第32話 『交際』終了?

 ────商店街 White Snow


 黒田優美と別れた後、茂木恋は予定通り白雪有紗の家へとやってきた。

 彼女の家──『White Snow』は赤い垂れ幕と白い外装と言う全体的にショートケーキのような雰囲気を感じさせる洋菓子店であった。

 入り口付近に設置されたウサギの石造にブラックボードが掛けられており、本日のオススメが書かれている。

 茂木恋は洋菓子店に行くことなど普段ないが、白雪有紗の家のそれは中々にお洒落であることはわかった。

 なるほど人気が出るわけだと、彼は心の中で感嘆していた。


 時間はおやつ時。

 店内には何ペアかの女性客が既に入っていることが、透明な窓ガラスから分かった。


 女性しか中にいないことから若干の入り辛さを感じながらも、茂木恋は意を決して木製のドアに手をかけた。


 店内は最近暑くなってきた気温を忘れさるほどに冷房が効いていた。

 暑いと菓子類がダメになってしまうからであろう。

 茂木恋にとっては自転車を漕いできて少し暑くなった身体を冷やすのに最高だった。


 カウンターの方を見てみるが、彼の知る女の子はそこにはいなかった。

 家族経営と聞いていたため、カウンターにいた柔和そうな白髪の女性に話しかける。


「あの、すいません。茂木というのですけど」

「いらっしゃいませ……って、あなたが茂木くんか。有紗から話は聞いてるよ。中に入って」


 気さくな受付の女性は、彼に家の中に入るように促す。

 確信はなかったが、どうやら白雪有紗の母だったらしい。


 カウンターの奥にある部屋に入るとそこは厨房となっていた。

 いるだけでお腹がすく、甘い匂いが充満したそこに、ビニールの帽子……衛生頭巾をかぶった白雪有紗の姿があった。


「有紗、そこまでにして部屋に戻りなさい。後はお母さんたちがやっておくから」

「うん。お母さんお願い。……茂木くん。ついて来て」

「お、お邪魔します……」


 白雪有紗に久しぶりに普通の口調で話されて少し緊張してしまう茂木恋。

 彼女は大抵丁寧口調で話すが、実際は同年代に対して水上かえでのように淡白な口調で話すようである。


 厨房を抜けると、茶色い木の階段が現れた。

 下駄箱もあり、ここが白雪家の実質的な玄関であることが伺えた。


 木の匂いのする階段を上がり、彼女の部屋に入る。

 茂木恋は白雪有紗の部屋は水上かえでのように女の子女の子している部屋だと想像していた。

 しかし、現実は非常に質素な畳の部屋。

 学習机の上は綺麗に整頓されており、部屋の隅の方にはウサギの人形がざっと10匹以上固められているくらいである。


「白雪さんの部屋、すごく綺麗だね」

「整理整頓は心がけていますので。それに、私の部屋で1番物が多いのはここではありませんから」


 白雪有紗はそういうと、クローゼットを開く。

 中には、これまでのデートなどで着ていたような、白黒だったりピンクだったりのフリルのついた洋服が詰まっていた。

 どうやら白雪有紗は量産型だったり地雷系なファッションしか揃えていないようである。


 並べられた服を見て茂木恋はゴクリと唾を飲みこんだ。

 女子のクローゼットを覗くようなことは未だかつてなかったため、少し緊張してしまったのだ。


「な、なんというか特徴的な洋服ばかりだね。個性があっていいと思う」

「そうでしょうか? 自分の服装について他人から何か言われたことがありませんので、これが個性的なのか判断しかねます。しかし、恋様がそうおっしゃるのでしたら、きっとそうなのでしょう」

