第30話 『お家デート』連続?

 ────有栖川絵美里の家


 最近茂木恋の近所に引っ越してきた、小学生と見間違えるほど小さな女の子のお家。

 外装は周囲に建つ家屋と何ら変わりなく至って普通な洋式の家屋である。

 しかし、いざ中へ一歩踏み入れてみれば、その異質具合がよくわかる。

 少なくとも、茂木恋は彼女の家にある違和感を感じていた。


 リビングに招待され、出された麦茶を一口飲んだ後、茂木恋はおもむろに口を開いた。


「ねえ、絵美里ちゃん」

「何ですの?」

「ここって本当に絵美里ちゃんの家なの?」

「ええ、そうですわ。一括払いで購入しましたの」

「えええ……どんだけお金持ってるのさ。……ってそうじゃなくて、部屋のレイアウトとかも絵美里ちゃんが決めた感じ?」

「そうですわね」

「あの……すごく俺の家に似てるんだけど、家具の位置とか種類とか」

「そうですわね。レンの家を参考にしましたもの」

「やっぱりそうなんじゃん! あんまりに内装が酷似してて自分の家に遊びにきたのかと思ったよ!」


 茂木恋は部屋の中を見渡し声を大にしてそう言った。

 独占系病みヒロインである有栖川絵美里の家は、参考というかそれ以上に部屋の内装がまるっきり同じであった。

 大袈裟な反応する茂木恋を見て、有栖川絵美里はご満悦といった表情を浮かべた。


「レンの家と同じにしておけば、何だかレンと一緒に暮らしている気分に慣れて幸せですの! それに、知り合いの家にお泊まりというのは非常にハードルの高い行為ですわ。内装が一緒ならば、レンも気軽に遊びに来てくれるかと思いましたのよ?」

「逆に遊びに行くハードル高くなってる気がするんだけど……!」

「それはおかしいですわね。では、藤田奈緒の家に泊まりに行ったときと今、どちらが緊張していますのかしら?」

「そ、それは……絵美里ちゃんの家の方が緊張はしないよ。だって俺の家まんまだもん! 何なら階段からバタバタと鈴が降りてきても不思議じゃないくらいにそっくりなんだよ!」

「流石に妹までは再現できませんでしたわ。黒服を階段から降りさせてもよろしくてよ?」

「何だその虚無なお願いは……あまり黒服さんを困らせないでおこう」


 ツッコミ疲れて茂木恋はソファに腰をかける。

 このソファもやはり自分の家にあるのと全く同じものであった。

 テーブルの上に出されたチョコ菓子を口に運ぶと、有栖川絵美里はテレビのリモコンを手に取る。

 先ほどから流しっぱなしにしていた異世界転生もののアニメがCMに入ったため、リモコンを操作しCMを飛ばした。

 先週見たばかりであるし、何なら2人は先週スマホ越しにリアルタイムで実況していたため、本当に流しているだけなのであるが、一応CMは飛ばすようである。


 女の子の家に来たというのにアニメを流しながらお話しするなんてお家デートとしては最低のように思われるが、オタク同士の集まりとしては完全に正解であった。


「ところでレン、どうして急に遊園地をやめようだなんて言い出しましたの?」

「あ、そのことか。絵美里ちゃんのいう通り、他の彼女たちと今週末は遊園地でデートする予定だったんだけど、2日に分けてデートすることがバレて、金銭面の配慮から1日にデートをまとめることになったんだ。だから、このまま遊園地に行ったら彼女たちの気遣いが無駄になっちゃうなって思ってさ。ごめんね、絵美里ちゃん」

「そういうことでしたの。お金のことなら気にしなくてもよろしいのに。私が交通費から入場料まで全てお支払いしましたのに」

「それは情けないからやめてくれ。こういうのって、どちらかといえば男が払うものだって相場が決まってるからさ」


 少し見栄をはって彼はそういうが、有栖川絵美里は少し不満げだった。


「そんなこと言っても、レンより私の方がお金を持っているのは揺るぎない事実ですわ。結婚した後はどうあがいても私の紐になるのですから、あまり気にしない方がいいと思いますわよ?」

