第23話 『アダルトサイト』登録?

 ────有栖川ホテル 大部屋


 幾何学模様の絨毯が敷かれた広い空間。

 大部屋には丸いテーブルが並び、その上には様々な料理が乗せられている。


 スーツを着た大人達がワイン片手に雑談する中、茂木恋は制服姿で居心地が悪そうに、辺りを警戒するように小さくなっていた。


「レン、みっともありませんわよ。この有栖川絵美里の旦那になるのですから、これくらいの懇親会で怖気付いていてはいけませんわ」

「いや、でもさぁ……俺はご飯を奢ってもらうとしか聞かされてないんだよ。まさか金持ちのパーティーに参加する羽目になるなんて……」

「それは間違いですわよ。ここは金持ちのパーティではありませんわ。最近できたショッピングモールの出展者さんたちの懇親会ですの」


 呆れたように有栖川絵美里はそういうが、金持ちの大人の区別など茂木恋につくはずもなかった。

 立食形式の会に参加したことがない茂木恋が戸惑っていると、有栖川絵美里が皿を手渡す。


「好きなものを食べればいいですわ。そこまで堅苦しい場ではないのですし、ついでにいうならばレンは主催者側ですのよ。少しぐらい粗相をしたところで咎める者などいませんの」

「ええっと、これも有栖川ホテルが主催ってことであってるの?」

「合っていますわよ。何せショッピングモールの誘致に有栖川ホテルは一枚噛んでいますの。最近、駅前に絞ったショッピングモール開発を進めているらしいですわ」

「へー、そうなんだ」


 相槌をうちながら皿に取ったローストビーフを一口。

 懇親会向けの料理は時間が経ってそこまで美味しいものではなかった。

 パサパサのローストビーフを噛みながら、大人の世界では食事の場もコミュニケーションの場なのだということを噛み締める。


 噛み締めながら、茂木恋は有栖川絵美里と人生ゲームをした時のことを思い出す。

 つまり、茂木恋が監禁されたあの日のことである。


 *


 ────シティホテル有 701室


「この橋は私が占拠いたしましたわ! 通りたくば2万円寄越すのですわレン!」

「くそぉー! 先に橋到着されたか!」

「この世は土地を持つ者が勝つようにできているのですわ。私と結婚すれば駅前の土地をいくつか差し上げますわよ」

「生々しい話はやめてくれ」



 有栖川絵美里のプロポーズを受け流しながら、茂木恋はおもちゃの2万円を手渡した。

 橋を渡ったところで、ゲームはもう大詰めである。

 有栖川絵美里は就職パートでスポーツ選手になり、茂木恋は運悪く就職ができずにフリータースタートで、途中でタレントに転職。

 しかし、序盤からの差が埋められずに今まさに敗北と言ったところであった。


「最終決算にまで来ましたわね。……子供の数だけ3万円払うのですの!? こんなのおかしいですわ!」

「ああ、バージョンごとに違うんだよね。今遊んでるのは子供ができるとお金取られるやつだったみたい」

「ぐぬぬ……レンと私の子供達が……」

「俺との子じゃないけどね!?」


 茂木恋は別の車に乗っているため、おそらく有栖川絵美里の隣の座席に立っている青いピンは浮気相手なのであろう。

 その後も順調にゲームは続き、黒服含めた全員がゴールした。


 結果は有栖川絵美里の圧勝で、ついで黒服1、茂木恋、黒服2の順であった。


 おもちゃの札束の扇子で、彼女は顔を扇いだ。


「やはり私はゲームでも勝ってしまうようですわね! 愚民ども跪けですわ!」

「ちょっと絵美里ちゃんキャラ変わってる! というか、絵美里ちゃん以外フリータースタートってどういうことなんだよこれ……黒服さん達なんか忖度とかしました?」


 黒服1、2はともに首を横に振った。


「無駄ですわよ。プレイしてみるに、このゲームはほぼほぼ運ゲーですわ。単純に私の運がよかっただけですの。これくらいの運があれば無課金でも十分遊べますわね」

「ガチャ沼をベースに物事を考えるのはやめるんだ。そういえばグラブルも相当課金してるって言ってるし、絵美里ちゃん普段は運が悪いの?」

「あまり運の良い悪いは意識していませんわね。欲しいものは大抵手に入れてきましたから。しかし、例のゲームに関しては客観的に見て運が悪いと言っても差し支えないと考えていますわ。株主を優遇しないのはおかしいですの」

