第2話 童貞神

 俺の記憶の中で一番近い表現をするなら「西洋風」という言葉が適任であろうか。

 気が付いた時には、見慣れない町の前に佇んでいた。


「Hey パラス 検索 異世界での生活の仕方」


 頭上にあるパラス人形を使ってこの世界での生き方を検索してみた。


「死ね」

 返ってきたのは血も涙もない回答だった。

 これだからツンデレは困るんだ。


「冗談だ。とりあえずは、この世界で生きていけるだけの基盤作成から始めようぜ。いくら俺が最強だったとしても飯を食わなきゃ死ぬだろうしな」


 衣食住の充実は安定した「魔王攻略」では必須科目と言ってもいい。

 何十年という時間を激務で費やした俺だからこそのだ、衣食住をおろそかにしたやつの末路というものを。


「最高ランクの『ケテル』に到達している貴方が、餓死するなんていう状況になるとは思えませんがね」


「ほんとかよ。まぁ、信じないけどな。そういえば、【童貞力】には十の階級があるんだっけか? 念のために全部教えてくれないか?」


 今後、相手のレベルを知っておかないと面倒なことになる可能性がある。

 そう、場合によっては力加減が出来ず殺してしまったりするかもしれない。


「相変わらず勤勉ですね。その勤勉さを童貞卒業に生かせばよかったのに。さて、十階級の説明をさせてもらいますね。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 第一階位 ケテル

 第二階位 コクマー

 第三階位 ビナー

 第四階位 ケセド

 第五階位 ケブラー

 第六階位 ティファレト

 第七階位 ネツァク

 第八階位 ホド

 第九階位 イェソド

 第十階位 マルクト 


 基本的には数字が小さくなるにつれて力が強くなっていきます。

 「ステータス」と宣言すれば自身が今どの階位に位置するのか確認できます。

 「ステータス」の確認は『ケテル』の階位に到達していないとできないので注意が必要です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なるほど。ある一定の階位に到達していないとできなことがあるのか。とりあえずは、ステータス」

 「ステータス」の宣言と同時に自身の情報が載ったウィンドウが開いた。

 

「まるでゲームだな。攻撃値は99999で防御値も99999か、芸がないな。」

 自身の情報をとりあえずは流し見をした。

 ある程度確認し終わった後に、一番上にないやら気になる記述があるのを発見した。


「なぁ、この【童貞名】≪童貞神ゴッドオブヴァージン≫ってなんだ?」

 全く嬉しくない単語が書かれていて頭の頭痛が痛くなる。


「それは書かれている通りただの童貞名です。 わかりやすく表現するなら、『二つ名』の様なものですね。そこに何も書かれていないようであれば『経験者』という事になりますね」


 パラス人形の説明を受けてとある疑問が頭に浮かんだ。


「ステータス」

 宣言とともにのステータスを開く。

 ステータス表はノイズのせいで全く見ることが出来なかった。


「キャアアアアアアッッッ!!!!!」

 突然パラス人形が悲鳴を上げジタバタし始めた。

 普通に近所迷惑だからやめろ。


「おいうるさいぞ! 頭の上でクロールするな! それに、そこまで気にすることじゃないだろ?」


 人形体にも関わらず、やや顔を赤く染めながら答える。


「貴方は馬鹿ですかッ!? 私言いましたよね? これでも『乙女』だって! それをなんですか"そこまで気にすることじゃない"って! 次やったら頭の上で自爆して全部吹っ飛ばしますよ!」


