第14話 『プリン』立腹?

 ────昼休み 茂木恋の教室


 今日も今日とて、茂木恋はあんパンを食している。

 今日も今日とて、空を見上げて彼を待っていた。

 そして教室で起きるイベントといえば、ちょっぴり助平な友人が欠かせない。

 茂木恋は教室に戻ってきた丸刈り野球部の田中太郎を一目すると、片手を上げて挨拶する。


「田中、待ってたぜ」

「何だよ恋! 俺を待ってるって、まさか俺が4人目のヒロインか?」

「んなわけないだろ! 男クラでそんな話すんな!」


 もし仮に田中太郎がヒロインであれば、それは6人目か7人目のヒロインであろう。


「例の話なんだけどさ、白雪さんは更生したぜ」

「更生したっていうと、メンヘラじゃなくなったってことか!? すげーな恋!」

「まあそういうことだ。まだ俺にくっついてくるけどな」

「それ更生してなくね?」

「いじめを克服したってことだよ」

「恋……」


 田中太郎の表情が陰る。


「田中のおかげで白雪さんを助けることができたんだぜ。感謝するよ」

「あ、ああ……それはよかったぜ。でも俺がアドバイスしたってことは他の人には言わないでくれよな」

「わかってるって、田中にもなんか事情があんだろ?」

「ありがとな、恋」

「迷惑ついでにもう一つ知りたいことがあるんだけどいいか?」

「いいぜ! 俺にできることならなんでも言ってくれ!」


 調子づいた様子で田中太郎は親指を立てる。

 彼自身、白雪有紗の件については思うところがないといえば嘘になる。

 彼は小中とスクールカーストでいえば上位の人間ある。

 助けようと思えば、白雪有紗を助けることができたのは間違いない。

 それをできない理由が存在していたため手出しはできなかったが、救われるのであれば救われて欲しかった。

 高校でできた友人が自分の代わりに、自分の過去の罪を償ってくれたようで、田中太郎は少しばかり心が晴れた気分なのであった。


「先に言っておくけど、この情報をどこから入手したかについてはいえない。そして、田中が何を言ったかについても、誰にも口外しない」

「おいおい、また白雪の話か? 解決したって恋言ってたじゃねえかよ!」

「5年前の4月11日、つまり田中が小学生だった頃、誰か人が死んだりしなかったか?」

「…………お前、本当にどこまで知ってるんだ?」


 田中太郎は手に持っていたパック紅茶を机に置く。

 両手で頭を支えるようにして俯いた。


「田中は何かのせいで中学校の頃のことは話せないって言ってたよな。その『何か』については俺は一切知らない。俺が知っているのは『5年前の4月11日』に何かがあったってことだけだ。その日の出来事が、俺の彼女候補の現在を形成した可能性があるって疑ってる」

「……彼女候補……ちょっと待て、恋の彼女候補の名前ってなんだったっけ?」

「崇拝系少女、白雪有紗。自傷系少女、水上かえで。ストーカー系少女、藤田奈緒だ」

「藤田……よくある苗字だから気にしてなかったけどそういうことだったのかよ」


 田中は事情を把握し、面を上げた。

 そして、何度か言おうか言わまいか躊躇していた。

 彼の背中を押すように、茂木恋は約束を口にする。


「田中が何をいったのか、俺は絶対に口外しない。そして、お前が恐れている一連の話の『核心』については話す必要はない。俺はただ『5年前の4月11日』に誰かが死ななかったかを知りたいだけだ」

「………………」

「だったら否定肯定の意思表示だけでもいい。俺の予想がただしければその日……藤田奈緒の弟が死んだ。名前はたぶん……藤田レンだろ」


 田中の目が見開かれ、それは肯定を示していた。


 茂木恋は考えていた。

 水上かえでのいうとおり、未成年であれば基本的に報道はされない。

 そして、藤田奈緒の『お姉ちゃん症候群』とでもいうべき弟への執着は、実の弟を失ったことに起因しているという説は信用に値するものだった。

 しかしではなぜ俺なのだという疑問が当然湧いてくる。


 茂木恋は今の自分をチャラ男だと評価している。

 主観的にも、客観的にも、茶髪で女の子にちょっかいをかけまくる男がチャラ男でないわけがないと考えていた。

 茂木恋が藤田奈緒の家で見つけたドラゴン柄の抱き枕。

 あんなものを好む藤田奈緒の弟のイメージが、今の茂木恋と重なるとは考えづらかった。


 その結論に至った後は、簡単であった。

 実の弟と赤の他人を繋ぐことのできる要素……それは名前。

 100%の自信はなかったが、それでも茂木恋の予想は当たってた。


「もし良ければ、レンの漢字と、レンくんの髪型とか口調を教えて欲しい」

「……全く、そこまで当てられたんじゃもう話さないわけにはいかねぇよな。漢字は蓮の葉の『蓮』だ。髪型は確かストレートのおかっぱだった。口調はわからない。話したこともないから」

