第16話 君が盗賊?

 あくまで警護が目的とはいえ、貴族のパーティーに参加できちゃうなんて夢にも思わなかった。


 まだ日中だというのに、屋敷の大広間でみんなが飲んだり踊ったりしてる。しかし、ここで庶民の感覚が邪魔をするというか、僕とルルアは端っこで固まっていた。


 僕はよく執事さんが着ているような燕尾服えんびふくだけど、ルルアはクラリエルさんの要望のもと、桃色の派手なドレスを着させられている。


「な、なんか。あたし達ってホントに場違いな感じだよねえ」


「ルルアは場違いでもないと思うけど。似合ってるよ。その服」


「え……? あ、ありがと!」強張った顔だった彼女は、いつもどおりの子供っぽい笑顔になった。


 お世辞じゃなくて本当にそうだったんだよね。事実ルルアをダンスに誘ってくる人もいれば、チラチラと視線を送ってくる人も結構いる。親しげに話しかけてくる男もいるわで、なんだか忙しそう。そのせいか、しばらくしてからというもの、僕の付近が定位置になってしまった。


「よくお似合いですわ。お二人とも」


 黒のドレスに身を包んだ聖女様は、もう空気感からして他の参加者達とは一線を画しているようだ。そんな彼女を見つけるや否や、他の貴族達に自慢話を何周にも渡って続けていたヴェネディオ様がやってきて、


「いやはやー。今回の参加者は美人揃いで困る。特にクラリエル殿。あなたはやはり絶世の美女ですな。陳腐な表現しか浮かばず申し訳ないと思うほどに」


 なんて鼻の下を伸ばしながら喋りかけてくる。うわー酒臭い。


「私などの身に余るお言葉ですわ。ところでヴェネディオ様。本日はくれぐれも、お気をつけくださいますよう」


「はっはっは! なーに。心配などいりませぬ。国王からも認められているこのヴェネディオが、下らぬ俗物などに屋敷を荒らされはしませんよ。おい、そこのお前」


 突然声色が変わったかと思ったら、僕に話しかけてるのか。


「はい」


「はい、ではないわ! くれぐれも警備を怠るなよ。腑抜けた顔で会場に突っ立ってないで、見張りくらいしてきたらどうなのだ?」


「彼と隣にいらっしゃるルルアさんは、私の仲間でありボディガードです」


 クラリエルさんの一言で、大貴族様は慌てて苦笑いを浮かべた。


「あー! そうだったのか。それは失礼しましたなぁ。では後ほど、またお話致しましょう」


 去り際になぜかこっちを睨みつけていったような……なんか嫌な感じの人だなと思ったのは僕だけではなかったらしくルルアも同じだったらしい。


「なんかさー、陰険そうな人じゃない? ねーえクラリエルさん。あの人のお屋敷を守る仕事って、ちょっと気分悪くない?」


「お気持ちは理解できますが、報酬はそれなりに高額ですから。お仕事自体は楽になるかと思いますよ」


「まあしょうがないよ。依頼を受けたからには」


 僕はとりあえず丸テーブルに置かれていたステーキをいただいていた。やっぱりお金持ちのパーティーだけあって、豪華な料理ばっかりだから、自然と夢中になって食べちゃうんだよね。でも聖女様はちょっと浮かない顔をしてる。


「ヴェネディオ様は確かに国王から認められてはいるのですが、いろいろと黒い噂が絶えない人です。それと、所有している土地の領民からは相当な税金を巻き上げているご様子で、あの方を恨んでいらっしゃるのは一人や二人ではないそうですよ」


 陰険さが顔に出ていたし、何となく想像はつく。しかし、財宝を盗む予告をするなんて大胆すぎるなぁ。それとこの広間に来てすぐに感じたんだけど、一つだけ場違いなものがあったんだよ。


「ところで、広間の中心に展示されているあの剣は何ですか?」


「本当だよねー。厳重に柵が敷かれてるうえに、透明のケースで保護されてるよ。何でここに置いてあるの?」


 ルルアも不思議そうに目をパチクリさせてる。なんか黒い呪われてそうな剣が、こんな華やかな広間の中心に置かれているわけだけれど、特に気にしている人はほとんどいない。


「あれは魔剣ゼクスと呼ばれておりまして、ヴェネディオ様の家系が代々、国王より預けられている品ですわ。何でも、必ず守り通さなくてはならない一品であり、国王から厚い信頼がある人間にしか任せられないとか……」


 あれは国王からの信頼の証でもあるということなのか。何でそんな品を預けているんだろうと考えていたら、いつの間にかクラリエルさんは僕のすぐ側まで歩み寄っていた。


「何も深く考え込む必要はありませんわ。さてナジャ様。一緒に躍りませんか?」


「え!? 僕がですか。いえ、そういうのはちょっと」


「うふふふ。ご心配には及びません。私がリードしますからご安心を」


 ここ数日で一番の無茶振りをされて、困惑が顔に出てしまう。ダンスなんて人生で一度もやったことないのに、いっぱい人のいる前なんて恥ずかしくてできないよ。っていうか、クラリエルさんならほっといても、誰かしらから声がかかると思うんだけど。


