第22話 『お友達』自力?

 ────シティホテル有 一室


 お昼頃になったところで、有栖川絵美里が部屋にやってきた。

 ビニール袋が握られており、彼女の後ろをつけるように、黒服の男たちも同様にビニール袋を両手に持って部屋に入ってくる。


「レン、配給ですわよ。今日は好きなだけお菓子を食べていいですわ」

「えっ、今日は好きなだけお菓子食っていいのか!! ……じゃなくて、黒服の人たちまで使って買い出しとは……お疲れ様です」


 茂木恋が頭を下げると、黒服の男たちも頭を下げる。

 黒服というと、機械のような対応のイメージが強いがちゃんと人間らしいところもあるらしい。


 持ってきたお菓子やドリンク(エナジードリンク)を冷蔵庫にしまうと、黒服たちは部屋を後にした。

 部屋に2人っきりになったところで、有栖川絵美里は茂木恋にぴったりとくっついた。


「寂しくありませんでしたか? 私は何があってもレンのそばにいますわよ」

「軟禁してその台詞はヤンデレっぽいからやめてくれ」

「あら、私ヤンデレ属性ですのよ? レンはヤンデレ属性は苦手でして?」

「いや、普通に好きだけど、知り合いでそういうのがいるから間に合ってる」


 茂木恋は知り合いの女の子たちを思い出しながらそう言った。

 具体的には、桃井美海や水上かえでを思い出していた。

 水上かえでは今での刃物で刺したり、刺されたりするようなことはないが、桃井美海は絶賛暴力継続中である。


 有栖川絵美里はわかりやすく不満げな顔を浮かべた。


「私と2人っきりだと言いますのに、他の女のことを考えているのですの? 全く、レンはデリカシーのない殿方ですわね」

「そう思うならさっさと俺を見限って開放してくれないかな」

「レン酷いですわ! 昔はあんなにも私に優しく、そして囲うように接してくれましたのに!」

「おいやめろ! それは『妹花』ちゃんのことを言ってるのか!? 『はるのん』さんのことを言っているのか!?」

「『リリ』のことを言っているのですわ。弱小歌い手を勇気付けるレンの言葉はとっても胸にくるものがありましたの。砕けた言い方をすれば、ドキドキしましたわ」

「うわああああああ!!!!やめてやめて!やめてくれ!!!!」


 茂木恋は羞恥のあまり両手で目を覆ってベッドの上でゴロゴロと転がった。

 有栖川絵美里の複垢の一つである『リリ』というアカウントは、音声を投稿するサイトで自分の歌を披露する──いわゆる歌ってみたに近い活動をしている女の子、という設定のアカウントであった。