「って俺紐になるの確定なの!? 俺が絵美里ちゃんを選ばない可能性とかって考えないのか……?」

「考えませんわ。レンは間違いなく私のモノになりますの。私以外を選ぶルートなど、存在しませんわ」


 自信たっぷりに有栖川絵美里はそう言った。

 茂木恋は彼女を突き放すような対応を取ってはいるが、あながち彼女の言葉は間違いではないように思っていた。

 白雪有紗、水上かえで、藤田奈緒……3人の彼女のことをもちろん茂木恋は好きである。

 しかし、まだ彼女でもない有栖川絵美里との相性が1番いいと、彼が1番よく分かっていた。


 彼の気持ちを見透かしてか、有栖川絵美里は彼の手にその小さな手を乗せて続けた。


「だから別にいいのですわ。いくら彼女を作ったところで、レンは必ず私を選びますの。好きなだけ、彼女たちの青春を謳歌すればいいですわ。私は気長に待ちますの」

「絵美里ちゃん……そんなこと言って、俺が他の子達とイチャイチャしてるのを見てたら、俺のことが嫌になっちゃったりするんじゃないの?」

「それは絶対にありえませんわ。レンは私の特別ですもの。いくらレンが他の女とイチャコラしたって、いくら私が他の男に言い寄られたって、絶対にこの気持ちは揺るぎないですわ」


 手を強く握ると、有栖川絵美里は彼の瞳を覗き込む。

 彼女の青色の瞳があまりに綺麗で、思わず彼は目を逸らしてしまった。

 心臓の鼓動が早くなるのを感じると、茂木恋は握られた手を解く。


「絵美里ちゃんの気持ちはよく分かったよ。一旦この話はここでおしまいにしよう。せっかく絵美里ちゃんの家に遊びにきてるのに、他の女の子の話してごめんね」

「いいのですわ。ところで、お家デートというのは一体何をするものなのでしょう? 私、お家で男女が絡む展開といえば、エッチなやつしか知りませんわ。主にロリ系の」

「知識が偏りすぎている! なんか他にあるでしょ……」

「残念ながら幼女和姦ものでしか抜けませんの。そう言えばレンはせっかく登録したファ◯ザを利用していないようですわね。ロリ系が苦手なオタクは珍しいと思いますわ」

「クッソ偏見だな!? ちょっと話は戻すけど、そもそも俺たちはまだ高校生……くらいの年齢だし、そういうのはまだ早いよ」

「ふふっ、普通に高校生と言ってもらっても構いませんわ。私も来年高校生になるのですから。レンは『そういうのはまだ早い』など言ってますけど、高校生の2割程度は卒業済みと聞きますわ。早いなんてことはないと思いますの」