「えっ、絵美里ちゃんあそこの株持ってるの!?」

「ジョークですわ。第一、あそこの会社は非上場ですもの。いくらお金があっても買えませんわ。もしお金でなんとかなるとすれば、天井することくらいですわね」


 当たり前のように天井宣言をする有栖川絵美里に若干引き気味の茂木恋。

 およそ9万円の天井は一介の高校生にはあまりに高かった。


 人生ゲームの片付けをしていると、有栖川絵美里は頬を少し赤くして、呟くように口を開いた。


「レン、私学校に通ってみようと思いますの」

「えっ!? 本当に!?」

「本当ですわ。確かに、将来は変わらないのかもしれません。しかし、学校に行くことそのものに意味があるように思えてきたのですわ。将来に向けて一般人の感覚を養うのも大切だと思いますの。それに、お友達ができれば今日みたいに楽しく遊べるのでしょう?」

「うん。そうだね。絵美里ちゃんならすぐに友達ができて楽しい学校生活が送れると思うよ」

「なら決まりですわね。私、レンの高校に入学しますわ」

「マジで!?」


 驚きながら、茂木恋は良からぬ事を考えていた。

 有栖川絵美里が普通の金持ちでないことは知っている。

 裏口入学とかそういうレベルを超えて、1学期途中から突然編入する気なのではないかと思ってしまったのだ。

 しかし、そんなことそれこそお金を積んでも不可能なのである。


「絵美里ちゃんちなみにいつ頃うちの学校に……?」

「来年ですわね。普通に受験して普通に入学しますわ」

「そ、そうなの? 俺てっきり裏口的な何かがあるのかと」

「それは不可能ですわよ。システム的に不可能だったはずですわ。もし私がどこかの高校に籍を置いていれば可能だった記憶がありますが、生憎私はどこの高校も受験していませんの。中卒ニートですの」

「天井する中卒ニートがいてたまるか」

「因みに、レンの高校は本当に普通の公立高校ですので、お金で忖度させるのは難しいと思いますわね。公立でも大学付属の高校とかですと教授からの推薦で色々出来そうですけど」

「じゃあ本当に自力で受験するんだ。受験勉強頑張ってね」

「そこら辺は心配しなくても大丈夫ですわ。大学受験レベルまでならもう理解していますもの。レンよりは学力はありますわ」

「えっ!? どういうこと!?」


 茂木恋は今日1番の衝撃を受ける。

 彼は内心、勉強が嫌で高校に通わなかったのではないかと思っていたのだが、まさかレベルが合わないという意味でも『高校に通う意味がない』であったとは。

 有栖川絵美里はすました顔で続ける。


「言葉の通りですわよ。元々高校は通わずに高卒認定をとって大学には通うつもりでしたの。面倒ですが、最終学歴でとやかく言うクソみたいな役員がいるのは理解していますからその方々を黙らせるために渋々ですけど」

「へ、へぇ……そうだったんだ。じゃあ来年から絵美里ちゃんと同じ高校か……楽しくなりそうだね」

「その通りですわ! 来年になる頃には私もレンの彼女になってるはずですから、さらに楽しみですわね!」

「あ、ああ。きっとすぐに絵美里ちゃんのことを好きになるよ。だって絵美里ちゃんとはすごく気が合うって、知ってるから」


 茂木恋は彼女と過ごしたインターネットでの3年間を思い出す。

 今となってはどこまでが彼女だったのか把握し切れていないが、SNSで楽しい時間を過ごせていたのはこの有栖川絵美里のおかげであろう。

 彼は必ず有栖川絵美里に恋に落ちる。これは確定事項だった。


「聞くところによるとレンには、先輩ヒロインはいても後輩ヒロインがいないようですわね? ですので私がその後輩ヒロインになるのですわ。同時に、来年現れるかもしれない他の後輩ヒロインを牽制しますの。レンの後輩ポジは誰にも譲りませんのよ」