「俺の意見を全体意見みたいに捉えないでくれ」

「いいのです。私にとっては恋様が全てですから」

「ぐっ……それを言われると話を切り出しづらい……」


 茂木恋は都合が悪そうな顔でそういった。

 クローゼットを一度閉じると、彼女はちゃぶ台の前に正座した。


「恋様、せっかくですのでショートケーキを食べて行ってください。当店で1番の人気なのです」

「あ、これが噂のショートケーキなんだね。ありがたくいただくよ」


 茂木恋は赤い苺がちょこんと乗ったショートケーキを一口食べる。

 一口、二口と食べて、彼はウンウンと頷きながらその味を噛み締めていた。


「これかなり美味しいね! 中の苺の部分がジャムになってるのが個人的には最高だよ。普通ないよねこういうの」

「それは良かったです。中の苺を生にしないことについて賛否両論あると聞きますが、流石は恋様。よくわかっていられます」

「まあ俺はショートケーキに特別な思い入れがあるわけじゃないからね。もしかしたらショートケーキ愛好家からしたら中に苺が入っていないのは邪道だとかいうのかもしれないけどさ、個人的には前々から生の苺が入ってるのは食べにくいって思ってたよ」


 彼の意見に白雪有紗は賛同した。

 茂木恋はずいぶんとこのケーキが気に入ったのか、食べながら次々と感想を落としていく。


「それと、ジャムと言っても甘さ控えめじゃないのかいいね。テレビとかで『甘さ控えめで美味しいです』とかいうレビューがあるけどさ、あれって甘さが足りないことのリフレーミングだと思うんだよね。甘さは控えめにする必要なんてないんだよ。そりゃあ限度だってあるけど、基本的に甘いものは美味しい」

「恋様は相当な甘党であらせられるのですね」

「確かにどちらかといえば甘党かな。学校の昼ごはんでこれまでずっとあんパン食べるくらいには甘党だよ。白雪さんはお昼ごはんは普段何を食べてるの?」

「大抵スコーンを食べています。お店で売っているあまりを食べているのです」

「白雪さんも大概甘党じゃないか。来年同じクラスになれたらお昼はティーパーティーだね」


 甘党な茂木恋からしてみればお昼にスコーンを食べるというのは非常に魅力的だった。

 普段あんパンばかり買っているがたまにはコンビニでスコーンを買ってみてもいいかもしれないと彼は思った。


 ケーキを食べ終わったところで、彼は本題に入る。

 先ほど言われた「恋様が全て」という言葉に罪悪感を感じて中々切り出せずにいたが、糖分が彼の背中を押した。


「白雪さん、ちょっと相談いいかな」

「なんでしょうか? 私でよければなんなりとお聞きください」

「当分、白雪さんと会うのは学校だけにしたい」

「それはつまり……」

「期間限定の交際取りやめだ」

「私はフラれてしまったということでしょうか……?」


 今にも泣き出しそうな赤い目で白雪有紗は俯き加減にそう言った。


「……白雪さんのことは好きだよ。好きだけど……君に時間を割けない理由ができた。全部終わったら、また交際を申し込むつもり」

「そ、そうでしたか……嫌われてしまったのかと思い、背筋が凍る思いでした」


 ホッと胸を撫で下ろす白雪有紗。

 今の彼女にとって茂木恋とのつながりは何よりも優先される事項だった。

 下手に実情を隠して彼女との交際を一時取りやめにし、彼女と距離を取った場合、もしかすると再び高校で不登校になりかねない。

 彼はそれを危惧しているため、できる限り情報を与えなければならなかった。


「時間を割けない理由というのは、もしかするとアルバイトでしょうか? クリスマス前に彼氏と疎遠になって不安になったがクリスマス当日アルバイトで稼いだお金でプレゼントを渡すという作品は多く見受けます」