 音声投稿サイトでのフォロワーが1桁台と非常に人気がないが、歌は上手で声は可愛いからと、茂木恋はいつも彼女の歌に拍手を入れていた。

 実際のところ、『リリ』のフォロワーが少ないのはフォローしてきた茂木恋以外のアカウントをかたっぱしからブロックしていたからなのだが、彼はその事実を知らない。


「ちなみに、『リリ』の声は私の声なのですわよ? 今ここで歌ってさしあげてもよろしくてですわ」

「リリちゃんの生歌……じゃなくて、君は絵美里ちゃん! リリちゃんはもう死んだんだ……」

「レン、現実をよく見るのですわ。みりんもリリも妹花も、みーんな私だったのですから」

「いやだけどさ……」

「レンはリリちゃんや、妹花ちゃんを好意的に……女の子として好意的に感じていたのでしょう? なら私を好きになってもいいじゃないですの?」


 有栖川絵美里は茂木恋の耳元に口を寄せ「レンくんいつもコメントありがとう」と囁く。

 イヤホン越しで聴いていたその可愛らしい声に思わず頬が緩んでしまう茂木恋。

 だらしないその顔を見て有栖川絵美里は満足げだった。


 茂木恋は気を取り直して、1度有栖川絵美里を突き放す。


「それでも、俺は絵美里ちゃんを好きにならないよ」

「レン……なんて分からずやなんですの。でも、壁が高ければ高いほど、恋は燃え上がるというものですわ。じっくり、レンの頭の中を私一色に染め上げて見せますわ」

「それは無理だよ」

「それはどうしてですの?」

「軟禁生活も今日で終わりだから」


 彼の眼力に、一瞬有栖川絵美里は怯む。

 そして、状況を打開する一言を告げるのだった。


「助けを呼んだんだよ。俺が今日中に家に帰らなかったら、警察に連絡を入れてもらうことになってる」



 *


 絶対にありえない彼のその言葉に有栖川絵美里は一瞬固まった。

 いかに有栖川絵美里といえど、警察が相手では分が悪い。

 それに、彼女は助けを呼ばれることが信じられなかったのである。

 ツイッターや携帯会社のサイトにはアクセス制限をかけていたため、彼が外に連絡を取る手段などなかったはずなのだ。


「レン、そんなことできるわけないですわ。ハッタリをかまそうとしても無駄ですわよ」

「ハッタリじゃないよ。とにかく、俺は外部と連絡をとった。それは確実だ」


 茂木恋のその顔から嘘をついている様子は感じ取れない。

 しかし、それでも有栖川絵美里はまだ自分の計画が看破されていないと信じていた。


「場所がバレてないって思ってるでしょ。ここは光琳高校前駅近くのシティホテル有だ。そうだよね?」

「っ!? …………どうして分かったのですの」

「簡単だよ。絵美里ちゃんの苗字から有栖川ホテルを連想して、そこから傘下会社を調べて辿り着いたんだ」


 茂木恋は小さくガッツポーズを浮かべる。

 実をいうと、まだ彼の中でこの情報は確証を持てなかった。

 有栖川絵美里が有栖川ホテルの娘だとして、その財力を背景にすれば、別に自社の傘下ホテル以外に宿泊することも可能だと考えていたからだ。

 若干賭けに近かったが、茂木恋は無事にその賭けに勝利した。


「絵美里ちゃんって、あの有栖川ホテルの娘ってことでいいんだよね?」

「……そうですわね。付け加えるなら、一人娘ですわ。後継は、私でもう決定していますの」

「だから、高校に行っても将来は変えられないって言ってたんだね」


 職業選択の自由は国民全員に与えられているが、生まれた時から家を継ぐことが決定している人間というのはある程度存在している。

 農家や寺は一般的であるが、親族経営している会社もまさにそのタイプである。

 有栖川絵美里は、力なくうなずいた。


「それで、夜になったらこのホテルに警察がやってくるのですわね……?」

「……そうだよ」

「そうですか……そうですか……」


 有栖川絵美里は俯き黙り込む。

 次第に、彼女の身体は小刻みに揺れ始め、クスクスという笑い声を上げた。


「レン! 甘いですわよ! 夜にここに警察が来るのであれば、今から逃げてしまえばいいのですわ! 来なさい黒服さんたち!」


 有栖川絵美里の指がパチンと鳴らされ、それと同時に黒服の男が2人部屋に入ってくる。

 茂木恋は両腕を掴まれ、身動きが取れなくなってしまった。


「えっ、ちょっと待って! 離せ! 離してください! 話せばわかりますから!!!!」


 抵抗虚しく、茂木恋は後ろ手に腕を拘束される。

 どこから仕入れたのかわからないが、黒い手錠で縛られた茂木恋は抵抗のしようがなくなってしまった。


「レン、どこか遠くにいきますわよ。地方の観光地でも、都会の中心でも、どこでもいいですわ。私、レンと一緒ならどこでも楽しいですもの。レンも私と一緒なら楽しいでしょう?」