「同い年でも後輩って言って良いのかな……」


 神妙な面持ちで茂木恋は考える。

 確かに後輩ヒロインといえば、歳下ヒロインと同義に近い概念である。

 大学を舞台にしたラブコメであれば、特に国立大学でのラブコメであれば4つ上の後輩とかが現れてもおかしくないが、高校だとそれは稀であろう。


「学年が下なのですから後輩ヒロインということで良いではないですの。どうしても違和感があるなら、レンが今年留年すれば解決しますわよ?」

「そんな不吉なこと言わないでよ! それに、俺はそれなりに成績いんだよね。普段から頭良い子と勉強してるから」

「水上かえでとかいう女のことですわね。全く、恋様にそんなアプローチをかけるなんて、お姉ちゃん嫉妬してしまいますわ」

「ちょいちょいちょーい! どうしてそんな他のヒロイン全員の特徴を抑えた喋り方ができるんだよ!」


 茂木恋は手に持っていたおもちゃのお札を溢しながら抗議する。

 残念ながら彼の情報をなんでも知ってるヒロインはもうすでにいるのである。

 しかしながら、独占系とストーカー系は似ているといえば似ているので、なるべくしてなった結果かもしれない。

 全く悪びれもせずに、有栖川絵美里は真実を明らかにした。


「そんなもの言わなくてもわかるでしょう? 随分と他の女どもとメールのやり取りをしているようですわね。でも、私とのリプの送り合いの方が量も質も高いですの。私の勝ちですわね」

「何で張り合ってるのさ」

「今でも思い出しますわ……いえ、ブックマーク登録していますわ。『はるのんさん、何かあったんですか? 俺で良ければ、相談に乗りますよ』傷心気味の女の子を慰めるテンプレ文を送られたときには、私お腹の奥がキュンキュンしましたわ!」

「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめてください!!!!!!!!! この通りですなんでもしますから!!!!」


 必中急所の一撃を放たれ、茂木恋は土下座する。

 彼はネットに弱点を作りすぎであった。そしてその黒歴史は全てこの金髪美少女有栖川絵美里が記憶していた。

 具体的にはさっきも言っていた通り彼のめぼしいツイートはブックマークされていた。

 早くツイ消ししろ。


 メールのやり取りが出てきたところで、茂木恋は自分のスマホが彼女の取られている事を思い出した。


「そういえば絵美里ちゃん、スマホ返してよ。昨日一晩スマホ見てなかったからちょっと不安なんだよね」

「レンはスマホ依存症ですわね」

「違う。彼女達が茂木恋依存症なんだ」


 なんだその依存症は。

 しかしながら彼の置かれている状況はまさにそれであり、有栖川絵美里も首を縦に振っていた。

 有栖川絵美里が黒服1に目配せをする。

 彼はスーツの内ポケットから茂木恋のスマホを取り出し、彼に渡した。


「あ、ありがとうございます。絵美里ちゃん俺のスマホ勝手に弄ってないよね? ちょっと見ただけだよね?」

「何を言っていますの、レン? 目の前にロックのかかっていない好きな男子のスマホがあったのですわよ? 何もしないわけがないですわよね? でも安心しましたわ。レンが他のアカウントを作っていないことがわかりましたもの。しかしながら、写真フォルダにえっちな画像を保存していないのは些か健全な男子高校生として如何なものかと思いましたわ」

「如何なものではありません」


 茂木恋はおかずを決して保存しないタイプだったので、内心胸を撫で下ろしていた。

 思えば彼を取り巻く女の子達は、彼のスマホを積極的に弄ろうとするプライバシーもクソもない倫理観の持ち主ばかりであるため、これからもえっちな画像は保存しない方が得策であろう。


「私、少し心配ですわ。男子高校生は毎日白いおしっこを出さないと死んでしまう病気に犯されているのでしょう?」

「エ◯オーでも見ないレベルの無知シチュはやめてくれ!」

「あら、バレてしまいましたの? ファ◯ザにレンのメールアドレスで登録して、金髪ロリが出てくる回だけコミックエ◯オーを購入しておきましたの。お好きになされば良いと思いますわ」

