の少し向こうには森があり、山が見える。でも、昼間に見ていた景色とは異なっていて、より一層不気味な予感をつのらせてくれる。


「こいつら随分変わった真似をするね」


「え? え、なになに? どうしたの」


「よく見るんだ。昨日はこんなに木々はなかったはずだよ。本物の木と自分達をカモフラージュさせながら、ゆっくり近づいてる。デストレントだと思う」


「えええー! ホントだ。二人とも、よく気がついたよね」


「みんな! この屋敷はトレント達に包囲されているぞ!」


 とにかく早く知らせるべく、僕は大声を張り上げる。しかし森の中で偽装していたデストレント達は、充分に包囲が完了したと見たのか、突然走り出した。護衛の冒険者達はようやく事態を察知したが、あまりにも唐突な事態にどう行動していいのか解らない様子だった。


 魔物の数ははっきりと認識できないが、昼間の平原で戦っときよりも数が多いことは間違いない。さらに厄介なことに、デストレントに隠れて何十匹とワーウルフや巨大カエルがいたらしく、一目散に突撃してくる。


「くそぉ。みんな、応戦しろぉ!」


 屋敷を警備していた冒険者の一声で、ようやくみんなが戦闘態勢を取る。でも先制攻撃をかけてきた魔物達は、時として人間の想像を遥かに超える攻撃を繰り出してくる。早く何とかしないといけない。


 僕も杖を構え、『落ちゲー』を発動させる。魔法使いや賢者も中にはいるし、広範囲の魔法をいかに当てていくかが勝負になりそうだ。乱戦になりつつ、僕はとにかくクリスタルを積み始めた。それにしてもこの魔物達、みんな目が青く光ってるしなにか不自然に感じる。以前戦った種族もいるけど、こんな瞳の色はしていなかったはずだ。


 剣を持ったワーウルフもデストレントも余計な声を発せず、カエルもまるで人形のように人間を襲い続ける。どうも不自然だ。


 そんな時、うっすらだが奇妙な魔力を感じた。とっさにヴェネディオ邸に視線を向けると、黒い影が中に入っていく姿が見える。もしかして、この魔物達を操っている奴がいるのかも。とにかく止めなくてはいけないけど、僕はこの場を何とかする必要がありそうだ。応戦している人々から悲鳴があがり、状況は切迫している。


「ルルア! クラリエルさん! 屋敷に侵入した奴らがいる。ヴェネディオ様のところへ急いでくれ!」


「え? う、嘘!? いつの間に?」


 ルルアが後ろ回し蹴りや正拳突きをワーウルフに喰らわせつつ目を丸くしている。


「あらあら。犯人はドーラさんではありませんでしたか。ではルルアさん、参りましょう」


「う……うん! ナジャ! 絶対死なないでね」


「ああ、僕は大丈夫」


「絶対だよ! 信じてるからねっ」


 二人は屋敷の中へ駆けていった。ルルアはかなりの攻撃力を持つ武闘家だが、まだ経験が浅い。でもクラリエルさんが支援することでお互いの短所を補い、何とか対応できると思う。しかも中にはドーラさん達もいるはずだ。


 冒険者達の戦いは続いているが、こちらはまた劣勢であるように思われた。でも僕はある程度の勝算はもうできていたので、冷静に戦うことができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る