「……確かに楽しいかもしれないけど、それはダメだ! 俺はこの街でやらないといけないことがまだ残ってるんだよ!」

「それはあの女どもとイチャコラすることですの? でしたら尚更レンをここに置いておけませんわ」

「違うよ! ……まあちょっと近いけど違うよ。それにここで俺を無理やり連れて行ったら、後悔することになる」

「後悔などしませんわ! 私はレンと添い遂げると決めましたの! それは決して不幸などではありませんわ!」

「いいや、絵美里ちゃんは後悔する。それに……それ以上にだ」


 茂木恋は後ろ手を縛られながら、視線を彼女から外す。

 彼は自分を縛る2人の男を見ていた。


「黒服さんたち、きっとあなた達が後悔することになる」

「な、何を言ってますの、レン?」

「黒服さんたちはたぶん絵美里ちゃんを両親から任されてるんですよね?」

「………………」

「まあ話さない方が黒服さんっぽいので喋らないでいいです。俺の話を聞いて、納得してくれたら、この手錠を外してください」


 ジャラジャラと、茂木恋は手を動かして手錠を鳴らす。

 彼の手を縛るそれは、黒服の持っている鍵がなければ解くことができない。

 黒服は反応する様子はなかったが、彼を連れていく動きを止めたのを見るに、彼の話を聞く気はあるようであった。


「俺が今から絵美里ちゃんを改心させます。彼女に会ってまだ少ししか経ってませんけど、どう考えても絵美里ちゃんの感覚は、考え方は、生き方は……人とズレている。あなた達の雇主であるご両親も、それを危惧してるんじゃないですか?」

「レン!? 私はおかしくなどないですわ! それにその言い草、とても失礼ですわよ!」

「事実を言ったまでだよ」


 手錠をつけてひざまづいたまま、茂木恋は有栖川絵美里を見上げた。

 彼の力強い眼は、まるで自身の不安を見透かしているようだった。


「絵美里ちゃんは、将来が決まってるから高校なんて行く意味がないって、自分の境遇を悲観してたよね。でもそれだったら、君はこうして両親から預けられた付き人達の力を借りて俺を誘拐なんてするなんておかしいよ」

「……レンはパパとママの力に頼るなと言っていますの?」

「違うそうじゃない。子供が親に頼っちゃいけないなんて、それこそ普通の感覚からズレてるよ。子供が大人を頼らない方がおかしい。自分の将来が決まってしまってるのは同情するよ。だけど、俺がこんなこというのは無神経かもしれないけど……絵美里ちゃんが家を継ぐことになってるのは仕方がないことだと思う。絵美里ちゃんみたいに生まれた時から将来が決まってる人は、少なからずいるから」


 茂木恋は藤田奈緒や田中太郎のことを思い浮かべる。

 彼女達は家が家業持ちの家庭であった。


「そうですわよ。私は有栖川ホテルの家に生まれてしまった。私はそれを、悲観こそしていますが受け入れていますわ。だから、使えるものは使うべきですわ! 後継を受け入れたからこそ、私は黒服さん達を使ってレンを誘拐してもいいと思いますのよ!」

「誘拐そのものが良くないとかそういう話は一度置いて、それでも絵美里ちゃんは間違ってるよ」


 もちろん誘拐は犯罪である。

 可愛い女の子の特権なので気をつけよう。

 茂木恋は毅然とした態度で、彼女の言葉を否定した。


「自分の大切なことを親の力で決められてしまう辛さを知っているなら、本当に大切なものは自分の力で手にいれたいって思うはずなんだよ」

「本当に大切なもの……?」

「友達は自分の力で作ろうねってこと」

「な、な、なっ…………」


 有栖川絵美里の顔が赤く茹で上がる。

 当然のことを言われただけであるが、有栖川絵美里は自分のやってきたこれまでの行いがまさにその当然のことを守れていなかったことに気づき、羞恥を感じるのは当然だった。


「絵美里ちゃんってお金持ちだから、結婚する時とかももしかして両親紹介のお見合いとかが普通だと思ってる感じなの?」

「そ、それは……」

「だとするならば、友達を作るのにも黒服同伴が普通ってわけだ」

「…………ぐぬぬ……」

「いやぁ、ごめんね。文化の違いってやつかな。いや、階級の違いかもね。一般市民と、上級国民だと友情の育み方も違うのかも。ごめんごめん」

「恥ずかしいですわ! 恥ずかしいですわ! 恥ずかしいですわ!」


 ここぞとばかりに煽る茂木恋に耐えきれず彼女は顔を押さえてその場でぐるぐると回転した。

 有栖川絵美里が悶絶している間に、茂木恋の手錠が外される。

 どうやら彼の話を聞いて、黒服達は納得してくれたようである。


「絵美里ちゃん、君は決して友達が作れないわけじゃないだろう? ちょっと独占欲が強いかもしれないけど、性格も明るいし容姿も特別可愛い」

「か、可愛いだなんて……まあ当然のことですけど」

「それにネットでの絵美里ちゃんの振る舞いはすごいよ。まさか50ものアカウントが1人のものだったなんて気付かなかったし、俺は何人もの絵美里ちゃんのアバターと友達になってた」