 俺の頭を短い手でペシペシしながら必死に抗議する。


「悪かった悪かったって。とりあえずは今ので相手のステータスを確認できることが分かったから感謝するよ。ありがとう。」


「今回だけですからね! それでこれから町に入るんでしょう? それならスキルを使って潜入しましょう。」


「いや待て、潜入ってそれ完全に違法行為なんじゃないのか!? 普通に城門から入ろうぜ。 」

 異世界に来てまでなんで犯罪行為をしなければならないのか理解が出来なかった。


「だって今お金持っていませんよね? それに世界を救うためなら多少の犯罪は許されるでしょう。何せ、この私がそれを許すのですから」

 一切の悪びれもなくその人形は犯罪行為に手を染めろと助言してきた。


「なるほどな、一理ある。確かにスキルとやらを使えば無銭入城が出来るんだろうとは思うよ。でもな、」


 一呼吸を置いて、まるで野球の投手かの様に片足を大きく上げる。


「俺は誰も見ていない時でも信号は待つ派なんだよ!!!!!!!!!」


「え?」


 パラスが「自分が投げられている事」を認識するよりも早く、城門にいる憲兵に対して

 絶叫すらも置き去りにする完璧な投球で、そのまま空を螺旋状に回りながら憲兵の体にクリーンヒットし見事に撃沈させた。


 憲兵アウト‼チェンジ‼


「女神だからといって何をしても許されるわけじゃない。神よ、俺が代わりに邪な考えをする女神を罰しておきました、だから彼女の罪を許したまえ」


 天に祈りをささげた後に、倒れた憲兵を抱きかかえながら門の中に入る。

 ついでに目を回しているパラス人形を頭に乗っけて回収した。


「どなたかお医者様はいませんか! 城門前で憲兵さんが突然倒れました! 誰か!」


 近くにいた40代くらいの男の人が駆け寄ってきた。

 その男性は俺の方をちらっと見てから話しかけてきた。


「私は医者だ、容体を見せてくれ」

 手際良く憲兵の上半身を脱がせて状態を確認する。


「ふむ、命に別状はなさそうだ。ただ念のために一度ちゃんとした診察がしたいから、私の病室がある所まで運んではくれないだろうか?」


 よし、作戦成功だ。 

 これで金を払わずに入城できる。

 あくまで俺は人形遊びをしていただけであって、今回のこれはただの事故に他ならない。

 倒れた憲兵を担ぎ上げて、おっさんの後に付いていく。


「ちょっと! これどう見ても私が提案した侵入作戦よりも重罪じゃないですか! それよりも、なんで私を投げたんですか!」 

 丁度俺にしか聞こえない声量で再度ペシペシと抗議してきた。


「知ってるか? 古今東西、人助けのためなら多少の事は罪にならないんだぜ? 何せ±プラスだからな。因みにパラスを投げたのは丁度手の届く範囲にいたからだな」


「いや、それ私の『世界を救うためなら多少の罪は許される』と同程度か、それ以下の理論じゃないですか! 後、一応は感覚などはリンクしているので、私の扱いはもっと丁寧にしてください!」


「まぁ、全部うまくいったしオールオッケー。 それに『感覚がリンクしている』みたいな重要な情報は最初に話しておけよ。そう言えば、周りを見て気が付いたけど猫耳生えたやつらがちらほらいるな」


 さらに言えば、犬耳やウサギ耳、馬の様な尻尾が生えている者も見受けられた。


「はぁー、まぁ今回はやむおえない状況であったと観念します。この町は確か『にゃんにゃんタウン』と言って猫耳族の方が建てられた町で、人口の約七割が獣人系で残りが人間族になっている比較的安全な所ですね」


…………にゃんにゃんタウンって正気か? 

 そんな名前の町で住む勇気がある人間なんているわけ……あっ…(察し)


「つまりは、ケモナータウンって事か。なんでこんな業の不快ところに来てしまったんだ……」


 50代の頃、隣の家に引っ越してきた田中さん(48歳)を思い出す。

 普段はとても気優しそうな方で、近所でも評判のいいおじさんだった。

 だけどある日の深夜、私はコンビニにコーヒーを買いに行った事があった。

 周りの家々は寝静まり返っており、静寂に輝く月が私をお出迎えしてくれていた。

 そんな美しい一コマにとある光景が映り込んでしまった。

 そう、田中さんが股間を膨らませながら猫を撫でていたのである。

 最初は見間違いだと思った。

 しかし、私が話しかけようと思った近寄った瞬間、彼は膨らんだアレをズボンから解放し猫に押し当てようとしていた。

 咄嗟に駆け寄り、ギリギリの所で田中さんの蛮行を止めることに成功した私は、すぐさま警察に連絡し、彼はそのまま警察に連れていかれた。

 その後、田中さん宅は売りに出され彼の姿を以後見ることはなかった。


「田中さん今どこで何してるんだろ……」


「田中さんって誰ですか? 訳の分からない事言ってないでちゃんと仕事はしてください。ほら、どうやら着いたみたいですよ」


 どうやら過去回想している間に目的地に着いたらしい。

 担ぎあげていた憲兵を地面に落とさないように慎重になりつつ、やや視線を上に傾けた。

 