「毎度ありがとうな。これで藤田奈緒編も終わりだ」


 茂木恋はスマホから、美容院の予約を取ろうとする。

 しかし、行きつけの美容院ではなく、今回は別の美容院に行こうと彼は気変わりした。


「確か田中んちって美容院だったよな」

「美容院だなんて恥ずかしいからやめてくれよ。散髪屋とかカットハウスとかの方があってる」

「どっちも同じだろ」

「同じじゃねえよ! 美容院っていうのはもっとお洒落な場所だっての」

「まあいいや。田中んちってストパーとかかけられる?」

「できるけど……お前まさかうちで髪切るつもりか!? やめとけ! 俺みたいになるぞ! 丸坊主だ!」

「客にそれする店があってたまるか! 田中には結構迷惑かけてるからな、今回はお前んちで切るぜ。ストパーとおかっぱにするだけだからな」


 背中をバチンと叩き、無理やり肩を抱く。

 彼の体が少しだけ震えていることに茂木恋は気付いた。

 自分が強引なことをしてしまったことを反省はしている。

 それと同時に、自分の身の回りの人たちを陥れるその『何か』というものに対する復讐心というものが少しずつ芽生えていくのを感じるのだった。



 *


 ────放課後 学校からの帰路


 恒例となっている水上かえでとのマックでの勉強会が終わり、茂木恋は帰路に着く。

 夏が近づいていることもあり、日は段々と伸びてきて、6時半だというのにまだ明るい。

 かと言って腹の虫がなる時間も、夕飯の時間も変わることはない。


 しかし今日は、いつもの帰り道の途中で普段合わない人物に、彼は出会う。


「あ、絵美里ちゃん。こんばんは」

「こんばんはですわ、茂木恋さん。レンは今帰りですの?」


 ちょこんとスカートの裾を掴んでお辞儀をする。

 最近茂木恋の家の近くに引っ越してきた金髪ロリ──有栖川絵美里ありすがわえみりはビニール袋を下げて帰宅途中のようである。


「そうだよ。学校が終わってからちょっと勉強してから帰ってるんだ。絵美里ちゃんはコンビニかな?」

「その通りですわ。新作のプリンが出たようですので、買いに行きましたの」

「そうなんだ。プリン好きなの?」

「ええ、好きか嫌いかで聞かれれば迷わず『好き』と答えますわね。好きか大好きかで聞かれれば『大好き』になりますけど」

「よっぽど好きなのは分かったよ。でも、絵美里ちゃん気をつけてね。小学生がこんな時間に1人で出歩くのは危ないからさ。誘ってくれたら俺が付き添うよ」

「それはありがたいことですわね。次にコンビニに出向く際には、レンを頼りにしますわ。しかし、レンは1つ勘違いをしていましてよ」


 有栖川絵美里はそう言って、新居に足を向ける。

 彼女の背中を追うように、茂木恋は一歩前に出た。


「わたくしは小学生ではありませんわ。夕暮れ時に小学生に話しかける不審者にならなくてよかったですわね、レン」

「えっ!? 小学生じゃなかったの!?」


 思い切り驚く茂木恋。

 茂木恋はネットで彼女のことについて「小学生」と伝えてしまった過去がある。

 彼の中では隣に引っ越してきた有栖川絵美里=小学生金髪ロリだったのだ。

 体格だけを見て小学生と判断するのはあまりに無礼な行為であろう。


 茂木恋はこう見えても礼には厳しいタイプなので、自分の行動を責めずにはいられなかった。


「絵美里ちゃんごめんね。自己紹介の時、年齢とか聞かなかったから、てっきり容姿だけで小学生だって勘違いしちゃってたよ」

「いいんですわ。わたくし、そういう目で見られるのは慣れっこですもの。レンはわたくしが何歳に見えますの?」

「えっと……11歳?」

「それではまだ小学生ですわ」

「ああああ! 違う! そういう意味で言ったわけじゃないからね!? えっとそれじゃあ……12歳?」

「誕生日によってはまだ小学生ですわね」

「も、も、も、もちろん中学生だと思って言ったんだよ!?」

「さて、果たして、わたくしは中学生なのでしょうか? もしかしたら、高校生かもしれませんわ? よもや大学生、社会人の可能性などないと言い切れるのでしょうか?」

「え〜、それはないでしょ……」

「そんな軽い口を叩いていてもよろしくて? もし、わたくしが大学生ならばレンの礼節を感じ取れない話口は無礼に当たりますわ」

「えええ、まじで絵美里ちゃん何歳なの……」


 茂木恋はうんうんと唸って考えるが、彼女の年齢に見当がつかなかった。

 見た目年齢で言えば最初の通り11歳かそこらにしか見えないのであるから。


 有栖川絵美里は悪戯っぽい微笑を浮かべて、一歩前へと踏み出した。


「せっかく買ったプリンが温くなってしまいますの。わたくしはここで失礼しますわ」

「ああああ、ちょっと待って絵美里ちゃん……いえ、有栖川さん! 本当は大学生だったり!?」

「……さてどうでしょうか? わたくしから言えることは、これまで通り接して欲しいということだけですわ。別にわたくし『絵美里ちゃん』と呼ばれるのも、フランクに話してくださるのも嫌ではありませんの。では、ご機嫌よう」


 再びカーシテーをして有栖川絵美里は家へと帰って言ってしまった。

 彼女が小学生なのか中学生なのか高校生なのか、はたまた大学生なのはについては追々明らかになることだろう。


 玄関から妹──茂木鈴の声が聞こえる。

 きっとこれが普通なのだ。

 茂木恋は頬を自分で叩き、明日の作戦に向けて再び気合を入れ直すのであった。

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