「……でも、だったら! レンとはもうすでに友達ってことでいいではありませんの! 恋人になったっていいと思うのですわ!」

「生憎、俺はリアルとネットは分けて考えるタイプでね。みりんさんともリリちゃんとも妹花ちゃんとも長雪ぺちかさんとも友達だと思ってるけど、残念ながら絵美里ちゃんとはまだ友達ですらないって認識だよ。有栖川絵美里は最近俺の家の近くに引っ越してきた金髪の可愛い女の子、それくらいしか俺は知らない」


 両手が空いた茂木恋は、その手で、彼女の手を握る。

 不意に握られた有栖川絵美里は、身体を少しビクッと跳ねさせた。


「絵美里ちゃんにはできるよ。自分で、自分の力で友達を作ろう」

「レン……」

「人と友達になるのなんて絵美里ちゃんにとって簡単なことでしょ? インターネット上でやったようにすればいい」


 有栖川絵美里は頭がいい。

 これまで自分が彼に対してしてきた行いは、決して友達になるためのものではなかった。

 わがままで一方的──自己満足なコミュニケーションだったことを、彼女は理解していた。


 顔を上げ、これまでで1番の笑顔を浮かべて答えるのだった。


「レン! 一緒に遊びますわよ! 何をしましょうか!」

「そうしよう! そうだなぁ、黒服さん達でもわかりそうな人生ゲームとかどう?」

「どうして黒服さんたちも一緒なんですの?」

「たくさん迷惑かけたからだよ。それにせっかく4人いるんだから人数多い方ができるゲームも広がるでしょ?」

「それもそうですわね」

「いやぁ楽しみだな。俺オフ会とかしたことないからさ、ちょっとドキドキしてるよ」

「あらレン? リアルとネットは区別するのではなくて?」

「区別はしてるよ。だから俺はみりんさんとオフ会できるってドキドキしてる。でもみりんさんは男の人だから、俺は残念ながら恋愛できない」

「あらあら、レンはBLはいけないのですの? 私は割と好物なのですけど」

「BLイケる男子は割と少数派だと思うよ。ちなみに俺はその少数派。補足するなら百合はいける」

「奇遇ですわね百合は私もいけますわよ」

「絵美里ちゃん性癖のストライクゾーン広すぎじゃない?」

「それほどでもありませんわ。歌い手女子も、裏垢女子も、なんてことない日常垢女子も好きなレンには負けますもの」

「やめろ、やめてくれ。その述は俺に効く」

「…………人生ゲーム、ご用意いたしました」

「黒服、あなた喋れましたの!?」

「どこに驚いてるのさ! というか用意早いですね!?」

「早速始めますわよ! 私、人生ゲームは初めてですの。ワクワクが止まりませんわ!」


 こうして有栖川絵美里は大切なことを自分の力で手に入れる術を手に入れた。

 茂木恋はこれまで病んだ少女達を病みから解放していくのが趣味のカウンセラー業者と化していたが、趣味で業者とは如何なものかというツッコミはさておき、今回は彼女を病みから解放したわけではない。

 寧ろ、有栖川絵美里は彼に対する独占欲を高めてしまった節まである。

 しかし、彼は失敗などしていない。

 少なくとも、今の有栖川絵美里は茂木恋のことを恋人とは思っておらず、その手前の友達になる段階で一度足止めできたからである。

 いずれ彼女と向き合わねばならない時が来るだろうが、彼にとってそれが今であっては非常に都合が悪かった。

 それに、有栖川絵美里と友好関係を築けたことは今後の彼の──いや、彼女達の運命を左右する結果となる。

 そんなこと梅雨知らず、茂木恋と有栖川絵美里は全力でゲームを楽しむのだった。

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