 ちょっと戸惑っていると、青髪の美女はまるで子供を世話するお母さんみたいな空気感を出しつつ、僕に右手を差し出してくる。


「誰でも最初は上手くできないものです。笑う者などおりませんよ。宜しければ……」


 悩むものの、ここまでされちゃったら断れないなぁ。僕はたどたどしく彼女の右手をとり、そのまま進もうとしたんだ。でも……。


「んむ!? あれ? 前に行けないぞ。なんで?」


 どういうわけか僕は前に進めない。ハッと下を見ると、実はルルアの小さな両手が腰付近をしっかりと掴み、進ませまいとしていた。


「ううう……置いてかないでよぉ」


 半泣きで見上げてくる幼馴染みに、僕は苦笑いするしかなかった。


 ◇


 パーティーは無事終了し、貴族のお偉いさん達は満足げに帰路についた。僕らはいよいよ屋敷の警護に集中できる。それとヴェネディオ様は自室に引きこもってるみたい。


 警備は屋敷の外と屋敷の中でグループ分けされており、僕ら以外にも元々警備していた人もいるわけで。そう考えるとかなりの人数で溢れかえっているわけだし、この状況で盗めるとはやっぱり思えない。


 普段の服装に戻れたことに安堵していたらお呼びの声がかかり、一階大広間に屋敷内を警備するグループが集合した。全部で二十名くらいで、平原で一緒に戦った冒険者もいる。最初に声をあげたのはエルフのドーラさん。


「私はSRランクの冒険者ドーラだ。今夜は何としても、浅ましい賊から屋敷の財産を守らねばならない。これは大貴族である彼と、冒険者である我々のメンツの問題でもある。できれば分担してことに当たりたい。パトロールは一階と二階と三階、それぞれチームを組んで回ることにしよう」


「はーい」と、僕の隣にいたルルアが元気よく返事をする。でもちょっとばかりゆるい声だから、なんか気が抜けてしまう。


 分担はわりかし簡単な決め方で、ヴァネディオ様の寝室がある三階にはSランクとSRランクの冒険者達、二階にはドーラさんと彼女のパーティメンバー、一階が僕達とAランクの冒険者二名という割り振りになった。


 そして今は深夜の時間帯になり、交代で見回りを続けているわけなんだけど。


「ひゃああ! お、お化けぇっ!?」


「違うよ。あれはカーテンが揺れたんだよ」


「あ! そうなんだ。良かったー」


「僕は良くないけどね。って折れる! 腕が折れる!」


「あ、ごめーん。えへへへ」


 今はルルアと二人で消灯後の廊下を歩いていた。でも怖がりな彼女は、何かあると飛び跳ねて僕に抱きついてくる。抱きつかれた箇所は例外なくダメージを受けてしまうので、このままだと死んじゃう気がする。何で仲間に殺されそうになってるんだろ。


「でもでも。なんかこういうの、久しぶりじゃない?」


「え?」


「ほらー。あたしとナジャで小さい頃、肝試しに行ったりしてたじゃん」


「ルルアはあの頃から変わってないよね。怖がりなところは」


「ナジャは全然驚かなくなったよね。知らないうちにカッコよくなってるし」


「え? 僕のどこがカッコいいんだ。変な魔法使いじゃないか。戦う度におかしなギフトが出てくるしさ」


「個性的っていうんだよ。ねえナジャ、あた……しぃいいいい!?」


 この発声には僕までビックリして、ランプを落としそうになっちゃった。慌てて振り向くと、どういうわけか同じように身を硬らせている人がいる。


「ドーラさんじゃないか! どうしたんだい……こんな所で」


「あ、ああ。交代で見回りをしているんだが、私の番でな」


「え。でもドーラさんは二階を警備するって言ってたよね?」ルルアがキョトンとした顔で尋ねる。


「うむ。そうなのだが、ちょっと一階で怪しい物音がしたものだから。しかしどうやら君達だったようだな。いやぁ、少しばかり神経質になっていたようだ。ははは」


 彼女は平原で戦った時や、大広間でリーダーシップをとっていた時とは違い、何か落ち着きがない印象を受けた。何か不自然で、嘘を隠しているような……そんな感じ。


「まあ。こんな所で尻尾を出してしまったんですの? ドーラさん」


 不意に背後からヒールの足音ともに聖女が現れる。微笑んではいるけど、瞳はナイフの先みたいに鋭くて、じっとドーラさんから目を離さなかったんだ。

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