「ぐぬぬ……確かにそうかもしれない……でも、別にお家デートはエッチなイベントだけじゃないんだよ」

「例えば?」

「……勉強会とか」

「それはデートではありませんわ。友達の家で勉強会をするシーンはよくアニメで出てくるから知っていますけど、それは絶対にデートのシーンではありませんわ」


 その通りである。

 茂木恋は普段から水上かえでと勉強会という名のデートをしているため、勉強会=デートの方程式を立てていたが、一般的にはそれはデートではなかった。


「他だと、例えば映画を観るとかあるんじゃない? ほら、恋愛映画とか一緒に観るデートとか想像しやすくない?」

「そしてその流れでエッチするんですわね」

「それはしません」

「では、私たちはすでにお家デートをしていたことになりますわね。ほら、アニメ流してますし」

「アニメは映画じゃないよ絵美里ちゃん」

「あら、でしたらアニメ映画を観ればいいじゃないですの。先週発売したメイドインアリスのBlu-rayがありますわよ」

「えっ!? まじで!? それを早く言ってよ! 俺あれ観たかったんだよね!」


 茂木恋は立ち上がり、彼女の肩を掴んだ。

 意中の男性に突然触れられて、飛び跳ねそうになる心臓を押しとどめ、有栖川絵美里は拳を高くあげた。


「決まりですわね! 実を言えば、レンと一緒に観たくて私もまだ観ていませんの! お家デートってこんなに簡単だったのですわね!」

「ああ、お家デート最高!」


 アニメを前にしたオタクたちの行動は早い。

 互いに示し合わせることなく、茂木恋はBlu-rayのセットを、有栖川絵美里はポテチとコーラの用意を着々と進めるのだった。



 *


 それから2時間後。

 2人は特に話をすることなく普通にアニメ映画を鑑賞した。

 映画鑑賞のデートでは盛り上がったシーンで手を握ったりするのであろうが、そんなこと一切ないガチ鑑賞であった。

 むしろ手を握る暇があるのであれば、その手を握り拳にして登場人物たちを応援したい気分だったりする。

 オタクとは大抵そういう生き物なのだ。


 スタッフロールが流れ出し、2人は顔を見合わせた後、互いに親指を立てた。

 最高のデートだと言わんばかりに彼らは満足した表情である。

 デートではなさそうだが、とにかく彼らの週末は充実していた。


 エンディングが終わったところで、2人はようやく口を開いた。


「いやぁ……良かったね。ラスト親指立てて溶鉱炉に沈むシーンは涙なしにはみられなかった」

「私は完全に沈みましたわ。もう登ることは不可能ですの」

「このまま地の底で暮らすしかないね」

「ですわね。1週間くらいタイムラインにこの映画について流すので覚悟しておいてほしいですわ」

「そしたらいっぱいファボしとく」


 各々よくわからない感想を言い合っているが、オタクとは大抵そういう生き物なのだ。

 映像が止まり、メニュー画面に戻って来たところで、茂木恋は時間を確認する。

 時計はまだ4時を指していた。

 時計の位置は家と同じであることに気づいて、彼は少し引き気味だったが、それはさておき彼は一旦トイレに行こうと立ち上がった。


「レン、もう帰るのですの? もう少しレンと語らいたいですのに」

「いやトイレにいくだけ。それに、俺ももっと絵美里ちゃんと話がしたいよ」

「レン……そんな真っ直ぐに言われてしまっては照れてしまいますわ」

「別に口説いてるわけじゃないよ!? 良い作品みたからもっとそれについて話をしたいってだけ。絵美里ちゃんもトイレ行かなくて大丈夫?」

「どうしたんですの? もしかして私と一緒にトイレに入りたいとかは言いませんわよね?」

「俺を何者だと思ってるんだ!」


 ジト目で茂木恋を見る有栖川絵美里。

 残念ながら茂木恋にはそのような性癖はなかったため、一緒にトイレに入るようなイベントは起きなかった。


 去り際に、茂木恋は背を向けたまま彼女に投げかける。


「絵美里ちゃん、Blu-rayの準備をしておいてくれ」

「ん? 今度は別のアニメを鑑賞しますの?」

「いや、さっきと同じのだ」

「まさかレン……正気ですの!? そんな悪魔的な行為……許されていいわけ」


 有栖川絵美里は気づいてしまった。

 茂木恋がこれからしようとしている、恐ろしく魅力的な提案を。


「いいんだよ。これはお家デートだから……! 映画館ではできないことを……してもいいんだっ!」

「レン……私もトイレに行きますわ。次にあったが最後、2周目は実況あり・・・・で視聴しますわよ!!」


 彼女の言葉を皮切りに、2人ともトイレに駆け込み2度目の映画鑑賞へと備える。

 もしかすると、二次会とはこういう心境なのかもしれないと彼らは少し大人になった気分だった。


 結局のところ、彼をホテルに監禁した時と変わらず、有栖川絵美里のお家デートはアニメ鑑賞で全ての時間を使い果たすのであった。

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