「おい! 人のメアドで何してくれてんだよ!!!!」

「ファ◯ザは優良サイトですわ。何も心配することなどありませんのよ? あ、これがログインのパスワードですわ」

「『Aliceriverlove』って……俺は婿入り前提なんだね」


 パスワードを受け取りスマホの画面を見てみると、茂木恋はスマホに見慣れないアイコンがあることに気づいた。

 ご丁寧に、すぐにファ◯ザのサイトにアクセスできるようにショートカットアイコンまで作られていたのである。

 世の中には出来の悪い金髪ロリと出来の良い金髪ロリがいるが、有栖川絵美里は後者の金髪ロリであった。


 スマホに変わったところがないかと調べてみるが、他には何もおかしなところがなかった。

 逆にそれが茂木恋にとっては違和感であった。

 一日スマホを放置したのである。

 例え一日外をほっつき歩いても心配もしない母とは違い、一日放置されただけでヒステリックを起こしかねない爆弾を彼は抱えていたはずなのだ。


 恐る恐る茂木恋は、通知の来ていない・・・・・・・・メールのアイコンをタッチする。

 予想通り、そこには見覚えがないメールが並んでいた。

 一瞬背筋の凍る思いをしたが、彼はメールの内容を見て思わず頬が緩んだ。


『白雪有紗さん。他に好きな人ができました。告白はなかったことにしてください』

『お戯れはよしてください、恋様。私と恋様はもう運命で結ばれてしまっているのです。それに好きな人が他に出来たとしても恋様ならば私まで愛する器量をお持ちであると考えております。また次の清掃委員で、私の心をお救いくださいませ』

「白雪さん、俺を過大評価しすぎだよ。でもありがとう」


『藤田奈緒さん。他に好きな人ができました。告白はなかったことにしてください』

『えーーー!!!! もしかしてフラれちゃった!? お姉ちゃん悲しい〜! これで満足かな? もう、弟くんったらお姉ちゃんをドキドキさせるようなことは言わないでよ〜。それと、夜遅くまで家に帰らないのは、お姉ちゃんよくないと思うゾ♪ 早くお家に帰ってお母さんを安心させてあげるのだ〜♪ 因みに、今日の晩ご飯は麻婆豆腐だゾ♪』

「どうして奈緒さんは俺の家の夕飯事情を知ってるのですかねぇ……」


『水上かえでさん。他に好きな人ができました。告白はなかったことにしてください』

『茂木くん、そんなこと言われても私は信じられないよ。これまでの私だったら今頃腕を切ってたと思うけど、今の私はそんなことしない。茂木くんが私を変えてくれたから。次またマックで会ったら事情を話してね。最後に、あなたは誰・・・・・?』

「……俺に向けられてないのはわかるけど、それでもちょっとビビるな」


 各々反応は異なるが、全員共通して茂木恋からも告白キャンセルを真に受けていなかった。

 茂木恋への信頼度の高さがここに来て彼を救うことになるのだった。


 どうやら自分が外部との連絡が遮断された──実は遮断されていなかったのだが、その間に彼女達が暴走することがなかったことに茂木恋は安堵した。


「それにしても絵美里ちゃんこのメールは何? 俺送った覚えがないんだけど」

「私が送りましたわ。レンの事を独り占めしたかったのですの。でも、失敗してしまいましたわ」

「そんな悪びれもせずに言われても……」

「悪いとは思っていますわよ。しかし、それでもレンを私のものにしたかった。その気持ちは理解していただけないのかしら?」

「ま、まあ。絵美里ちゃんの気持ちはわかるといえばわかるよ。実際1番最初に俺の事を好きになってくれたのは絵美里ちゃん……いや、それも違うか。2番目に好きになってくれたのは絵美里ちゃんだもんね。後から出てきた人たちが横から好きな人をかっさらって行ったら、良い気持ちをするわけないよね」

「それもありますが、単純に好きな人を誰かに取られたらそれだけで十分不快ですわよ。私はその1番目のヒロインにすら嫌悪感を抱いていますもの。まあレンはその1番目のことは苦手のようですから、嫌悪感で言えば他の3人より劣りますわね」


 有栖川絵美里は頬をふくらませながらそう言う。

 嫉妬深いヒロインを抱えてしまい茂木恋は気を引き締めなければならなくなった。

 4人同時のお付き合いをしていく上で、有栖川絵美里の存在はかなりの存在感を放つことは間違い無いだろう。


 人生ゲームの片付けが終わったところで、有栖川絵美里は思い出したように言う。


「そう言えば、先ほど他のヒロイン達に罪悪感があると言いましたわね。そのお詫びをさせていただきたいと思っているのですが、レンは週末暇ですの?」

「ん、暇といえば暇だね。水上さんとマックで勉強会と、奈緒さんの家でバイトがあるくらいで他はフリーかな」

「それはよかったですわ。お詫びを兼ねて食事会でも如何かと思いまして。私の奢りですわ」

「良いね。じゃあ他の3人に事情を説明しておくよ」

「お願いしますわ。場所は有栖川ホテル、服装は制服が良いと思いますわね。そう伝えて欲しいですの」

「了解」


 茂木恋はこうして無事軟禁状態から解放され、部屋を後にする。

 冷蔵庫に残ったエナジードリンクを手土産に渡され、彼は無事に家へと帰ることができるのであった。

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