「もし仮にそうだとしたら、それを今ここで聞いちゃダメじゃない!? 全然違うよ。それに、バイトは一旦やめるつもり」

「まさか、藤田さんとも交際を取りやめるというのでしょうか?」

「その通りだよ。水上さんも同様だ。ひとまず、俺のやりたいことには時間が必要だし、何より彼女がいるのは非常に不都合なんだ」

「……つまり、他の女性にアプローチをしたいということでしょうか? 例の恋様を監禁した女の子とか……」

「女の子っていうけど、彼女──有栖川絵美里ちゃんは俺らと同い年だからね……まあ、小学生くらいに見えるけど」


 遠くで有栖川絵美里がくしゃみをした。


「話を戻すけど、俺が落としたい女の子は絵美里ちゃんじゃないよ。彼女はすでに俺に惚れてる。毎日毎日アプローチを受けるくらいには。彼女にもちゃんと後で説明するつもりだ」

「となると、本当に別の女性ということになりますね。……恋様のクラスは男子クラスだったと記憶しているのですが……まさか」

「まさかじゃないです」


 ホモ展開になりかけた彼女の思考を止める。

 彼のクラスメートは田中太郎以外に考えていないのでその案は却下である。

 今から新キャラ考えるのはあまりに大変なのだ。


「俺がアプローチをかける女の子、それはこの場で名前を言えないあの人だよ」

「名前を言えない…………それは先日私が口走ってしまった方でしょうか」

「そうだよ」


 盗聴器などで盗み聞きされている可能性を考慮して、茂木恋は『黒田優美』の名前を伏せて話を進めた。

 言ってしまえば、商店街は敵の本拠地なのだ。

 ご近所付き合いで成り立っているここでは、誰が敵なのか味方なのか判断できない。

 細心の注意を払わねばならなかった。


「さっき彼女に会った。俺の勘だけど、1ヶ月もあれば彼女は完全に俺に心を許すはずだ」

「……恋様はあの人と付き合ってどうするおつもりなのですか?」

「付き合いはしないよ。彼女が完全に落ち切った後、白雪さんたちの前に呼び出して謝罪させる。君たちの人生を滅茶苦茶にした報いを受けてもらうつもりだ」

「それは…………最低な方法だと思います」

「わかってる。俺も自分で言ってて気分が悪くなってるよ。恋っていうのは人を幸せにするものだから。それを使って人を陥れるだなんて、最低じゃないわけがない」


 茂木恋は深刻な面持ちでそう言った。


「それでも、俺は報復するよ。例え白雪さんたちに見限られるような人間になったとしても、俺は君たちの仇を打ちたい」

「……分かりました。そこまで決意しているのでしたら、私からは何も言いません」


 白雪有紗はショートケーキの最後の一口を口に運ぶと、フォークをおいた。


「元より恋様に救いを求めて、私は例の名前を口にしたのです。恋様がやるというのであればそれを止める道理がありません」

「ありがとう白雪さん……」

「その分、学校ではこれまで以上にイチャイチャさせてくださいませ」

「えっ」

「嘘であります。学校にも同じ中学の子が何人かいます。恋様のクラスでエッチなことをしてしまっては、噂が立ってしまいます」

「そもそもエッチなことはしません」

「恋様は恥ずかしがり屋であられますね」


 茂木恋が恥ずかしがり屋というより白雪有紗が羞恥心を捨てているのであるが、注意したところでやめそうもないので彼はもう諦めていた。

 本題が済んだところで、茂木恋は帰宅の準備をし始める。


「白雪さん、もう帰るよ。あんまり長居しても誰かに疑われちゃうかもしれないし」

「承知いたしました。……最後に一つ聞いてもよろしいでしょうか」


 茂木恋は頷いた。


「私と藤田さんは恋様の考えに賛同すると思います。しかし、水上さんに関してはどう説明するつもりなのでしょうか? もし良ければ、私も力になれればと思います」

「水上さんね……ううん、大丈夫だよ。きっと彼女も納得してくれるはず。だって……彼女はもう関係者だから」

「恋様それは……」

「まだ確定じゃないから、詳しい話は後でするよ。今日はご馳走様。ケーキ本当に美味しかったよ。今度はスコーンも買いに来るよ。今度は普通にお客としてね」


 そうして、茂木恋は裏口から『White Snow』を後にするのだった。

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