 『にゃんにゃんホスピタル~貴方の傷にわんわんしちゃうぞ♡~』


 吐き気を催すほど邪悪な看板がそこにはあった。


「——————なぁ……これ一回魔王軍に世界滅ぼしてもらった方がいいんじゃないか?」


「私がこっちの世界から目を離していた隙にいったい何が……」

 流石の女神もドン引きを隠せずにいた。


 すると、薬局ほどの大きさの建物から、可愛らしい猫耳娘が出てきた。


「ここまで運んでくれてありがとうお兄ちゃん! 後は私が運ぶからもう大丈夫だよ!」


 そう言うと、二回りは大きいであろう憲兵の身体を軽々と担ぎ上げ中に運んで行った。


「よし。ファーストミッションクリアだ! 」


 当初の予定であった「町の中に入る」は無事に達成できた。

 

「絶対に<スキル>を使った方が楽だったのに」


「おいおい、誰かを救って町に入れたのだから御の字だろ?」


「いや、どう考えたってただのマッチポンプじゃないですか! 救うも何もないですよ!」


「わかってないな。俺は彼を労働という名の『鎖』から救ってやったんだよ。もし彼が『仕事命!仕事大好き』であったとしても俺は同じ事をしただろうね。人間てのは社会の歯車に組み込まれた瞬間、どこか壊れちまうものなんだよな。一番怖いのは思い込み、特に『大丈夫』みたいなポジティブな事を言っているやつは注意が必要だ。」


「良い事を言っている風に見えますが、それって結局は道貞さんの主観でしかないと思うんですが。」


「確かに。」

 ぐうの音も出ないくらいの正論が飛んできた。


「まぁ、何はともあれ一歩進展したことだし次の目標を決めるぞ」


「とりあえずは、『拠点』作りが安定ではありますね」

 

「よし、次の目標は……」


 一拍置いてからオレは声高らかに宣言した。


『魔王軍狩りじゃあああああああ!!!!!』


「えええぇぇぇぇッッッ!!!!!私の話聞いてました!? 」

 

 当然の疑問である。

 一般的な流れで行くなら次は「拠点の確保」や、「お使いクエスト的なもので金策」などが鉄板である。


「甘えるな! 何をするのにも金金金だ。どうせ金を稼ぐんなら魔王軍狩りが一番効率いいだろう? この町のどこかに『魔王軍の一部が道を塞いで通れません!誰か助けてください』みたいなクエストがあるに違いない」

  

「た、確かに効率的かもしれませんがリスクが高いのでは? 道貞さんは結構強いですけど、油断は時として足元を容易に掬い取りますよ?」


「むしろ逆だよ。一切の戦闘チュートリアルなしで、幹部クラスのやつと出くわしでもしてみろ? 一瞬でゲームオーバーになる可能性がある。」

 どんなに強大な力を持っていても、使い方を知らなければ宝の持ち腐れという物だ。


「よし! とりあえずは、町中を周ってそれらしいクエストを探s―――」


『——————ッッッ!!!』


 早速歩き出そうとした刹那、前方からとてつもない力が歩いてきた。


「おいおいおい嘘だろ!?」


『やはりあなたでしたか。見た目が若返っている影響で確信は持てませんでしたが、お久しぶりですね童蓮司道貞どうれんじみちさださん。』


 昔の見慣れた小奇麗さはとうに失われ、汚い白地のシャツに、サンダル、ビール腹。行きつくところまで行きついてしまった『元隣人』がそこにはいた。



「……う、嘘だろ? こんな所でなにやってんだよ田中さんッッッ!!!」


 吐き気を催すほどの邪悪な笑みを浮かべながら、口を「にちゃり」と開く。


『なに、そうせかさんな。まずは久しぶりの再会なので名乗らせてもらいましょうか』

 見た目からは想像がつかない力の放流が「威圧」となって俺の体を襲う。


『魔王軍幹部 七大罪が一つ≪怠惰の罪≫田中猫蔵たなかねこぞうと申すものです。』


『お久しぶりですねぇ』


 気が付いた時には周囲の人影はいなくなっており、ただ一つの≪怠惰≫ぜつぼうがそこにはあった。

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